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「良かった。怪我はしているが、全員生きてる」
オークに捕らわれていた人達を魔力収納から外に出して、リリィの回復魔術で治療している。腕や足を骨折している人もいたが、命に別状はない。目隠しと猿ぐつわを外して貰った人達は、助かった喜びで涙を流し、クレス達にお礼を述べている。
その光景を横目に、俺は馬車を用意して彼女達を宿場村へ送る準備をしていた。助け出した人数は、女性が四人と子供が三人。いくら魔術で空間を拡張した馬車でも、この人数を纏めて運ぶ事はできない。なので、馬車の中に設けた荷物を置くスペースにマジックテントを張り、そこに入って貰う事にした。馬車の中なので、高さは足りないが幅はある。座って詰めれば、大人四人と子供三人は何とか入れる筈だ。
魔力支配のスキルでガイアウルフの解体をしていたら、レイシアが近づいてきた。
「ライル殿、頼みたい事があるのだが、よろしいだろうか? 」
ん? レイシアが俺に頼み事? なんだろう?
「俺に出来る事でしたら」
「なに、簡単な事だ。オークとガイアウルフの首を持って行きたいのだ」
ガイアウルフは分かるけど、オークの首も? 何だってそんなものを? オークの首は売り物にはならない筈だけど。不思議に思った俺に、レイシアは更に話を続ける。
「最初にクレスが言ったと思うが、ガイアウルフは北方の魔獣なのだ。それが何故こんな南に、しかもオークに飼い慣らされていたのか? もしかしたら他にもいるのかも知れない。この情報は看過して良いものではない、よってギルドに報告する義務が生じる。しかし言葉だけでは信用に足り得ない。故に物的証拠が必要なのだ。マジックバッグに仕舞うという方法もあるのだが、その場合バッグの中身がオーク臭くなってしまうのでな。出来ればそれは遠慮したい。どうだろう、頼めるか? 」
確かに、他にもああいうオークがいる可能性は十分にある。それを証明するには目撃証言だけでは信憑性に欠けるか。それに、オークが逃げ出す時に王がどうとか言っていた気がするんだが、聞き間違いであって欲しい所だ。
「分かりました。首は一つで宜しいですか? 」
「有り難い。一つあれば十分だろう、よろしく頼む」
ガイアウルフは解体していたので良しとして、俺はオークの首を剥ぎ取り、血抜きをした後に収納した。気持ち悪いけど、ここは我慢だ。
治療を終えた人から馬車の中に張ったマジックテントに入って貰い、全員が入った所でレイシアが馬車を走らせた。
「ありがとう。君のお陰で、全員無事に救いだす事が出来た。正直もう間に合わないかと不安だったんだ。でも、じっとしていられなくてね」
馬車で宿場村に向かっている途中、クレスは神妙な面持ちで話し掛けてきた。
「いえ、クレスさんの光魔法を使えば間に合ったんじゃないんですか? あの光の速さで動くってやつで」
「ああ、あれはそんなに連続で使用出来ないんだよ。人間の身で光と同じ速度で動くなんて、普通ではあり得ない事だからね。それを無理矢理魔法で可能にしてしまっているから、その分体の負担も大きいんだよ」
成る程、どれくらいかは分からないけど、クールタイムが必要なんだな。しかし、あのレーザービームといい、光魔法ってのは恐ろしいね。
「それにしても、ライル君の魔力補充は実に素晴らしかったよ。魔力残量を気にせず戦えるのが、これ程楽だとは思わなかった。魔法を使っても、即座に魔力が補給される。一体君の魔力保有量はどのくらいなんだい? 」
「さあ? 正確には分かりかねます。相当多いとしか言えませんね」
今でも少しずつ、俺の最大魔力保有量が増えていってる感覚がある。しかもマナの大木の影響で、魔力を使えば即回復するような状況なので、実質無限なんじゃないかと思ってしまう。
「…… 今のライルの魔力量は妖精やドラゴンよりも多い。魔力量だけで言うなら世界最強」
おぅ、リリィの見立てでは俺より魔力量が多い生き物はいないって事か? でも量だけあってもな、使いこなせてはないんだよね。これじゃ宝の持ち腐れだよ。
二、三時間も馬車を走らせると、宿場村へと到着した。オークに襲われて、妻子や恋人を拐われた男達は門の側で今も待ち続けている。彼等は俺達の馬車を確認すると、期待のこもった、それでいて半場諦めているような複雑な表情を浮かべながら、ヨロヨロと近寄ってきた。
馬車のドアが開き、中から救出した人達を下ろしていく。
「あんた! 良かった、無事だったんだね」
「良かった、良かった…… もう二度と会えないのかと…… 」
「おとうちゃん! 」
「ああ! 大丈夫だったか! 何処か痛い所はあるか? 怖かっただろう? ごめんな、不甲斐ないとうちゃんで」
「生きていると信じてたよ…… こうして無事に会えて、こんなにうれしい事はないよ」
「私もよ、また会えてうれしいわ」
家族、恋人との再会に喜ぶ声がそこかしこから聞こえてくる。だけど、再会出来なかった者もいる。拐われた人達は全員救出する事は出来たのだが、相手方が既にオークの手によって殺されていたのだ。その事実を知り、静かに涙する人をクレスはやるせない表情で見詰めている。
「分かってる…… 全ての人を助ける事なんて出来ない。これは仕方のない事なんだって…… だけど、だけどね…… どうしようもなく、悔しいんだ」
両手を固く握り過ぎて震えているクレスに、俺は何を言って良いか分からず、ただ黙って横にいる事しか出来なかった。