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オーク―― それは前世でも創作物によく出ていた怪物。一般的に広く伝わっていたのは、太った人間の体に豚の頭をしていて身長も高く、そして怪力の持ち主。
しかし、この世界のオークは違う。身長は二メートル前後で太ってはいない。どちらかと言うと筋肉質だ。顔は豚ではないが、酷く醜い事には変わり無い。肌は灰色、鼻は低く潰れている。下顎から犬歯が飛び出ていて、髪は生えていない。動物の毛皮を腰に巻いているだけの服装。全体的に角の無い小さめのオーガのようにも見える。
そのオーク達がデカイ狼に似た魔獣に跨がり、女性と子供達を脇に抱えて走っている。囚われている人達は、何か布のような物で目隠しと猿ぐつわをされていた。中には気を失っているのか、ぐったりと動かない者もいる。
『っ!? あれはガイアウルフ! 奴等の生息区域はもっと北の筈だ。何故こんな所に』
俺の目を通して辛うじて姿を確認したクレスは、オーク達が乗っている魔獣を見て吃驚していた。あんなのと一緒に襲われたのか、護衛をしていた冒険者達にとっては予想も出来なかっただろう。不運としか言いようがないね。
『先回りしてオーク達を待ち受けます! 準備は良いですか? 』
『何時でも大丈夫よ』
『準備も覚悟も、とうに出来ているぞ! 』
『僕もだ』
『…… 何時でも、行ける』
オーク達の進路を予測して回り込み、着地すると同時にクレス、レイシア、リリィ、エレミアが魔力収納から飛び出てくる。時刻は夜、視界は良好とは言えない。ブラックウルフの時のように、灯りの術式を刻んだ魔石を辺りにばら蒔くか? そう思案していると、クレスから魔力が吹き出した。
魔力は四方へと拡がっていき、複数の光の玉を発生させる。これはクレスの魔法か? 確か光魔法のスキルがあるとガストールから聞いた気がする。
クレスが生み出した複数の光の玉が辺りを明るく照らし出す。凄い、まるで昼のようだ。
「ライル君、ここまで連れてきてくれて、ありがとう。後は僕達に任せてくれ」
クレスは腰に差した剣を鞘から抜いて、もうすぐオーク達が来るであろう方向にゆっくりと、だが力強く地面を踏みしめて歩き出す。オーク達もこの明かりで此方に気付いたようだが、進路を変えずに真っ直ぐ向かって来ている。
此方は五人、対して向こうはオークとガイアウルフを合わせて十体以上はいる。圧倒的有利と判断したのだろう。
「ライル殿とリリィは私がお守り致す! 」
レイシアが俺とリリィの前に出て、体か隠れるくらいに大きい騎士の盾を構え、剣を抜いた。
それを見たエレミアはレイシアとクレスの中間に位置を取り、何時でも動けるように剣を構える。
俺とリリィは後方支援だ。リリィは魔力を練って、魔術の発動準備に入っている隣で、俺は自分の魔力をクレス達に繋げて魔力の補充に備えた。
『聞いてください。俺は皆さんの魔力を補充出来ます。なので魔力残量はあまり気にせず、戦いに集中してくれて大丈夫です』
『これは、リリィがたまに使う魔力による思念伝達だね? 君も使えたのか。いや、それよりも魔力の補充とは…… あとどれだけの力を隠しもっているのやら、リリィが必要だと言っていた意味が分かったよ』
『む! どうやら来たようだ。気を引き締めて、油断召されるな! 』
大地を走る獣の足音が近くなり、暗がりからオーク達が姿を現す。オーク達は勢いに任せて襲っては来ず、距離をおいて此方の様子を注意深く窺っている。その脇には捕らわれた女性と子供が抱えられていた。これでは戦い難いな。
『クレスさん、出来るだけ長く奴等の気を引いてくれませんか? 』
『ん? オーク達の気を? 分かった、やってみるよ』
クレスは一歩踏み出し、剣先を一体のオークへと向けた。
「オーク達よ! おとなしくその人達を解放しろ! 」
だけどオーク達はニヤニヤと下卑た笑いをするだけ。そしてクレスに剣を向けられたオークが口を開いた。
「コレハ、オレタチノ、センリヒンダ。ホシケレバ、チカラズクデウバッテミロ」
うぉ…… 本やアルクス先生から聞いて知っているけど、ほんとに喋るんだな。魔物と呼ばれるものは魔獣よりは知能が高いとされていて、その中でもオークは人間の言葉を話せる程の知能を持っている。
「その人達をどうする気だ! 」
「シレタコト。コドモハタベル、オンナハワレラノ “ナエドコ” ダ」
オークが人間を拐う理由は主に食料と繁殖の為だ。オークの好物は人間の子供だと言うのは、この世界では有名な話である。そしてオークには雌が存在しない。よって他の種族の雌と交わる事で数を増やしていく。魔物でも、魔獣でも、人間でも、それが雌ならばオークの精を受けて産まれる子供は皆オークになるらしい。
「そうはさせない! 返して貰うぞ! 」
「ゲッゲッゲッ、タタカウキカ? コノニンゲンヲタスケニキタノダロ? オトナシクシナイトコロスゾ」
オークは自分が抱えている女性の喉元に、冒険者から奪ったと思われる剣を突きつけた。
「くっ、卑怯な! 」
俺からではクレスの後姿しか見えないが、固く握り震えている手を見れば、どんなに悔しく思っているのかは窺える。
オーク達は俺達を見下した態度で馬鹿にしたように、くつくつと笑う。そんな風に笑っていられるのも今のうちだけだ。クレスが時間を稼いでくれたお陰で準備は整った。
俺はオーク達に抱えられている人達を全員、魔力収納に納める。捕まえた人間が一瞬で消えてしまったのを直ぐには理解出来ずにいるのか、オーク達は揃って言葉を失っていた。
オークとクレスが話している間に、俺は自身の魔力で捕らわれている人達を一人包んではまた一人と、時間を掛けて全員を包みこんだ。一般人程度の魔力量なら、無理矢理収納するのは今の俺にとって造作もないこと。一人ずつ収納していったら警戒されるので一度に全員収納する必要があった。
『捕らえられた人達は全員救出しました。後はお任せしますので、思いっきりやっちゃって下さい! 』
さぁ、ここからが正念場だ! お前ら一匹も逃がさねぇからな!