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クレスの話によると、この血だらけの人達は乗り合い馬車でこの領からレインバーク領へと向かっていたらしい。しかし、その途中でオーク達の襲撃にあい、護衛についていた冒険者達は命を落とし、妻や子供、恋人がオークに拐われたのだそうだ。馬車は完全に壊されて、馬も殺された。移動手段が無くなってしまったが、それでも傷付いた体に鞭を打ち、ここまで走ってきたのだと言う。
「場所はここからそんなに離れてはいないし、オーク達は東の山に向かっていったみたいなんだ。今から馬で飛ばせば間に合うかもしれない」
「ちょっと待って下さい。オークというのは、護衛の冒険者を一掃出来るほど強力な魔物なんですか? 」
良く考えたらおかしな話だ。ここら辺にはオークが前から出ると分かっていた筈なのに、それに備えていた筈の冒険者達がこうもあっさりと殺されてしまうのだろうか?
「いつものオークなら問題ではありません。ですが、あのオーク達は違いました。奴等は、ここら辺じゃ見かけない、大きな魔獣に乗ってやって来たんです。体格の割りに動きの素早い魔獣に翻弄され、敵わないと知った冒険者達は俺達を逃がす為に…… オークがあんな魔獣を飼い慣らして、襲ってくるなんて誰が予想出来ますか!? 」
リリィの回復魔術で治療されていた男が叫ぶ。この男の言うことが本当なら、女子供を拐ったオーク達は、そのデカイ魔獣に乗って奴等の巣がある山に向かっていった。だとすると、いくら馬を飛ばしても間に合わないかも知れない。そう伝えても、クレスの考えは変わらなかった。
「たとえそうだとしても、救える可能性が少しでもあるのなら僕は諦めない。諦めたくない」
俺だって救えるのなら救いたいよ。はぁ、知らなければこんな思いはしなくても済んだのに…… だけど知ってしまった。護衛対象を命を擲ってまで守ろうとした冒険者達がいたことを、自分の妻や子供を助けてくれと必死に叫ぶ人達を、オークに捕まり絶望の淵に立たされているであろう者達を…… くそ! こうなったら仕方ない。俺もベストを尽くさずに後悔したくはないしな。
「分かりました。急いで馬車に向かいましょう。クレスさん一人では無理ですので、皆で行ったほうが良いと思います」
「ありがとう。それと僕の我が儘に付き合わせてしまってすまない」
俺達は急いで宿に戻り、預けていた馬車とルーサを引き取って乗り込んだ。そして連れ去られたと言われた東の山に馬車を走らせる。魔力収納にいたお陰で、逞しくなったルーサの馬力は素晴らしいものだった。だけどいくらルーサが速かろうと、平原で視界を遮るものがなかろうと、月の明かりだけでは心許ない。この中でオーク達を探すのは至難のわざだ。夜の暗さに関係なく敵の位置が分かる術がないと。
「ここで止めて下さい! 」
村から十分に離れた場所で、俺は馬車を止めるよう頼んだ。
「む! どうしたのだ! ライル殿! 」
「何か見つけたのかい! 」
突然の事に驚いている二人に、俺は出来るだけ冷静に要点だけを伝える。
「時間がないと思われますので、詳しくは後で説明します。今からクレスさん達に俺の魔力を流しますので、抵抗せずに受け入れて貰いたいんです」
「この非常時に一体何を言っておるのだ! 乱心でも致したか!? 」
狼狽えるレイシアを余所に、クレスはじっと俺の目を見ていた。
「君の魔力を受け入れれば、拐われた人達を救えるのかい? 」
「今よりも可能性は上がります。俺を信じてくれますか? 」
俺の言葉にクレスは、最初の野宿で一緒に見張りをしていた時に見せた屈託のない笑顔を向けた。
「勿論さ! 君は優しい人だと知っているからね。僕の馬鹿げた夢を嗤わずに聞いてくれた。そんな人は君で三人目だよ」
三人目、それって残りの二人はレイシアとリリィなのかな?
「そうか、クレスの夢を…… ならば私もライル殿を信じようぞ! 」
俺はクレス、レイシア、リリィ、エレミアを自分の魔力で覆い、魔力収納へと収納した。
『な!? ここは何処であるか! 』
『何だか不思議な所だね。それよりもライル君はどこに? 』
まだ状況が飲み込めていない二人に俺は語りかける。
『ここは魔力収納の中です。まぁ、何でも入る空間収納だと思ってくれれば良いです。俺はこのまま空からオーク達を探します。最低限の事はエレミアが教えてくれますので、聞いておいてください』
言うだけ言った俺は、馬車とルーサを魔力収納に入れて、魔力飛行で空へと飛んだ。人の命が懸かっているんだ、高所が怖いなんて言ってられない。
山へ目指し飛びながら、オーク達や捕らわれた人達の魔力を探す。その間にクレスとレイシアは、エレミアに魔力収納内から俺の目を通して外を見る方法など軽く説明を受けていた。
『成る程、ライル君は魔力を視認する事が出来るんだね。それなら夜でもオーク達を見つけやすい。それに空も飛べるとは、確かに拐われた人達を救える可能性がぐんと上がるね』
『こんな便利な力を持っているのなら、何故初めから使わなかったのだ? 』
『レイシア、それを言っては駄目だ。僕達は初対面も同然なんだよ? そんな相手に自分のスキルや切り札を教える訳は無いじゃないか。この力を隠していた事を責めるのではなくて、僕達にばらしてまで、人を救う為に使ってくれた事を感謝しなくてはならないんじゃないかい? 』
『む? そうだな…… 誰しも隠しておかなければならない事はある。ライル殿のその立派な心意気を貶す発言であった。騎士として恥ずべき事! 誠に申し訳ない! 』
勝手に二人で話が纏まっていく中、山に向かって平原を走る沢山の魔力を視つけた。途中で休憩でも挟んだのだろう、山に入られる前に見つかって良かった。