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「今はドワーフの国に向かっている。それで合ってるよね? 」
俺の問い掛けにリリィは肯定の意を込めて頷く。
「確か、ドワーフの国には陸路からも海路からも入ることは出来ないと言われているけど、一体どうやって行く気なんだい? 」
同じ疑問をもったクレスが横からリリィに尋ねてくる。陸と海が駄目なら空からとか言わないだろうな? それは出来れば遠慮したい。空を飛ぶような事は最近無かったから、自信がないんだよね。
「…… ドワーフの国には地下から行く。ドワーフ達は古代から地下で暮らしていた。地上で国を作ったのは千年程前だと記録されている。各地の地下に、ドワーフの国に繋がる門がある。その場所は魔術で隠蔽されているけど、それも既に確認済み」
国に繋がる門――か、それって転移門の事か? 千年前と言ったら普通に移動手段として使われていたらしいからな。しかし隠蔽の魔術か、そんな術式もあるんだな。今後の転移門設置の為に参考にさせて貰おう。そんな事を思っていると、リリィから魔力念話が送られてきた。
『…… 隠されている場所は確認済みだけど、古の魔術を解くのは私でも骨が折れる。だからライルに頼みたい。魔力支配の力ならそれほど難しくはない筈』
成る程、いくらリリィでも古代の魔術を破るのは難しいのか。魔力支配のスキルを持っている俺なら解除は出来るだろう。何せギルの封印を解除したぐらいだからな。これが俺を呼んだ理由の一つなのかね。
「…… 先ずは、隣の領地に行く。そのとある村の近くに岩だらけの荒地がある。そこにドワーフの国に繋がる門が隠されている」
「へぇ、それでリッケルト男爵の領地に向かうなんて言い出したのか」
クレス達には一先ずの行き先は伝えてあるのか。クレスの口振りだと訪れた事はあるみたいだ。だからレイシアが御者台に乗ったんだな。
移動中、魔物や魔獣に襲われることなく、俺達を乗せた馬車は滞りなく進み、丁度良い平地で野宿をする事となった。薪はないので光の魔道具を周りに置いて光源にする。魔動カセットコンロを使ってエレミアが料理を振る舞うと、クレス達はその出来ばえに感嘆していた。
「とても美味しいよ! エレミアは料理が上手なんだね。野宿でこんな美味しい料理が食べれるなんて思いもしなかった」
「うむ! 実に美味! エレミア殿の腕は素晴らしい。恥ずかしながら私は料理が苦手でな、マジックバッグで荷物を運び易くなってからは、クレスが料理をしてくれているのだ」
「いや、ただ材料を適当に煮込んだだけの簡単な物だよ。エレミアの料理と比べたら、あれを料理と呼ぶにはおこがましいと思ってしまうね」
お酒も出したが、判断が鈍るからという理由で断られた。真面目な二人だ。あ、勿論リリィは未成年だから駄目だね。マジックテントを張り、女性陣には先に休んで貰って俺とクレスで見張りをする事になった。俺達は酒の代わりに果実水を飲み、辺りを警戒する。
「君とエレミアは長い付き合いなのかい? 」
長い沈黙に堪えかねたのか、不意にクレスはそう尋ねてきた。
「え? ええ、そうですね。五年ぐらいになります」
「そっか…… え~と、どんな関係か聞いても大丈夫かな? 」
関係? 俺とエレミアの関係か…… 五年も一緒に暮らしてきた仲だからな。
「家族、ですかね? 」
「恋人じゃなくて? 」
「は? 俺とエレミアが? いえいえ、まさか。向こうも俺の事は、手のかかる弟だと思っているんじゃないですかね」
「そうかな? 僕にはお互いに必要とし合う深い仲に見えているよ。リリィも君の事を頼っているみたいだし、君には何か特別な力があるのかな? 」
探るような目で俺を見据えてくるクレス。特別な力は持ってはいるけど、それをクレスに話しても良いのかどうか…… 話した方がこの旅の道中は楽になる。だけど後々の事を考えると、信用しきれていないのに話せないという思いもある。
「それは…… 秘密ですね」
リリィの仲間だし、そして何よりこの真面目な青年に嘘はつきたく無かったので、こういう言い方になってしまった。これじゃあ如何にも特別な力を持ってますと言っているようなものだな。
「ハハ、そうか、秘密か…… 其方の事情も知らずに、困らせてしまってすまない。誤魔化す事も出来ただろうに、君は優しいね。気をつかってくれてありがとう」
クレスは此方の意を汲んでくれたようで、それ以上は聞いて来なかったが、代わりに別の質問を投げ掛けてくる。
「ライル君は夢はあるかい? 」
「夢? ですか? う~ん…… 店を繁盛させることですかね」
これは夢というより目標かな? マナの木を植えて行く事は夢じゃなくて使命のようなものだから違うよな。前世からそうだった。なりたい自分もないし、やりたい仕事もない。取り合えず大学に入って卒業して、生活の為に就職して、稼いだお金で飲み歩いたり、たまに風俗に行った帰りで 「何してんだろ、俺」 なんて思ってたりしてたな。
子供の頃は夢があった筈だけど、いつの間にか忘れてしまって、思い出せなくなっていた。先の事を考えると不安になるから出来るだけ考えないようにして、後悔してしまいそうだから過去を振り返らないようにしてきた。だからだろうか? 夢と言われても、いまいちピンと来ないのは。
「僕はね、勇者になりたいんだ。絵本や物語になっているような勇者にね」
「それって、もしかして五百年前に魔王を倒したと言われている勇者ですか? 」
「そう! 魔王を倒しただけでなく、奴隷の為に各国に呼び掛け、奴隷制度を改革した。そして解放した奴隷達と国を興して、世界に大きな影響を及ぼした。弱い者の為に世界を相手にした勇者クロトは僕の憧れであり、目指すべき勇者の形なんだ」
夢物語の勇者に憧れる青年か…… 聞こえは良いけど、目指すとなると厳しいんじゃないかな? 物語で伝わっている人物って、かなり過大解釈されていて、実際にはそんな立派な人物ではなかったというのが殆どだったと思う。
『はあ? クロトはそんな立派なもんじゃなかったよ。各国に呼び掛けって言っても、大半は力ずくで脅していたし、それが原因でこの大陸に居づらくなったから、逃げるように出ていったね。そん時についてきた人達でなんやかんやしてたら、気づくと国らしきものが出来ちゃって、何でこうなったんだろ? て、後になってから言い出すような人だったな。妖精のわたしより我が儘でいい加減な人間なんて初めてだったから良く覚えてるよ』
うわ、好き勝手やってたら国が出来たって、どんな人生だよ。でも実際はそんなもんだよな。弱き者の為に戦うというか、自分の考えを無理矢理押し通したって感じだな。感心というより呆れてしまうよ。そんな俺の心情が顔に出ていたらしく、クレスは困ったような顔で果実水をひと口飲む。
「君の言いたい事は分かるよ。そんな物語のような勇者は存在していないって言いたいんだろ? 僕も今年で十八になる。語り継がれている勇者は虚像で、実際には物語のように立派な人物ではない事ぐらい分かっているさ。何時までも夢は見ていられない、現実を見て大人にならなければならない。それでも僕は勇者になりたいんだ。子供達が憧れるような、弱きを助け強きを挫く。そんな理想の勇者に…… 沢山いる人達の中で、こんな馬鹿が一人ぐらいいても良いとは思わないかい? 」
クレスは屈託のない笑顔を向けてきた。あぁそうか、自分がどんなに無茶な事を言っているか分かっているんだな。その夢は厳しく、終わりがないのだと理解しながらも追い続けると…… 分かっているなら、諦めて別の夢を見つけたほうが良いと思うけどね。ほんと馬鹿だね、大馬鹿者だよ。
「どうして、俺にそんな話を? 」
「君に僕を知って貰いたかったからさ。これから共に世界の危機に立ち向かう仲間になるんだからね。信用して欲しいと思うのは当然だろ? 」
「今の話でどこを信用すればいいんですか? 却って頭のおかしな人だと思われますよ」
「ん? 言われてみればそうだね。ハハハ、これは参ったな」
はぁ、どうしよう…… 思いのほか好きになり始めている俺がいる。こういう馬鹿は嫌いじゃないから困るよ。