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領主とシャロットがいなくても、街はいつも通りに時間が過ぎていく。それは南商店街でも同じ、暇でなくなりつつあるにも関わらず、今日もお昼時にあいつらはやって来る。
「やっぱりここは和むわねぇ」
「雰囲気が良いよね」
デイジーとガンテは紅茶を飲みながらお互いの近況を話し合っていた。そんな中でせっせと働いているのが犬型獣人族で双子の兄妹、シャルルとキッカだ。その二人の首には、奴隷の証である首輪が嵌められている。奴隷といっても、この世界では人権があり法律で守られていて、首輪も現在位置が分かるといった魔術しか施されてはいない。
兄のシャルルはおどおどしていて、控えめな性格だ。しかし計算は得意なようで、常にカウンターにいる。もっと自信を持てれば良いんだけど。反対に妹のキッカは人当たりもよくて社交的である。積極的に客へと歩み寄り、商品案内をしている姿は愛らしく思う。二人とも共通して物覚えが良くて真面目。しかも最近では、店を閉めた後にエレミアから剣の指導を受けている。
盗賊に襲われて両親を亡くした二人は、兄は妹を守る為に、妹は兄を守る為に強くなる事を望んだ。俺も時々は稽古に参加しているが、獣人という種族は総じて、魔力保有量が少なく身体能力が他の種族より優れている。純粋な体力勝負では、もはや俺よりも上だ。
半年という契約期間が過ぎれば、奴隷を解約して直接雇うと決めている。二人もここに居たいと言ってくれているけど、この先何があるか分からないので、半年間じっくりと考えて欲しい。
「良し! 今日はここまでにするわ」
「はい! ありがとうございました! 」
「あ、ありがとうございました」
閉店後の稽古も終わり、お風呂で汗を流してから夕食を頂く、料理はもっぱら母さんが担当している。シャルルとキッカは母さんの料理が好きで、雇ったその日に見事餌付けされてしまったようだ。
「今日もアルクスさんは、収納内で食事なの? 」
「うん、手が離せないみたいだね。今は魔力と生物の魔物化について研究しているらしいよ」
アルクス先生は、このところ魔力収納に籠りっぱなしで出てこない。シャルルとキッカを雇ったことで店が充分に回り始めたから、これで心置きなく研究に没頭出来ると言っていた。魔術師はある意味研究者のようなものだから、ひとつの事に集中すると周りが見えなくなるみたいだね。
◇
「一、二、三、四、と何々…… ワイバーンに襲われて全財産を失う、て何これ! 普通に生きていて、ワイバーンに襲われることなんて滅多にないわよ! 」
「あ~、家も失っちゃったね。これはひどい」
俺は、自分で作製したボードゲームをガンテとデイジーと一緒にやっていた。サイコロを振って出た目の数だけ駒を進め、止まったマス目に従い資産が増減して、最終的に総資産が多い者が勝者となる。
「どうです? 売れそうですか? 」
「そうねぇ、先に着いた方が勝つ双六よりも、複雑で面白いとは思うけど、全体のつり合いをとるのが難しいわね」
「可能性はあると思うよ。総資産で争うのも斬新で良いしね」
う~ん、前世と違ってこっちの世界に合わせてマス目を考えるのは中々難しいな。チェスに将棋、リバーシや双六、トランプは既に存在している。何でも五百年前の勇者が広めたらしい。なので俺も何か作ろうと思ったのだが、上手くいかない。麻雀なんかは流行りそうだけど、ルールが分からないので作れなかった。
因みにエルフ達と人魚達にもこれ等を持っていったら、エルフ達は将棋にはまり、人魚達は双六にはまった。どうやらエルフは頭を使うゲームが好きなようで、敵の駒を味方に出来るという所も争いを好まないエルフには良かったらしい。
人魚達は、双六のゲーム性よりもマス目に書かれている内容に興味があるみたいで、「地上ではこんな事が起きるのねぇ」 と言いながら楽しんでいた。
「フォッフォッ、これは面白いのう。その着想、儂に売ってくれんか? 」
傍で見ていた東商店街の代表、ヘバック・サラステアがそんな事を言ってきた。俺のアイデアを買いたいという訳か。確かにヘバックなら人生経験は豊富だから、マス目の内容も面白いものが沢山思い付くだろうな。
「はい、良いですよ。完成するのを楽しみに待ってます」
こうしてヘバックは異世界版人生ゲームを完成させた。その試作品を貰って皆で遊んだけど、かなり面白いと思う。マス目の内容もバラエティー豊かで流石だと感心してしまった。魔力欠乏症にかかり医療費に五万リラン失うとか、教会の祝福を受ける事によって次のマス目では資産を失わない、妖精のイタズラで一番資産の多い人から総資産の半分が奪われ、一番資産の少ない人へと渡すなど色々とある。
やはり才能のある人は違うね。俺なんか発想が凡人だから羨ましい限りだよ。こういうのを一から考え出す人はどんな脳の構造をしているのだろうか?
『ちょっと! わたし達はこんな中途半端なイタズラはしないよ! するんだったら半分じゃなくて全部だよ! 』
妖精怖っ! マジでそんな事するのかよ。もうそれはイタズラというレベルじゃないぞ。
正式に販売されるのはまだ先になるらしいが売れるだろうな。今回で分かったのが、俺は魔道具を開発していたほうがいいという事だ。などと言っているが、トランプが流行ったんだからウノなんかどうだろう? と懲りずに考えてしまうのだった。