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いくら祈っても、変化が現れる兆しはなかった…………
「魔道具で見てみましょう」
カルネラ司教は鑑定の魔道具を持ち出し、俺の前に置いた。
「これに魔力を込めて下さい、そうすればあなたの今のスキルが分かります」
言われた通りに魔力を込めると、半透明の板の様なものな浮かび上がり、そこには自分の名前、性別、年齢、種族が書かれていて、その下に
大陸共通言語
魔術言語
魔力支配
と、スキルの名前があった。
「ふん、時間と金の無駄だったな……」
伯爵は鼻を鳴らし、足早に教会を出ていった。
え? 伯爵にもスキルの名前は見えていたよな? “魔力支配” なんてどう考えても凄そうだと思うんだけど……
「彼のように “普通” の人には見えませんよ、この “支配系” のスキルは」
その声の方へ振り向くと、静かに笑みを浮かべたカルネラ司教が俺を見つめていた。
「いったい、どういう事なんですか? もう何が何だか……支配系のスキルとは何ですか?」
「これは神のご意志、なのでしょう……」
カルネラ司教は俺の質問には答えず、ステンドグラスに目を向けた。
「ライルさん、物事には必ず意味があり、無駄なものなど一つもありません。あなたのその姿もまた意味があり、神がそれを望まれた」
こんな姿にどんな意味があると言うのか? 頭の中で先程のカルネラ司教の言葉を反芻していたら、おかしな事に気付いた。
カルネラ司教は今まで “神々” と呼んでいたのに、今は “神” と呼んでいる。
単なる言い間違いか? いや、司教ともあろう方がそんな間違いはしないはず…… 俺はその疑問を尋ねようと顔を上げた時、カルネラ司教と目が合った。
「あなたが言わんとする事は分かります。ですが私にはあなたのその問いに答えるは出来ません」
「それは何故ですか?」
「私にはその資格が無いからです」
ダメだな、質問の内容を変えるか……
「その “神” には会えますか?」
カルネラ司教は俺の言葉を受け、目を細めた。
「神に会おうとするのは、お止めなさい。人の身で神に近づこうとするのは禁忌ですよ。もし破ろうものなら神罰が下ります。千年前、それで一つの文明が滅びています」
その文明って、もしかして……
「その文明は、魔術が栄ていたという古代文明の事ですか?」
「はい、その文明のことです。彼らは、あろうことか魔術で神を呼び出そうとしたのです。その結果、神の怒りに触れ神罰を受けたと、聖典に記されています」
まさか、古代文明が滅びた原因が神様とは……アルクス先生はこの事は知っているのかな?
気付くと聖堂にちらほらと、人が入ってきた。
「そろそろ礼拝の時間ですね。ライルさん、あなたの行く先に幸あらんことを……神はいつも見守っていますよ」
「今日はありがとうございました」
俺は頭を下げると、フードを被り教会から出た。
教会の敷地内にある駐車場に向かうと、
「お~い! 坊ちゃん、こっちですぜ」
声の方へ顔を向けると、御者が手を振っていた。
「坊ちゃん、やっと来やしたね、旦那はとっくに帰りやしたぜ」
「帰った? それは宿にってこと?」
「いんや、旦那の領にですぜ」
おいおい……どんだけフットワークが軽いんだよ。
「旦那から金は貰ってやすので、心配ないですぜ」
旅費があるなら、何とかなりそうだな。
「どうしやすか? こっちもこのまま領に帰りやすか?」
「ん? 護衛は雇わないの?」
「へへ、こう見えても腕には自信がありやしてね、坊ちゃん一人ぐらい余裕で抱えて逃げれますぜ!」
逃げるのかよ! ま、まぁ腰に差している剣は飾りじゃないって事か。
「でも、丸腰だと不安だから剣かナイフが欲しいんだけど」
「そうですかい? ナイフでよかったらありやすよ」
御者はそう言うと、懐からナイフを取り出した。
「ナイフか……まぁ、無いよりましかな、ありがとう。ちなみに、武器屋で剣を買うのはどうなの?」
「金が足りなくなっちまいますぜ?」
あの野郎、ギリギリの金額しか渡してないのかよ。
「はぁ、帰ろっか……」
本当は観光とかして、クラリスにお土産の一つでも買いたかったが仕方ないな。
馬車に乗り、そのまま門を通り外へと出た。
結局、アルクス先生の危惧していた通りになったな。魔法は使えず、魔術も自分の身に術式が刻めず中途半端……伯爵がこの後どう動くかが問題だな。
あのフットワークの軽さからして、すぐに何か仕掛けてくるかもしれない。
その時、俺に何が出来る? 自分の身を守る事ができるのか? 自分のスキルもまともに理解できていないのに?
せめて、まともな体に生まれていれば…………ダメだ! 弱気になるな、カルネラ司教が言っていた。この体にも何かしらの意味があると……
そんなことを考えていたら、いつの間にか景色は変わり、周りは木々に囲まれていた。
あれ? おかしい、行きにはこんな場所は通らなかったはずだ。帰りは別の道を通るのかな?
嫌な予感で胸が締め付けられているなか、馬車は木々が深く生い茂る場所へと進んでいき……止まった。
「坊ちゃん、着きやしたぜ……」
俺は馬車を降りて、御者へと向かい合った。
「どういうつもり? 冗談は止めてくれよ」
「冗談? 冗談は好きだが、残念ながら今はちげぇよ」
そう言うと御者は剣を抜いた。
「な、なんで……」
「なんで? それは旦那から頼まれたからでさぁ、教会から出てきた時にねぇ……もう金は貰ってるんで、悪く思わねぇでくだせぇよ」
「金のため? それだけのために人を殺すんだ?」
御者はいやらしい笑みを浮かべた。
「他にどんな理由があるんで? ガキ一人殺して、大金が貰えるんですぜ。やらない理由がねぇでしょ?」
くそ! なんでだよ!! 少しは仲良くなれたと思っていたのに、そう思っていたのは俺だけだったか………
俺は魔力を操り、ナイフを宙へ浮かせた。
「やっぱり器用だな……でも、それだけですぜ!」
御者は地面を蹴り、こっちに向かって来た。
その動きは早く、俺との距離を詰め、剣を振るう。
ナイフで応戦しようとしたが、小さなナイフでは受けきれず弾き飛ばされてしまった。
「そんなちっぽけなナイフじゃ、何も出来やしませんぜ! 坊ちゃん!!」
御者は俺の腹に蹴りをいれてきた、その威力は重く、まだ十歳の体は意図も容易く後ろへ飛んでいった。
「がはっ!……はぁ……」
背中に襲う衝撃で、肺の中の空気が強制的に吐き出された。
それでも何とか身を起こしたその時、こちらに向かってくる気配を察知して、体を右へとずらし躱そうとしたが、左肩に鋭い衝撃と熱を感じた。
「ぐああぁぁ!! ああぅぁ!」
「おや? ちっとずれちまったな……」
御者の動きが止まったのを狙い、俺の魔力で御者を包み込んだ。
このまま俺の魔力支配で御者の体を “支配” してやる!
「あん? なにしようってんだ?」
御者は俺の左肩に突き刺さったままの剣を更に深く押し込んできた。
「あああぁぁ!!」
そのせいで集中力を欠いてしまい、御者を覆っていた魔力が四散する。
このままでは殺される! そう思った俺は魔力収納から三つの魔石を御者の目の前へと取り出した。
「ん? なんだ? これ……」
御者の思考が追い付く前に、三つの魔石に刻んだ術式を発動させた。
「うわ! くそ、目が!!」
魔石は強い光を放ち御者の目を眩ませた、剣から手を放していたので収納し、その場から離れて、走り出した。
目眩ましは一瞬だ、すぐに見えるようになる。あのまま剣を使って攻撃しても、傷を負わせる事は出来るかもしれないが倒せる気がしない。体格も経験も心構えさえ、俺よりも勝っている。
「この糞ガキがぁぁ! まてゴラァァァ!!」
後ろから御者が追って来ているのが分かる。
俺は怖い……死ぬのが怖い……明確な殺意を向けてくる彼が怖い……そして、そんな彼を自分の手で殺すのが怖い…………だから………
木々の間を走り抜け、少し拓けた場所へとたどり着いた。
「はぁ…はぁ…やっと追い付いたぜ……」
俺は立ち止まり、御者と向かい合う。
「手間かけさせやがって、剣なんかなくてもなぁガキぐらい余裕で殺せるんだぜぇ」
そのまま御者は俺の方へ近づいてくる。
「どうした? 坊ちゃん、もう諦めたんですかい?」
「そうだね……僕では、貴方には勝てない」
「へっ、なら大人しく殺されてくだせぇ。この後一杯やるつもりなんでさぁ」
まだだ、もう少し…………
「しかし、旦那も大変だねぇ……生まれてきた子が、こんな醜いバケモンだなんてな、そりゃ消したくもなるぜ」
御者がすぐ近くまで来たとき、俺は彼の目を睨んで言った。
「だけど、“俺” は死なない。死ぬのはお前だ……」
……今だ!!
タイミングを計り、横へと大きく跳んだとほぼ同時に、俺の後ろにある藪の中から緑色の大きな塊が御者に覆い被さった。
「うああぁぁ! なんだ!! こ、こいつはフォレストウルフ! なんでこんな所に?!」
俺は広範囲に渡って魔力を視ることが出来る。逃げている途中に、この緑色の狼の魔力を視たので自ら近づいていった。
フォレストウルフは俺の血の匂いを嗅ぎ取ったのか、こちらに走り寄って来ていた。あとは、フォレストウルフと御者の間に立てるように誘導し、タイミングを計って避けるだけ……一か八かの賭けだった。
「くそ!! 犬畜生が!!」
フォレストウルフの下で御者が必死の抵抗をしている、俺は魔力を伸ばし、御者の体を包んだ……肩の傷で集中しずらいが、今なら御者の魔力を無理矢理押さえ付け、体を “支配” 出来る。
「な、なんだ! か、体が、うまく……う、うごか……ない……」
今の俺では動きを押さえるので精一杯だったが、それで十分だ。次第に抵抗が小さくなっていった時、御者の目が俺の姿を捉えた。
「お前かああああぁぁぁぁ!!! くそガキぃぃぃぃぃ!!!! やめろぉぉぉ!! いますぐぅぅ!! それを止めろぉぉぉ!!………ガヒュッ……ゴプァ…………」
フォレストウルフが抵抗の薄くなった御者の喉を食い千切った、御者の体はピクピクと痙攣している。
フォレストウルフが “食事” に夢中になっている隙に、そっとこの場から離れた。
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ここまで来れば大丈夫だろう。地面に座り息を整えながら、さっきまでの事を振り返っていた。
最悪の気分だ。本気で殺そうとしてくる人とは、これ程に恐ろしいものだと初めて知った。思い出すだけで心臓の鼓動は激しくなり、体の震えが止まらなくなる。
そして、人間の死をここまで身近に感じたのも初めてだった。殺さなければ死んでいた。それは解ってる、だけど、殺す覚悟なんて俺にはない……結局、フォレストウルフという第三者を利用して、少しでも罪悪感を受けないようにした。ズルい人間だな……俺は……
ん? 何かが来る、とてつもなく濃い魔力を持った何かが……すぐ近くだ、なぜ気づかなかった? ダメだ! 今から逃げても間に合わない!
そして “それ” は目の前の藪から姿を現した…………
「やっほい! おお!! 人間と会うなんて随分とお久だね♪ ん? あんた、人間……だよね?」
それは羽が生えた小さな人の姿をしていた、所謂 “妖精” と言われる者だった。