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突然来訪してきたカラミアを二階の客間へ案内して、話を伺う事にした。母さんが淹れてくれた紅茶を一口飲むとカラミアの方眉がピクリと動く。
なんだ? 母さんが淹れた紅茶が不味いとでもいうのか? しかし、カラミアは何も言わずにそっとカップをテーブルに置いた。
「さて、単刀直入に言うわね。味噌と醤油を私に売って貰いたいの。貴方がギルドに卸していたのは調査済みよ」
やっぱり、味噌と醤油が目当てだったか。
「申し訳ありませんが数に限りが御座いますので、難しいですね」
「フン! 下手な言い訳は止しなさい。何が欲しいの? 」
お? 流石は会長様だ、話が早くて助かるね。最初に店に来た時と違って、顔に余裕が無くなり苦々しいものになっている。
「では、宝石を所望します。勿論安くしてくれたら助かりますが」
「…… 分かったわ。知り合いの宝石商を一人あんたに紹介してあげるから、そこから先は自分でどうにかなさい」
おっ、やったぜ! 宝石の仕入れルートを手に入れたぞ。でも意外とすんなりいけたな。怪しい、何か企んでるのか? カラミアは紅茶を飲んで目を細めた。
「そんな顔で見ないで頂戴、別に何も企んではいないわよ。まさかあんたがここまでやるなんてね、甘く見ていたわ…… この紅茶、シャロットお嬢様が好きなのよ。私が特別に取り寄せている茶葉だからね」
なんだ? いきなり紅茶の話なんかしてどうしたんだ? 突然の話題の変化についていけずに困惑したけど、カラミアは気にせず話を続ける。
「この茶葉を持ち込むほど、お嬢様はあんたに心を許しているのね。あんたはどうなの? 」
良く分からんが、シャロットをどう思っているか聞かれてるようだ。同じ日本の記憶持ちだし、仲間であると同時に友人でもある。
「シャロットは俺の大切な友人です。だけど領主様が襲われて大変なのに、何も出来なくて申し訳なく思っています」
「そう…… なら、あんたにも話しておくわね。領主様襲撃の際に使用されたと思われる誘魔薬の入手経路が判明したわ。やはり裏社会の連中から購入したみたいね」
裏社会? なんだその物騒な社会は。カラミアはそんな俺の様子を窺い、呆れたように溜め息をついた。
「裏社会っていうのはね、表立って行動出来ない者達が集まってできた社会の事よ。主に密売や誘拐、窃盗に暗殺等を生業としていて、大陸全土で活動しているわ。今回の領主様襲撃の件も奴等が関わっているとの報告があったのよ。そしてそいつらに依頼した人物にも目星はついているわ」
「それは…… 誰なんですか? 」
「…… フィードリック侯爵。この国の三大公爵の一人、ボフオート公爵の従属よ」
うお! 公爵と侯爵かよ、思ってたより大物が出てきたな。しかも三大公爵って、なんか凄そうだ。
「そこに至った根拠をお聞きしていいですか? 」
「ええ、良いわ。それはね…… 前にも一度、同じ事があったからよ。あの時は奥様が狙われたわ…… 馬車での移動中に大量の魔物と魔獣に襲われ、命を落としたのよ。あの頃は貿易業が上手くいって港湾都市と呼ばれ始めていた時だった。その頃にボフオート公爵から、従属であるフィードリック侯爵の息子をシャロットお嬢様の婚約相手としてどうかと打診してきたの。でもお嬢様は当時まだ六歳、婚約の話は早いと判断した領主様はお断りしたわ。その時は大人しく引き下がったけれど、そのあともしつこく話を持ち掛けて来るようになっていった。それで怪しく思った領主様が私に調べて欲しいと依頼してきたのよ。調べた結果、どうやら領主様が王族派の貴族なのが原因らしいと分かったわ。この都市が発展していく、それは即ちレインバーク家の力が増すということ。そうなれば王の発言力が強まると危惧した貴族派のボフオート公爵が、フィードリック侯爵を使ってレインバーク家を取り込もうとしたのよ。それを知った領主様は頑なに婚約の申し出を断っていたわ。そしてあの悲劇が起こってしまった。誘魔薬を使われたと判明したのは襲撃が起きてから八日後、フィードリック侯爵の使いが裏の連中と何らかのやり取りをしていたとこまでは突き止めたけど、それ以上は分からなかったわ」
そう言うとカラミアは悔しそうに顔を歪めて下唇を噛んだ。
そうだったのか…… 奥様っていうのは領主の奥さんだよな、ということはシャロットの母親だ。だから誘魔薬と聞いて思うところがあったのだろう。母親の時と同じ手口で父親が襲われたんだ、その気持ちは俺には押して図るのは難しい。
「それじゃあ、貴族を相手に商売しているのは情報を集める為? 今も事件の真相を追っているんですか? 」
「ええ、そうよ。私はね、どうしようもない人間なのよ…… ここに来るまで、下らない事を沢山してきた。そんな私を領主様達は受け入れてくれたわ。産まれて間もないお嬢様を抱かせて頂いた時、お嬢様はこんな私に向かって笑ってくれた。自分でも気付かないうちに涙が溢れて止まらなかったわ。あの気持ちは今でも良く分からないけれど、私はこの家族の為に今まで培ってきた知識と技術を全て捧げ、残りの人生を費やそうと決めたのよ。それなのに…… 私はね、本当にどうしようもない人間なの…… だから、私の大切な人達を奪う奴は許さない! どんな手を使ってでも、必ず追い詰めて相応の報いを受けさせてやる…… それにはあんたの協力が必要なのよ」
この人がどんな人生を歩んで、どんな思いでこの街に来たのかは分からない。幾つの町と村を越えてきたのだろう? どれだけの拒絶を受けたのだろう? 誰かに認められ、受け入れて貰えるのがどんなに嬉しいかは俺にも分かる。そして、その人達のことがどんなに大切なのかも……
「その協力が味噌と醤油ですか? それにはどんな意図が? 」
「今回は直ぐに誘魔薬が使われたと判明したので、迅速に動く事が出来たわ。私の店を贔屓してくれている貴族達から情報を集めて、フィードリック侯爵へと辿り着いたのよ。でも裏には公爵家がいる。伯爵である領主様では勝ち目がないわ。そこで同じ三大公爵であるマセット公爵を味方につけようかと思っているの。マセット公爵は自他共に認める美食家よ。そのマセット公爵が北商店街の料理店で出していた珍しい調味料を使った料理があると聞いて、是非食べてみたいと仰ったの。あの方は珍しい料理、新しい調味料に目がないからね。そこで、今度の立食パーティで味噌と醤油を使った料理を出して欲しいと頼まれたのよ。そこには勿論、領主様とお嬢様も出席する予定よ」
「それで、売って欲しいということですか」
成る程、同じ権力を持つ公爵家と親しくなることで、手を出しづらくさせるんだな。その間に反撃の準備を整える訳か。
「それだけではないわ。あんたがその調味料を仕入れているんだから、それを使った料理も詳しいわよね? 北商店街まで来て教えてくれないかしら? 」
「う~ん、俺は詳しくはありませんが、エレミアなら味噌と醤油の扱いには慣れていますので頼んでおきます」
「助かるわ。それじゃ明日、北商店街の “ペルフェット” という料理店に来て頂戴。頼むわね」
話が済むとカラミアはさっさと店から出ていった。何だかな、王族派とか貴族派とか言われたって良くわかんねぇよ。そんな勝手な都合でシャロットの母親が殺されたかと思うと、やりきれないな。
『今も昔も、人間は下らない事で他者を排除する。それが己の首を締める事になると知らずにな。なんとも愚かな生き物だ』
『でも、正しくあろうとする人間もいるよ。ほんと人間って良く分かんない。でもそこが面白いんだけどね! あたしは嫌いじゃないよ! 』
『我とて嫌いな訳ではない。度し難いと言ったのだ』
そうだな、人間である俺でも良く分からないよ。