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ガンテにミスリル鉱石を渡すと驚いてはいたが、まぁライル君だからね―― の一言で終わった。何か納得いかないモヤモヤした気分だよ。
後はリリィの話だと宝石が必要との事。周りに宝石商の知り合いはいないし、北商店街から買うのも気が引ける。ガンテはミスリルだけでも話題になるから別にいいとは言っているけど、強い武具があれば、それだけ冒険者達の安全に繋がる。ひいてはガンテの店が繁盛してこの南商店街に人が増えるというもの。
さて、どうするか。少しずつ客足が伸びてきたお昼頃、カウンター奥の椅子に座って、ぼんやりと思考の海に漂っていたら、突然の大きな音と声で現実に引き戻されてしまった。
「おい! ライル!! 悪いけど匿ってくれ! 」
「これはガストールさん。いらっしゃいませ」
ガストールは勢いよく店に飛び込んで来たかと思ったら、直ぐ様カウンターの内側へと身を隠した。それと同時にまた店のドアが勢いよく開き、一人の騎士が入ってくる。
「邪魔をするぞ! ここに不埒な輩がこなかったか! 」
「いらっしゃいませ、レイシアさん。不埒な輩とはなんですか? 」
騎士の鎧をガチャガチャと鳴らし歩いてくるレイシアに尋ねてみた。面倒だから直ぐにでもガストールを引き渡したいけど、色々と世話にもなってるし、匿う方向でいくか。
「おお! ここは貴殿の店だったか。若いのに自分の店を持つとは大したものだ。実はな、貴殿も知っているかと思うが、ガストールと言う痴れ者がこの街に来ていたのだ! いや、ただそれだけでは私も追わんよ。しかし、彼奴は私を見るなり逃げ出したのだ! きっとここでも何かやましい事をしているに違いない。でなければ私を見ても逃げ出さない筈だ! そうであろう? 」
俺はちらりと足もとに隠れているガストールに視線を向けると、ぶるぶると小刻みに頭を左右に振っていた。大方相手にするのが面倒だから逃げたのだろう。堂々としていれば良かったのに、却って面倒になると予想出来なかったのか? 二人が勝手に騒ぐのは良いんだけど、俺を巻き込まないで欲しいよ。
「確かにガストールさんならここに来ましたよ」
この言葉にレイシアは喜色を浮かべ、反対にガストールの顔は絶望に染まった。
「やはりな! して、今もここにいるのか? 」
「いえ、裏口から出ていきました」
「むう、そうか。であれば、もう追いつけんな」
レイシアは悔しそうにしている反面、ガストールはホッとしている。
「騎士様、蜂蜜クッキーは如何ですか? 試食ですのでお金は頂きませんよ」
キッカが試食品のクッキーを持っていくと、それまで難しい顔をしていたレイシアの表情が和らいだ。
「うむ、無料であるなら有り難く頂戴しよう…… !? 旨い! 蜂蜜の甘味とバターの香りが実に良い。やはり私は分かりやすい味が好きだな。西地区にある菓子と紅茶を与する店に寄ったのだが、そこのケーキが果物やらチョコレートやら色々と入っていて、私にはよく分からん! ただ紅茶は旨かった」
ああ、彼処にはもう寄ったのか。出会って間もないけどレイシアらしい。素直というか単純というか、今も試食品のクッキーを美味しそうに口一杯に詰め込んでいる姿を見てると、そう思ってしまう。というか、いくらただでも食べ過ぎではありませんか? 騎士様よ。
「実に見事なクッキーであった! 」
試食品を半分ほど食べた所で漸く満足したのか、満面の笑みを浮かべている。
「お気に召したようで何よりです。お仲間の二人にも買っていってはどうですか? 」
「うむ、せっかくだから他にも何か買っていくとしよう」
レイシアは一通り店の商品を見て回り、クッキーと洗浄の魔道具を買う事にしたようだ。マジックバッグは領主を救ったお礼として、既に貰っていたらしい。
「北地区にも同じ名前の魔道具があったが、高くてな。ここで売られているのも効果は同じなのだろう? 」
「はい。ただ向こうと違って壊れやすくなっております。壊れた物は此方へ持ち込んで頂ければ買い取りますので、是非ご利用下さい」
「ほう、それで安くなっているのか。それに壊れた魔道具を買い取ってくれるとは有り難い。金に執着するのは騎士道に反するが、だからと言って必要としない訳ではないからな。難しいものよ…… では、世話になった! また来る! 」
レイシアは入ってきた時と同じようにガチャガチャと鎧を鳴らし、店から出ていった。騒がしくて元気な人だったね。レイシアが店から出ていったのを見計らって、ガストールはカウンターから出てきては、心底安心したように一息ついている。
「はぁ~、助かったぜ。まさかあいつらがここに来ちまったとはな…… 過ごしやすかったのに残念だ」
「これからどうするんですか? 」
「面倒だから暫く街から離れるとするか。丁度良く、隣の領までの護衛依頼があったから、それを受けるぜ」
「そうですか、では暫しの間お別れですね」
「おう、そうだな。ここは良い街だから直ぐにまた戻ってくるさ。じゃあな、ライル」
ガストールは相変わらずの悪人面で笑い、店から出ていった。あ! 旅先での街の宣伝を頼むの忘れた―― けどいいか。ガストール達に頼んだら別の意味で良い街だと思われそうだからな。
◇
領主が帰ってきて一週間は経つ。魔獣達をけしかけた犯人の目星はついているのか? 対策はしているのか? 気にはなるけど、貴族社会は俺には分からない。どうすればシャロットの力になれるのだろう。
「相変わらず質素な店ね。少しいいかしら? 」
店に訪ねてきたのは、派手な衣装に身を包んだ北商店街代表、リアンキール商会、会長のカラミア・リアンキールだった。
「いらっしゃいませ、今日はどのようなご用件で? 」
俺は努めて冷静にと心掛けてはいるが、内心ではついに来たかと冷や汗ものだ。恐らく味噌と醤油の件だろう、北地区の高級料理店でも使い始めたと聞いていたからな。
「分かってる癖に、白々しいわね。まぁいいわ、二人でお話ししたいのだけど、いいわよね? 」
こっちにそう聞いておきながら、まさか断らないわよね? という意味合いを感じさせる口調と態度だ。ここでお断りしますと言えない自分はまだまだ小物なのかね。