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「グフフ、心配を掛けてしまったようだの。この通り、吾輩は元気である。遅くなってすまんが、これは開店祝いだ。受け取ってくれ」
意識を取り戻した領主が祝いの品を持って俺の店に来たので驚いた。律儀な人だね。
「有り難く頂戴致します。店を持てたのは、ひとえに領主様のお力添えあってこそで御座います。ありがとう御座いました」
「良い良い、此方も助かっておるのでな、お互い様というやつよ」
グフフと機嫌良く笑う領主は毒の後遺症もなく完治したように見える。
「それと伝えておきたい事もあってな。マジックバッグに関するものなのだが、正式に他の領でも生産する事が決定した。吾輩の工場だけでは、他国はおろか国内ですらマジックバッグを普及させるのは難しい。そこで王のご助力のもと、余裕のある他領にも工場を建設し、生産量を増やすことと相成った」
「工場の管理や利益はどうなっているのですか? 」
「建設費用は各領から出し、管理と利益については、その領のものとなる。吾輩達の狙いはあくまでもマジックバッグしいては空間魔術の普及が目的である。ゆえにこの方法を取らせて貰った。何か異存はあるかね? 」
独占ではなく、多くの領地に工場を建ててしまえば悪目立ちは少なくなる。出る杭は打たれるのなら、同じ位出ている杭を何本も立ててしまおうという訳だな。国内に普及させるのは他領に任せて、こっちは国外に集中しようという腹積もりなのだろう。
「いえ、異存は御座いません」
「お父様、快復したばかりなのですから、無理をされてはお体に障りますわ。そろそろ戻りましょう」
「ブフゥ~、そうだな。では失礼する」
「失礼致しますわ」
シャロットに連れられて領主は自分の館へ戻っていった。あの様子なら、もう大丈夫だろう。
◇
そして数日後。味噌と醤油を独占して、独自の仕入ルートを確保した南商店街は順調に業績を上げていった。
リタの服屋は、エルフの里で作った綿布を使用した服や下着等が話題になり、それまで冒険者だけだったお客が他の地区からも店を訪ねて来てくれるようになった。何でも通常の綿よりも肌触りが良く吸収性に優れているようで、今では服だけじゃなくタオルやベッドシーツ、枕カバー等といった物も作って欲しいという依頼もあるらしい。
デイジーの薬屋は、酒場が繁盛するに従って酔い治しの薬が売れていった。それと酔っ払いが転んだり、喧嘩したりして負った傷を治す為、回復薬も良く売れるようになったと、俺の店で薬草や酔い治しの薬の材料を仕入れに来た時に、ほくほく顔で報告していたな。とても気色悪い顔だと思ってしまったのは内緒だ。
ガンテの鍛治屋は大した変化もなく、代わり映えしない毎日を過ごしているらしい。周りが新しい商品やサービスを考え、店を盛り上げていっているのを見て内心焦っているみたいだ。今日も午後には俺の店に来て、紅茶を飲みながら他の人達と相談している。はぁ、すっかりとたまり場みたいになってしまった。
「俺の店だけ何もないんだけど、どうしたら良いのかな? 」
「そんなの知らないわよぉ、私は鍛冶も武具もさっぱりだからねぇ」
そう、鍛治屋で考える事といったら新しい武具のデザイン等になるのだが、ここにいるのは素人ばかり。良いアイデアが浮かばないのは当然である。冒険者意外の客が来るのなら鍋とか包丁等、他の物を作るという選択もあるんだけどね。
「ガンテさんのお店は繁盛していなくても安定はしているので、そんなに問題とは思いませんけど」
リタの言葉にガンテは、う~んと眉間の皺を深くする。
「リタさんの言う通り、今のままでも店を続けてはいけるよ。だけど周りが変わっていく中、自分一人だけ取り残されていっているようで気が気でないんだ」
ガンテのその気持ちは分からなくはないけど、どうすればいいのやら…… リタの服屋のように良い素材を使えばどうだろうか? 俺がスキルで精錬した純度の高い鉄でもいいんだけど、その場合俺がいなければ手に入れることは難しい。それ以上の鉱石だと人魚のアダマンタイトか? 幾らなんでもそれは駄目だな。となると、グラント達がいる鉱山町からミスリルでも仕入れるか? ミスリル鉱石が採れるようになって随分経つから、少し位こっちにまわす余裕は出来ただろうし、一度訪ねてみようかな。
「…… 武具に魔術を組み込めばいい」
俺がそんな事を考えていたら、突然耳元から声が聞こえて思わず体が飛び跳ねてしまった。
あ~びっくりした。誰だよ―― と思って声のした方へ顔を向けると、そこには何時の間に来たのか、リリィが相変わらず眠そうな目で此方を見つめている。
「何時からそこにいたんだ? というか武具に魔術を組み込むというのはどういうことなんだ? 」
「…… そのままの意味。武具に術式を刻んだ魔術を使えるようにすれば良い」
「いや、それでは武具自体が脆くなってしまうよ。少なくてもミスリル以上の素材でないと駄目だ。それでも武具自体の耐久力が減ってしまうのは変わらないから、下手な小細工をしないでそのまま武具を打った方が良いけどね」
ガンテの指摘した通り、鉄素材では耐久力に問題がある。ミスリルはこれから仕入れられるか確認しようと思っていたけど、これもまたガンテの言う通り、素直にミスリルで武具を作成した方がいい。
「…… 違う。直接じゃなくて、別な物に刻む」
ふるふると首を左右に振るリリィに他の人達は頭に疑問符を浮かべる。しかし、アルクス先生には分かったようだ。
「つまり、魔石や魔核に術式を刻んで、それを武具に取り付けるということですか? 」
どうやら合っていたようで、リリィは大きく頷いた。
「…… 出来れば宝石がいい」
「成る程、宝石の方が術式による耐久が高いですからね。尤もな意見です」
確かに、直接術式を刻むよりも良いとは思う。しかし宝石か……
「ちょっとぉ、良い案だとは思うけど、どこから宝石を仕入れるのよぉ。この都市にいる宝石商はみんな北商店街にいるわ。あのリアンキール商会のことだから、絶対吹っ掛けてくるわよ」
「…… そこまでは知らない。私は提案をしただけ」
後は自分達でどうにかしろと言う訳か。取り合えず一番可能性があるミスリルから行ってみよう。