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「ん? 貴殿はもしやいつぞやの…… 確か、ライルと言ったか? このような所で再び相見えるとは、奇遇であるな」
白を基調とした金の装飾を施されているいかにも豪華な全身鎧を身に纏った銀髪の女性―― レイシア・アイズハートは俺を覚えていたようで声を掛けてきた。
「ああ! 思い出したよ。確か、クーネリアの町にいた…… 久しぶりだね。エルフの女性と一緒いたはずだけど、今は君一人かい? 」
レイシアの言葉に爽やかさ系金髪イケメン―― クレスは俺を思い出したようだ。しかし、直ぐにエレミアの所在を聞いてくるとは油断できねぇ奴だな。これだからイケメンって奴は……
そして青いショートヘアの魔術師の女の子―― リリィは俺の事を覚えているのかいないのか、ただ眠そうな目でじっと見つめているだけ。この子も相変わらずだね。
「あら? 皆様はライルさんのお知り合いで御座いましたの? 」
俺達の雰囲気を察したシャロットはそう尋ねてきた。
「前に一度だけ面識がある位ですよ、シャロット嬢」
クレスは前髪を軽くかきあげ、シャロットに優しく微笑みかける。
「どうもその節はお騒がせしました」
「うむ、何事もなかったのならそれで良いのだが、彼等が悪漢という事実には代わりないので、充分に注意するようにな」
レイシアは鷹揚に頷いて注意を促してくるけど、ガストール達もこのインファネースにいると知ったらどうすんのかな?
「そうでしたの、それでは改めましてお礼を…… お父様と兵士の皆様をお救い頂き、誠に感謝しております。何かあれば何時でもお訪ね下さい。わたくしに出来る事でしたら力をお貸し致す所存で御座いますわ」
「なに、騎士として当然の事をしたまでです。お気に為さらずに」
「僕らも偶然近くにいただけですから、死者が出なくて良かったです。暫くはここに滞在する予定ですので、僕らの力が必要になった時には遠慮なくギルドまでご連絡下さい。直ぐにでも駆けつけますよ」
「お心遣い、重ねて感謝致します。その時があれば宜しくお願い致しますわ」
その後もシャロット、クレス、レイシアの三人は何か話している中、リリィが徐にこっちに近づいてきた。
「…… 久しぶり、厄災を宿す者。時は近い、力を貸して欲しい」
初めて声を聞いたかと思えばこれだよ。この子はいつも唐突だな。
「俺の事はライルと呼んでくれ。それで、確か力を貸さなければ世界が滅びるんだったよね? 」
リリィが小さく頷く事によって返答した。
「それってさ、今すぐじゃなければならないのかな? 俺はまだ ここでやらなければならない事があるんだ」
「…… かまわない。それが終わったら力を貸して」
少し思案した後、リリィはそう答えた。どうやら時とやらはまだあるらしい。
「それでは僕らはこれで失礼します」
「大したおもてなしも出来ずに申し訳御座いません。このお礼は後日必ず致しますわ」
いつの間にかシャロット達の話は終わったようで、クレスとレイシアは客間のドアへと歩いていく。だけどリリィだけはクレス達とついていかずに、この場に止まっていた。
「リリィ? 」
疑問に思ったクレスがリリィの名前を呼ぶ。
「…… 先にいってて、私はまだ用事がある」
「なら僕らも手伝うよ」
「いい…… 一人で大丈夫」
クレスとレイシアはお互いの顔を見合せ、肩を竦める。
「分かった。後でギルドで落ち合おう」
クレスの提案にリリィが小さく頷いたのを確認すると、二人は部屋から出ていった。
「あの、リリィさん? 用事とは一体どのようなものなので御座いますの? 」
「…… あれほどの魔獣が集団で行動していたら、話題に上がらないはずがない…… なのに、それがなかったということは、別々に行動していた種族の違う魔獣達が、領主の馬車に一斉に集まってきた。それはとても不自然」
どれ程の数が集まってきたのかは知らないけど、色んな魔獣が集団でいたら目立って話題にはなるだろうな。運良く見つかっていなくとも、普段から集まっていたのなら襲われる前に発見出来たはずだ。リリィの言い分だと周りの魔獣が領主の馬車に集まってきたということか?
「それは…… 今回の魔獣による襲撃は作為的なものだと、そう仰りたいのですか? 」
シャロットは顔を青くしてリリィに問い掛ける。その声には間違いであって欲しいという想いが窺える。
「…… その可能性が高い。デッドリースパイダーは本来臆病な性格。自分から向かってくる事はまずない。ましては、最後まで逃げずに戦うなんて異常。何かに引き寄せられたと考えるのが妥当」
「そうですか、わたくしはその場にいませんでしたので、何とも申せませんが、もし、何者かの手によるものならば一体どのようにして魔獣達を集めたのですか? 」
「…… 馬車をもう一度見せて欲しい。魔獣に集団で襲われたとしても、あそこまで壊れるのはおかしい」
俺とリリィはシャロットの案内で馬車の保管馬車へ向かうと、そこには見るも無惨な馬車の姿があった。魔獣の攻撃を受けたのか屋根はその役目を果たせないほど壊され、側面も無数の穴が空いてボロボロだ。車輪だけは何とか無事なようなのでここまで引っ張って来れたんだな。
「…… ライル。これを見ても変だと思わない? 」
うん? リリィに言われてもう一度じっくりと馬車を観察する。かなり損害が激しい、まるで馬車に恨みでもあるかのようだ。ん? 確か死者は出なかったんだよな。それって兵士やリリィ達が奮闘したからだと思っていたけど、人間の方にはそんなに興味がなかったって事か?
「もしかして…… 魔獣達の狙いは馬車だった? 」
「ん…… おそらく」
どうやら、俺のこの考えは間違ってはいないようだ。しかし、これが人為的で馬車を狙ったものだとしても、どうやって魔獣達をけしかけたのだろうか。
「…… ライル、スキルで馬車を調べて。持ってるんでしょ? 魔力支配」
俺とシャロットはリリィの発言に驚きを隠せなかった。何で知ってるんだ? 俺は話した覚えはないぞ。シャロットに目を向けると、小さく頭を左右に振った。だよな、シャロットも誰にも喋ってはいない。何の事だ? と惚けても無駄なのだろう、既に確信に至る何かを掴んでるようだし。
「…… 大丈夫。誰にも言ってないし、言うつもりもない」
はぁ、問い詰めてもどうせ答えてはくれないよな。誰にも喋らないという言葉を今は信じるしかない。えっと、なんだっけ…… 馬車を魔力支配で調べるんだったか。
言われた通り、魔力でボロボロの馬車を覆って解析してみると、いたって普通の木材で作られていること以外は分からない―― ん? 待てよ…… 木の他に見慣れない成分が含まれているな。何だこれ? 薬か何かかな? この馬車の一部には何か液体のようなものがついていて、その成分は何かの動植物から採取したものだと分かった。それがどのような効果をもたらすのかまでは分からない。この魔力解析はあくまでもどんな成分が含まれているか、造りがどうなっているかが分子レベルで把握出来るだけで、固有名称なんかは分からないのだ。
解析結果をリリィに伝えると、
「ん…… 予想通り」
と、ゆっくりと頷いた。
「で、一体何が原因なんだ? 」
「…… 誘魔薬。ライルが解析した成分が含まれた液体はそれの可能性が高い」
誘魔薬? 何ですかそれ?