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「次に奴隷商の仕組みについてご説明致します。我々奴隷商はお客様のご要望に沿った奴隷をご用意させて頂き、お客様に雇って頂きます。契約期間は一月の短期から、一年の長期契約が御座いまして、期限が過ぎましたらその都度再契約を交わすか、そのまま満期で終了とさせて頂きます。お給金につきましては、月末締めの翌月払いとなっておりまして、支払い方法は此方の従業員がそちらまでお伺い致しますので規約通りの金額を回収させて頂き、そこから我々の取り分と奴隷の取り分とで分けられます。もし、雇い先で何か問題が生じた場合はご相談下さい。出来るだけ対応は致します。奴隷が逃げ出した場合も即座に此方へご連絡下さるようお願い致します。奴隷には現在位置を知らせる首輪型の魔道具を装着する義務が御座いますので、行方不明になったとしても此方で把握出来るようになっております」
雇ったら其処で終わりじゃないのか。給料も直接本人に支払うのではなくて、奴隷商を通さないといけないようだ。まあ、そうしないと利益がでないので仕方ないのは分かるんだけどね。
「ねぇ、それってどうしても奴隷でなきゃいけないの? 契約奴隷って何時でも辞められるのよね? だったらここで雇い先が見つかれば、奴隷を辞めて直接雇ってもらえば、こっちは契約料を支払わなくてもいいし、向こうも給料を奴隷商に取られなくても済むんじゃない? 」
エレミアの疑問にバルトロは如何にも尤もだと頷いた。
「エルフのお嬢様の仰る通り、それも可能で御座います。ただ、その方法は雇い主と奴隷の間に確固たる信頼関係があってこそです。過去にもその方法を取られたお客様がおりましたが、一月もしない内に店の売り上げを持ち逃げされたと、私めの所へ苦情を言いに来られましたが、最早私どもの奴隷では御座いませんので対応は出来ませんとお断りさせて頂きました。なので、最低でも一月は様子を見て判断して頂けたらと存じます」
初対面の人を雇うよりは、奴隷として雇った方がそういう問題は起こりにくい訳だね。奴隷商の信用に関わるのでその辺りを考えての首輪なのだろう。それに何かが起きたとしても、奴隷のままならばしっかりと対応してくれるらしい。
バルトロの話を聞いていると、先程の従業員の女性が紙の束を持ってきてテーブルの上に置いた。バルトロはどうぞと言った風に紙の束をこっちに寄せてきたので確認すると、そこには名前、性別、年齢、特徴、特技、性格、奴隷になった経歴などが書かれている。
これはこの店にいる奴隷達の資料かな? よく見ると、契約料と給料の希望金額も書かれているな。
「お店での接客業務という事でしたので、読み書きと計算が出来る者をご用意致しました。その資料の中からお選び頂いた後、面接となります」
成る程ね。しかし結構多いな…… え~と、人間の男性で二十五歳、借金奴隷、商会で働いていた経験あり、賭博が原因で奴隷になる――ね。ギャンブルにはまる人はちょっとな、この人は止めておこう。
次は、羊型の獣人族で女性、十九才、契約奴隷、他領からの出稼ぎで奴隷になる――か。うん、この人はいいね…… ん? 一月の契約料が一万リランか、一年で十万とちょっとだな。それで給料の希望額が二万だろ? これって安いのかどうか分からんね、取り合えずキープで。
そうやって資料を確認していくと、気になるものを見つけた。
犬型の獣人族で兄と妹の双子、十三歳、契約奴隷、親が商人の為、読み書きと計算が出来る。両親の事業が失敗して家と店を失う、再起を願いインファネースへ向かうが、その途中に盗賊に襲われ両親を失う。何とか逃げ出して街に着いたが、身寄りもお金もないので奴隷になる。一月の契約料一万リラン、給料の希望額一万三千リラン。
おぅ、何とも悲惨な経歴だね。しかし今までと違って個人資料じゃなく、兄妹の資料とはどういう事なのだろうか?
「ああ、この子達はですね、兄妹一緒に雇われる事を希望しております。なのでそこに書かれている契約料と給料の希望額は、二人会わせての金額になります」
じっと資料を見詰めていた俺に、横から覗きこんだバルトロはこの兄妹についての補足説明をしてくれた。
兄妹だもんな、離れたくはないよね。それに二人でこの金額はお得だし、候補に入れておこう。
一通り全ての資料に目を通して、選んだ候補者達との面接の準備中に、俺はバルトロに気になっている事を聞いた。
「あの、雇われていない奴隷達は、普段何処に住んでいて何をしているのですか? 」
「それはですね。店の直ぐ傍に奴隷達の住居を用意してあります。そこで一部屋五人程で生活しておりまして、普段の彼等は無償で街のゴミ拾いなどの清掃活動を、戦闘が得意な者には夜の見廻りをして貰っております」
へぇ、ボランティアのようなものか。それじゃあ偶に見かける、ゴミ拾いをしている人達は、奴隷登録をしている人だったんだな。
「今の奴隷商はちゃんとした仕組みになっていますが、昔は違っていたようです」
俺が奴隷について感心をしていたら、ぽつりとバルトロが呟いた。
「ん? それって、昔は今のような奴隷を守る法律はなかったのですか? 」
「はい、そう聞いております。昔の奴隷には人権はありませんでしたので、それは酷い扱いだったようです。特に女性奴隷の扱いが酷くて私めも思わず耳を塞ぎたくなるくらいでした。性欲処理は当たり前、中には奴隷同士で無理矢理子供を作らせて、その子供を奴隷として教育するといった商売もあったらしいです。隷属魔術も全ての奴隷に使われ、主人の命令には逆らえないでいました。村や町では人攫いに拐われた子供達が別の場所で奴隷として売られている光景がよくあったそうです。そんな悲惨な奴隷事情を変えてくれたのが五百年前、魔王を倒した勇者クロトでした。勇者は長い年月を掛けて、各国に働きかけ、不当な方法で奴隷にされた人達を解放して回っていたそうです。そしてその人達を連れて海を渡り、国を興したと言われています。ですが、流石の勇者も奴隷制度を無くす事は出来なかったようで、ならば少しでも奴隷の待遇を良くしようと今の法律が出来たと伝えられております」
凄いな、勇者様。その勇者でも奴隷制度を無くせないなんて、どんだけ根強いんだよ。そりゃシャロットも苦労する訳だ。
『あ~、そう言えばそんな事もあったね。なつかしいな~、あの国は今どうなってんのかね? 』
アンネが蜂蜜酒を片手に昔を懐かしんでいる。そういや勇者と一緒に魔王を倒したんだっけか? 今の呑兵衛な姿を見ているとそれも疑わしく思ってしまうよ。