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「ほう、既に人魚族から了承を得ているのか、それならば此方が拒む理由はない。人魚族以上に我らエルフの方がライル君を信頼しているからね。それに、外の物が何時でも買いに行けるのは良い事だ」
今俺は、エルフの里で転移門を設置するべく長老に会いに行き、無事に許しを貰えた。
「有り難う御座います。これで何とか流通経路が確保出来ます」
「礼を言うのは此方だよ。ライル君のお陰で里が活気づいている。塩と砂糖に海の幸、それに魔道ミシン? だったかな、あれも便利で女性達が喜んでいたよ」
良かった。喜んで貰えてるようで何よりだよ。あまり長居も出来ないので、直ぐに里の門の近くに転移門を設置した。結界の中なので大丈夫なのかと思ったが、結界の外よりも中の方が皆も使いやすいだろうと長老の意見でここに設置するのが決まった。
長老の「信じているからね」の一言が重くのし掛かる、こりゃ責任重大だ。そしてエルフ達からも現金での取り引きをしていくことになった。
皆で獲った肉や育てた野菜、作った調味料と酒等を売った代金は里の資金になり、給料としてそれぞれに渡るようにして、そのお金で里の備蓄や個人で必要な物を俺の店で購入していくようにするらしい。
これで人魚から買い取った海の幸を食べたい時に個人で何時でも買いに行けるし、人魚もエルフの作った野菜をその日の必要な量だけ買えるようになるだろう。
転移門を設置し終えた俺は、母さんとアルクス先生を店の地下に呼んで事情と転移門についての説明した。
この転移門は常に空間が繋がっている状態ではなく、誰かが門を通る度に術式に込められた魔力が減っていく仕組みだ。一般の人が持つ平均的な魔力量では一人通るので精一杯で、人間の魔術師や魔法士ではピンキリではあるが二~三人程度であると思われる。
エルフや人魚は往復する位なら問題ない程の魔力量を持っているので、気軽に転移門を使えるのだが、母さん達が使うのは緊急の用件がある時だけにした方が良いだろう。
「エルフだけじゃなくて人魚族との交友を持っていたなんて驚きです。それに、転移門とは…… 文献に記されているので存在は知ってはいたのですが、まさかこの目で現物を見られる日が来るなんて…… 感激です。やはりライル君の魔力支配は凄いですね」
「古代の人達はこんな便利な物を使っていたのね。これから人魚の皆さんやエルフの皆さんが私達の店に商品を持ってくるからそれを買い取ればいいのね? 別ったわ。この転移門の事も外には漏らさないし、応対も任せて」
アルクス先生は転移門に頬擦りでもしそうなぐらい興奮し、母さんは事情を聞いて、やる気に満ちた顔をしていた。
さて、こっちの準備は整った。後は南商店街の皆に協力を仰がなければならない。俺の店だけで頑張っても仕方無い、この南商店街が一致団結しないと、他の商店街には立ち向かうなど出来はしないのだから。
俺は何時ものように暇潰しにきたデイジーとガンテに、この商店街にある全ての店の責任者を集めて欲しいと頼むと、最初は何を言ってるんだと驚いていた二人だったが、南商店街を残す為だと説得をして何とか協力して貰える事になった。
◇
数日後、二人の呼び掛けにより、今はもぬけの殻となっている店だった建物に南商店街で店を構えている人達に集まって貰った。その殆どは宿屋の主人だったり、酒場の店主達だ。他の店では、鍛冶屋のガンテと薬屋のデイジー、服屋のリタの姿が見える。皆、俺が用意した椅子に腰掛けては怪訝な表情をしている。
「皆さん! 急なお呼び出しに応じて頂き、誠に有り難う御座います」
俺は集まってくれた人達の前に立って挨拶を行う。すると一人の男性が俺に向かって声を荒げた。
「おい! 俺たちゃあ、暇じゃねぇんだ! 下らねぇ内容だったらどうなるか分かってんだろうな! 」
他の人達もその男性に同意するように頷いている。
ふぅ~…… 落ち着け、この演説で南商店街のこれからが掛かっていると言ってもいい、今は緊張なんかしている場合じゃないぞ。
「…… 皆さんは今の南商店街に満足していますか? 人は少なく、他の商店街には足元を見られ、唯一のお客と言ってもいい冒険者達も徐々に離れていっている。自分の店は大丈夫だと言えなくなっているのにもう気付いているのではありませんか? このままではこの南商店街は無くなってしまいます。例えここが繁華街になったとしても、今のままではいくらお客が来ようとも、他の商店街に搾り取られるだけです」
ここにいる宿屋や酒場の店主達は皆一様に顔を顰める。
「じゃあ、どうしろってんだよ! 俺達だってな、んなことは分かってんだ! でもどうしようもねぇじゃねぇか…… せっかく客も沢山来てくれるようになったってのによ、あいつらは魚や野菜の値段を吊り上げて俺達の儲けを奪っていきやがる。でもギルドから仕入れようとするともっと高くついちまう。最近じゃ、他の商店街にも味噌や醤油を使った飲食店が増えてきているって話だ。じきに俺達の店も客が減っていくだろうよ」
皆は知っていた。景気が良かったのは最初だけで、何れは落ちていく事を、この商店街には未来はないのだと、今の忙しさに身を委ねて考えないようにしていたのかも知れない。もう諦めてしまっているのか、場の雰囲気は暗いものだった。
「諦めるのはまだ早いですよ、どうせなら最後の足掻きをしてみませんか? 」