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取り合えずお互いに気を付けるよう心がける事でこの場は解散した。
さて、先ずはどうやって他の商店街に対抗できるようにするかだ。それには何か一つだけでもいいので “強み” が欲しいところ。そう、南商店街だけにしかない商品やサービス、或いは流通経路とか…… 南商店街だけである商品の流通を独占してみるのはどうだろうか? この世界には独禁法なんてないだろうし大丈夫だろう。そもそも前世にあった独禁法は内容が抽象的で分かりにくいんだよね。
手始めに、商工ギルドに卸している蜂蜜以外の商品は卸さないことにする。これにより今までギルドから各商店街に送られていた、味噌、醤油、エルフの里のワインにブランデー、綿布等の流通を止めてしまう。そして、俺の店から南商店街の中だけで流れるようにする。
味噌と醤油は南商店街の店にしか置かないようにするのでこの調味料を使った料理が食べられる場所はここだけになり、エルフの里で作ったワインやブランデーもここの酒場で飲むか、俺の店で買うかしかなくなる。
酒場や宿屋にはエルフの里で仕入れた野菜、人魚達から仕入れた新鮮な魚介を卸していく。そうすれば東商店街から魚介を、西商店街から野菜を割高で買わされずに済むだろう。
こっちには塩も胡椒もある。ギルドには蜂蜜を卸す代わりに、砂糖や卵、バターといった物を仕入れさせて貰う。まだ足りない物はこれから順次、新しい流通経路を開拓していけばいい。
ここでしか食べられない味、手に入らない物。それを南商店街の特色にして、差別化を図ろう。
しかし、これ等を行うには大きな問題があった。それは俺一人がいなくなってしまうと、たちまち南商店街は回らなくなってしまう事だ。それでは意味がない、俺は新たな流通の開拓とマナの木を植えていくという目的があるので、ここにいる時間が少なくなる。その間、流通が止まってしまっては困るのだ。
俺がいなくても淀みなく流れる仕組みを作らなければならない。どうすればいいのか検討は既につけていた。それは空間魔術である。
空間魔術は何も空間を拡張するだけではなく、アンネの精霊魔法のように空間と空間を繋いで、一瞬で移動出来るような魔道具があるとギルが教えてくれた。何でも千年前は普通に使われていた移動方法だそうだ。
その名も “転移門” と言うらしい。人ひとりが余裕で通れる程の大きさで、出発地点と目的地に門を設置する。そして門に刻まれた術式を発動させると、二つの門が空間を繋いで行き来が可能になる。この転移門を使えば、俺がいなくてもエルフの里と、人魚達との取り引きが行えるようになるだろう。
俺は転移門を作る為に人魚達の元へ向かい、そして事の顛末を女王に語って協力を仰いだ。
「そうですか、それでアダマンタイトが必要なのですね」
「はい、人魚との交流を他の人間に話す事にはなりますが、信頼できる人達です。転移門も店の地下に置きますので、他の人達にばれる危険は少ない筈です。どうか、お願い致します」
女王は右手を顎に添えて何やら深く考え込んでいる。やはり転移門をこの島に設置するというのは無理な願いだったか、何時でも浸入可能な門を置かせてほしいなんて普通に考えれば嫌だよな。
長い思考の末、女王は答えを出した。
「良いでしょう。貴方が信用しているというのなら…… ですが、門の設置場所はここから近い島にしてもらいます。私にも一族を守らなければなりませんので、気を悪くしないで下さいね」
「いえ、そんな…… 私めの無理を承諾して頂き、恐悦至極に御座います」
良し、これで第一関門は突破したな、ここで失敗したら俺の計画は始まりもしない。
「ひとつ確認したいのですが、転移門はエルフの里にも設置するのですよね? 」
「はい、そのつもりですけど…… 如何致しました? 」
「ならば、貴方の店を通じて直接エルフ達と取り引きをしても良いですか? 」
言われてみれば確かに、転移門があれば態々俺が窓口にならなくても済むな。
「はい、問題は御座いません。どうでしょう? これを機に金銭での取り引きをされてみては如何ですか? そうすれば、人魚達が取ってきた魚を何時でも買い取ります。そのお金で私めの店から味噌や醤油、その他の必要な物を何時でも購入出来るようになりますよ」
「成る程、それならば必要な時に必要な物が手に入りますね。フフ、人間の店ですか、ちょっと楽しみですね」
俺は女王から必要な量のアダマンタイトを譲って貰い、転移門の製作に取り掛かかる。アダマンタイトの加工もすっかり慣れてしまい、直ぐに門が出来上がった。門はイメージしやすい鳥居の形にする、その方がシンプルで作りやすかったのだ。大きさは大人二人が並んで入れる程にしてある。
後は術式を刻むのだが、これもギルが知っているので、魔力念話を通じて難なく理解が出来た。
誰かに何かを教えるというのは案外難しいもので、自分が伝えたい事や想いを言葉にしても、半分も相手には伝わらないだろう。
しかしこの魔力念話は、言葉以外にも想いや感情、その時の記憶や映像までも相手に伝えられるのだ。そのお陰で複雑な術式も比較的短い時間で理解が出来るのである。
指定された小島に転移門を設置して店に戻り、地下倉庫の隣にも部屋を作ってもう片方の転移門を設置した。
さて、上手く発動できるかな? 俺は転移門の試運転の為、門に魔力を込めて術式を発動させる。すると、鳥居型の門の柱に挟まれた空間が歪み、別の景色を写し出す。問題なく人魚側に設置した転移門と繋がったようだ。
いきなり俺自身が入る事はしない。術式は完璧だという自信はあるが、もしもがあるかも知れないので慎重にいこう。
俺は、魔力収納から鉄のインゴットを取り出して門へと投げる。インゴットは何事もなく門を通り、向こうの地面に落ちた。その後も色んな物を投げ入れ問題がないのを確認して、恐る恐る門に入って行くと、呆気ない程に簡単に通り抜けられた。散々ビビっていた俺が恥ずかしい位だよ。
何はともあれ、転移門が完成した。後はこれをエルフの里にも設置して流通経路を確保しなければ…… 見てろよ、南商店街は潰させないからな。