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「困りましたね、いっそのこと力ずくで来てくれた方が対処がしやすかったのですが、正攻法でくるとは…… 」
客がいない店の中、暇をもて余した俺達は揃って頭を抱えていた。でも、少し考えたら分かることだ。この世界には商標登録や特許なんてないのだから、良いものは簡単に真似されてしまう。
「ねぇ、魔術ってそんなに簡単に真似出来るものなのかしら? 」
デイジーが素朴な疑問をアルクス先生に投げ掛ける。
「腕の良い魔術師ならば、魔道具から術式を読み取り理解出来れば可能です。ただし、読み取った術式を理解せずに丸写ししても魔術は発動しません。何故そうなるのかは諸説が入り乱れていて、はっきりとはまだ解明されていません。今回の洗浄の魔道具に使われている術式は簡単なものなので、容易く真似できたのだと思われます」
冒険者達の為にコストを低くすることを考え、出来るだけ単純化させなければ、あのアクセサリーに刻めなかったからな。
それに、リアンキール商会はただ真似るだけでなくアレンジまでしていた。俺が作った洗浄の魔道具はアクセサリーに直接術式を刻んでいるから、その分脆くなっているので、壊れたら新しく買い直して貰う必要があった。
だから値段も安くしている訳だが、リアンキール商会は違う。向こうは宝石に術式を刻んでいるのだ。宝石自体には魔石のように魔力は宿っていない、しかし魔術に対しての耐久力が強いので術式を刻んでも壊れにくい。洗浄の術式を宝石に刻み、指輪や首飾りに着けて売り出し、限界がきて壊れたとしても宝石だけをまた新しく買ってアクセサリーにつけ直すように出来ている。
客層は貴族等の裕福層に絞っているので、土台となるアクセサリーは頑丈にしてあり装飾に力を入れている。宝石は別に小さくても問題はないみたいだ。貴族達もパーティーや執務等で忙しく風呂に入る暇もない時が多々あるらしく、そこで見た目も豪華で実用的な洗浄の魔道具は瞬く間に売れていった。商人達もその勢いに便乗するかのようにリアンキール商会へと足しげく通っている。
「マーマル商会も新しい店を出したよね。その、お菓子と紅茶を出す店を…… 」
リタは此方の思いを汲んで、遠慮がちに言ってきた。
「そうなのよ! 私も気になってそのお店に行って来たんだけど、ケーキもクッキーも、チョコレートや果物をふんだんに使ったものから単純なものまで種類が豊富だったわ。値段も高いのから安いのもあって、その場で食べれるのがいいわね。紅茶も飲みながら午後の一時をゆったりと過ごせるのも評価が高いわ」
マーマル商会の喫茶店に行った事を思い出しながら、デイジーは興奮気味に報告してくる。
それまでは金持ちしか気軽に買えなかったケーキ等のお菓子を市民にも手が出せる価格にまで落とし、尚且つ質は落とさないように腕利きの菓子職人を雇ったのだろう。ティリアの市民達を思う心とそれを実現させてしまう手腕には思わず舌を巻いてしまう。
誰でも気軽に入ってこれるようにと、落ち着いた雰囲気に拘った内装は女性冒険者にも人気のようで、依頼を受けてない時はマーマル商会の喫茶店によく訪れているらしい。
「ライル君はリアンキール商会とマーマル商会から誘われているんだったね。君の真似をして君よりも儲ける事で、自分達の考えが正しいと証明しようとしているみたいだ」
もしガンテの言う通りだとしたら、これは真正面から喧嘩を売られているようなものだ。南商店街がなくても冒険者や商人は特に困る事はない。だからその商店街に拘る理由も必要もないのだと言われているようで、なんだか面白くないな。
「リタちゃんの所にも引き抜きの話が来たんでしょ? 大丈夫だった? 何にもされてなぁい? 」
「あ、うん、大丈夫だったよ。私の所にはマーマル商会の人が来て、考えておいてほしいって言われただけだから、強引な事はされてないよ。お姉ちゃんは凄く怖がっていたけど」
え? リタの所にも誘いが来ていたのか。最近、冒険者達の間で人気が出ていたから、目をつけられたのか?
「そう、でも何かあったら直ぐに逃げて周りの人に助けを求めるのよ。何なら私のとこに来なさい、匿ってあげるからね。リタちゃん可愛いから心配だわぁ」
「ありがとうございます、でも大丈夫ですよ。親切な冒険者さんが護衛をしてくれてますから。私達が困っていたら、護衛料を安くしてくれたんです」
護衛を雇っているなら一先ず安心だ。俺も雇ってみようかな? 心配で店を留守に出来ないからな。
「なら安心ね。まったく、私の所にもリアンキール商会の人が来たけど、引き抜きの話じゃなかったわ。酔い治しの薬の製法を売ってくれって言われたのよ、じょ~だんじゃないわ! エレミアちゃんから教わって、やっとの事で身につけた製法をあんな端金で売るもんですか! バカにすんじゃないわよ! 何で私だけ誘わないの! 」
どうやら話題になっている店にちょっかいをかけているようだな。デイジーやリタの店だけではなく、酒場や宿屋にも繁盛しているからと言って、少しずつ魚介や野菜の値段を上げていっているらしい。
漁師の殆どは東商店街の店と契約していて、残りは北の高級料理屋、西の魚屋に取られてしまっている。野菜は西の八百屋が農家と専属契約を交わしているので、此方には流れて来ないでいる。なのでギルドから割高で仕入れるか、東の魚屋と西の八百屋から仕入れるしかなく、足元を見られている状況になっていると “猫の尻尾亭” の店主である猫耳のおっさんが、俺の店で味噌と醤油を購入する際に愚痴を溢していた。
まいったね、完全に食い物にされているな。戦略と言ってしまえばそれまでだけど、いくら向こうが大手の商会だからって好き勝手やり過ぎじゃないか?
「これからどうなっちゃうのかな? 私、この商店街が好きだから無くなって欲しくないな…… 」
「そうね、私もリタちゃんと同じ思いよ。だいじょ~ぶ! 皆新しい店で舞い上がってるだけ、落ち着いたらまた戻ってくるわ」
落ち込んでいるリタをデイジーは優しく慰めている。でも、新しい店だからと寄って行っただけだとしても、そこからリピーターになる可能性がある。この先も俺達が何か新しい商品を開発したところで、あんな大手にその都度真似なんかされたらどうしようもない。
「で? どうするの、ライル? このまま目立たずに店を続けていくの? 」
エレミアの言った通りに目立たず、ひっそりと店をやっていくのが当初の目的だった。周りが勝手に目立っていくには文句はない。だけど、これは南商店街存続の危機だ。北も西も東でさえも、この商店街を潰そうとしているように感じてしまう。
せっかく構えた店を潰す訳にはいかない。遠慮なんかしている場合ではなさそうだ。
そっちがその気ならこちらも遠慮なくやらせてもらおうかな。なに、此方には領主様がいるんだ。後の事は何とかしてくれるだろう…… まだ王都から戻って来てないけどね。