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エレミアから薬の製法を教わったデイジーは酔い治しの薬を作り始めた。だけど、エレミアの言った通り調合は中々難しく、失敗する頻度が多くて苦戦しているらしい。商品として店に出せるのはもう少し先になりそうだ。
俺の方も客から色々と話を伺い、南商店街に何が必要かを調べているけど、どれも参考になるものはなかった。
「ふ~ん、見た目通り中身も質素。でもこの商店街にはこのぐらいが丁度いいのかもね」
客足も遠退いた昼過ぎ、一人の女性客が訪れてきた。派手なドレスに、ケバイ程の厚化粧。盛りに盛った金髪で、前世のキャバ嬢を思い出す。化粧で誤魔化しているが、所々顔のシワが窺える事から歳はそれなりにいっているようだ。
「い、いらっしゃいませ」
とりあえず来店の挨拶をすると、その女性は不躾な視線で俺を見てくる。何だか品定めでもされているかのようだ。
「…… 片目に腕なしの少年…… あんたがここの店主ね。私が何でここに来たかは察しがつくでしょ? 」
は? このおばさんは何を言っているんだ? 俺が知らないだけで、有名人なのか?
反応が悪い俺を見て、信じられないといった面持ちでそのおばさんは驚いていた。
「ちょっと! あんたも商人なら、大手の商会ぐらい調べておきなさいよ! 勉強不足にも程があるわ」
「はあ…… すみません」
「まぁいいわ。私は北商店街のリアンキール商会、会長のカラミア・リアンキールよ。覚えておきなさい」
リアンキール商会といえば、北商店街の代表とされている商会だったな。そこの会長さんがこの店に一体何の用があるのだろう?
「あんたも分かっているとは思うけど、こんな所で雑貨屋なんてやっていても未来はないわよ。冒険者なんて食事とお酒と寝る場所さえあれば満足するんだから。そんな人達の為に、質の良い物を下げてまで提供するのはお止めなさい。上質な蜂蜜をこんな貧乏臭いクッキーなんかにするなんて…… 商売は利益が全てなの。お金を持っている人達に良いものを高く売る、それが成功への近道よ。私の所へ来なさい、そうすればあんたは成功者の仲間入りよ。その蜂蜜の正しい扱い方を教えてあげるわ」
はい? なんだとこのババア、母さんのクッキーが貧乏臭いだ? よし分かった! 喧嘩売ってんだな? 流石は大手商会の会長様だ。売るのがお上手なことで、いくらだ? 買ってやるよ!
「おい! そこまでにしておくんだね。抜け駆けはさせないよ、その子にはアタシも目をつけてんだから」
怒りで頭が沸騰しそうになっていた所に、いつの間にか店に来ていた銀髪で長い一本のお下げ髪をした女の子がカラミアに待ったをかけた。背は小さく、俺の胸ぐらいしかない。
「おや? 誰かと思ったら、西のおちびちゃんじゃないの。今良いところなんだから邪魔しないでくれる? 」
「良いところね…… アタシの目には怒らせてるだけにしか見えないんだけど? 北のおばさん」
「お、おば…… ま、まぁいいわ。興が削がれてしまったし、今日はこれで失礼するわ。早めに私の所へ来なさい、でないと後悔する事になるわよ」
怒るタイミングを逃した俺は、二人のやり取りを見ている事しか出来ず、そのままカラミアを見送ってしまった。女の子は勝ち誇ったように、フンッ! と鼻を鳴らし、強気な笑顔を向けてくる。
「大丈夫だった? あんなんでも北の商店街を牛耳っている奴だからね。あのまま感情に任せてぶつかっていたら、面倒な事になってたよ」
そうか、この子は俺を止めてくれたのか。確かに、いけ好かない人だけど権力はある。そんなのに正面から向かって行っても、返り討ちに遭うだけだもんな。
「ありがとうございます。お陰で助かりました」
「気にしないで、アタシもあんな年増に貴方を渡したくなかったから。あの年増はね、わざと相手を怒らせて手を出させようと仕向けてるの。手を出したらもうおしまい、こっちに非がある事にされ、金と権力を利用してとことん追い込むのよ。そして行き場を失った所で手を差し伸べる、怖い女よ」
危ねぇ! 何だよそれ、怖いどころじゃねぇよ! 止めて欲しいよね、あんなのに金と権力を持たせちゃ駄目だろ。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。アタシはティリア・マーマル、マーマル商会の会長をしているわ。よろしくね」
「あ、はい。俺はライルです、よろしくお願いします」
ん? マーマル商会って、確か西商店街の代表格の…… その会長ってことは……
「で、早速本題なんだけど…… 貴方、アタシの所に来なよ! 」
あんたもかい! ちくしょう、いい人だと思ったのに、ガッツリと裏があったよ。しかし、こんな小さな子が会長とは。
「助けて貰って何ですが、お断りします。俺はここでやっていきたいんです」
「ああ、冒険者の為にってやつね。その心意気は嫌いじゃないわ、むしろ大好きよ! でもね、その気持ちを向ける相手が違うんじゃないかと思うのよ」
相手が違う? どういう意味だ?
「いい? この都市に一番必要なのは市民の皆様だとアタシは思うの。確かに冒険者はこの都市の役には立っているわ。でも所詮は冒険者、暫くしたらここからいなくなる。ずっとこの都市に住んでいる人達を優先にして考えないと駄目な気がするのよ。市民あっての都市なんだから、当然でしょ? それに、こんな事言いたくはないんだけど、この商店街はもう駄目よ。宿屋と酒場以外は次々と潰れていく、もういっそのこと南商店街を潰して歓楽街にでもした方が良いんじゃないかって意見もあるわ。貴方のお客様の需要に応えようとする姿勢は素晴らしいと思う、その姿勢を今度は西商店街で発揮して貰いたいのよ! 」
ティリアの言っている事は間違いではない。でも、正しい訳でもない。確かに冒険者はいずれここから離れていく。しかし、また戻ってもくるんだ。冒険者達が過ごしやすいと感じてくれれば、この都市から離れていった先に、あそこは良かったと評判の良い噂が流れて冒険者達や商人、それに旅行者も多く訪れてくれるかもしれない。
市民を大切にするのは良い。でもそれは他の人達を蔑ろにしてもいいわけではない。旅立って行く冒険者達が、良い街だったと、また行きたいと思えるようにしたいんだ。
「すいません。ティリアさんの言っている事は分かります。ですが、俺はここで店をやっていきたいんです」
ティリアはじっと俺の目を見詰めた後、軽く溜め息をついた。
「貴方はまだ店を構えたばかりだからね。分かったわ、もしアタシの所に来る気になったら何時でも訪ねて来なさい。受け入れる準備は整えておくから」
そんな言葉を残してティリアは店から出ていった。いやぁ、今日の昼だけで大物の二人に出会うなんて、びっくりしたね。出来ればあんまり関わりたくはないけど、そうもいかないんだろうな。
カラミアはもう会いたくないくらいに癖の強い人だし、ティリアは小さいながらもしっかりしてる。流石は会長をやってるだけはあるな。
「あっ、一つ言っておくけどアタシ、今年で二十一になるから」
ドアが開き、その隙間から顔を覗かせたティリアがそう言った後、再びドアが閉まる。
…… 年上かよ!!