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昼以降の店の様子は、朝と違ってのんびりと過ごせている。アンネが母さんから聞いた話で俺をからかってくる事を除いては、平和なものだ。
「ごきげんよう! お噂はわたくしの耳にも届きましたわ! クッキーをわたくしにも頂けませんか?」
どうやら平和な時間はシャロットの来店と共に終わったようだ。このところ、漸く量産が安定してきたのか、シャロットは時間を見付けては店に訪ねてきて、持参した紅茶で母さん達とお昼を過ごしている。まぁ何時もと大差はない、場所が魔力収納から店の二階へ、井戸端会議が女子会へと変わっただけのこと。
「おば様のクッキーは美味しいですものね。良い考えだと思いますわ。これで何時でもおば様のクッキーを頂けるとは、なんて素晴らしいのでしょう! 」
何だかテンションが高いシャロットはクッキーを購入して、アンネを伴い二階へ上がって行った。これで女性陣は暫く降りてこないな、今日のクッキーは今あるのが無くなり次第終わりにしよう。
「ライルさん、こんにちは! 今日のお店はいい匂いがするね」
ドアを開けて元気に挨拶をしてくるこの少女は、同じ南商店街でお店を営んでいるリタだ。明るくて人当たりの良い子で、栗色の短いツインテールがトレードマークの可愛いらしい少女である―― と言っても俺より年上の十六歳だけどね。
何でも姉妹で服屋をしているらしい。服作りが得意な姉がいるのだが、極度の人見知りみたいで店の奥から出てこない。なので妹のリタが接客や営業をしているのだと言っていた。
ここへ綿布を買いに来た時に、歳も近いということで仲良くさせて貰っている。
「いらっしゃいませ、リタさん。今日も綿布ですか? 」
「うん! 冒険者の人から急ぎの注文が来ちゃって、急遽必要になったの」
「それは大変ですね」
俺は収納内からロール状にしてある綿布を取り出し、リタに渡す。普段は店には出さずギルドに卸しているだけなのだが、エルフの里で育った棉花から取れた綿は、品質がとても良いのだという。俺にはよく分からないけど…… その品質の良さにリタは目をつけ、商工ギルドに掛け合って俺の所へと辿り着いた訳だ。今ではギルドに通さず直接リタの店に綿布を売って、代わりに格安で衣類等を作ってもらっている。
「ありがと、これで作った服や下着は凄く人気なの。まぁ、普段に比べればだけどね」
綿布とクッキーを一袋購入したリタは、それをマジックバッグへ仕舞っていると、またお客が来店してきた。
「お邪魔するわね♪ あら! 聞いた通り、良い香りだこと」
「あっ! デイジーさん、こんにちは!」
「はい、こんにちは。リタちゃんは今日も元気ねぇ、私にもその元気を分けてもらいたいわぁ」
あんたにこれ以上元気になられたら、周りに迷惑だろ。
デイジーもこの時間になると頻繁に店を訪れる。暇なんだろうか?
「いらっしゃいませ。もしかしてクッキーの事を聞いて来たんですか?」
「そうよ、安くて美味しいクッキーがあるって聞いたら、買わない訳には行かないでしょ? ほら、私ってお菓子には目がないじゃない? 」
いや、そんなの知らないよ。丁度最後の一袋を買えたデイジーは、その場で開けて食べ始める。帰ってから食べろよ…… あ~、アルクス先生も律儀に椅子なんか用意しなくてもいいのに。
「紅茶でも入れてきましょうか? 」
「あらっ、悪いわね。お願いするわ」
悪いと思うならお願いしないで欲しいんだけど。アルクス先生に紅茶を入れてもらったデイジーとリタは椅子に座ってのんびりと寛いでいる。
「デイジーさん、クッキー頂いちゃって、ありがとうございます」
「良いのよ♪ 一人で食べても味気ないしね、遠慮しないで」
クッキーと紅茶を一通り愉しんだリタはお礼を述べて店を後にしたけど、デイジーは紅茶のお代わりを貰ってまだ居座っている。あんたも帰れよ!
「…… デイジーさん、暇なんですか? 」
「そうねぇ、いつも暇だけど、この時間は特にね。あんたの店だって人っ子一人いないじゃない? 」
デイジーのいう通り、昼過ぎになると極端に人が少なくなるのだ。客足は止まり、店は閑散としている。
「この南商店街はね、冒険者達しかいないと言ってもいいくらいに、他の人が少ないのよ。だからこの時間になると、冒険者は依頼に出ていなくなってしまうから、私達のお店にもお客が来なくなってしまう訳。ただの市民に回復薬なんて必要ないしね、暇でしょうがないのよ」
「だからって人の店を暇潰しに利用しないで下さいよ」
「なによ、少し位いいじゃない。それにこんな美人がいたら客も寄って来るかも知れないわよ」
いや、多分逆効果だから。それに何が美人だよ、本気で言ってんのか? その割れたアゴをどうにかしてから出直してこい。
「なに? なんか文句でもあるの?」
「…… いえ、ありませんよ」
俺の顔と視線で察したのか、デイジーは野太い声で威嚇してきた。これが地の声かな? 怖いので反論はしない。
「やあ、何やらまた面白い事をやっているんだって? 」
俺がデイジーに軽く睨まれていると、ガンテが店にやって来る。
だからさ、俺の店を暇潰しに使うんじゃねぇっつの!
「い、いらっしゃいませ」
それでも顔をひきつらせながら、何とか来店の挨拶をしたのだった。