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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第六幕】南商店街の現状と対策
111/812

2

 

 早速、明日からクッキーを売り出す為に、夕食後から母さんは蜂蜜クッキーを作り始める。


 キッチンの魔道オーブンでは少し小さいので、一階のカウンター奥の部屋を改装して業務用の大きい魔道オーブンを作成した。これなら一度に沢山作れるようになる。エレミアも母さんを手伝い、二人でクッキーを仕上げていく。


 それを俺とアンネが試食という名のつまみ食いをして、もうちょっと甘い方が良いんじゃないかとか、適当にアドバイスを送っていたら邪魔だとエレミアに追い出されてしまった。


「ちょっと! ライルのせいで追い出されちゃったじゃない! 」


「アンネだって、散々食べていたじゃないか。俺だけのせいにしないで欲しいね。それに、もう十分食べたし満足しただろ? 」


「…… それもそっか、残りは明日にしよっと」


 簡単に怒りを収めたアンネは魔力収納の中に入り、蜂蜜酒を呑み始める。どんだけ蜂蜜が好きなんだよこいつは。


 一階に充満している甘い香りを背に、俺は二階へと上って寝室のベッドで横になる。

 あぁ~、夕飯とクッキーでお腹パンパンだよ。少し休んでから風呂に入って寝るか。



 次の日、俺は何時ものように開店準備を始める。レジにお金を入れて、商品の補充をしている時でもクッキーの焼ける甘い匂いがしていた。昨日焼いたクッキーは俺達で食べる事にして、お客にはその日に焼いたものを提供したいと、母さんは朝からクッキーを焼いているのだ。


 袋の中にクッキーを詰めてカウンターの側に設置した棚に並べていく。一袋十五枚入りで三十リラン、エール一杯と同じ位の値段なので気軽に手を出せるだろう。原価ギリギリで利益は期待できないけど、集客にはなると思う。

 ほら、今も窓から漂ってくる匂いに釣られて、外でちらほらと人が集まりだしている。


 開店時間になり、ドアの鍵を開けると外にいた人達がぞろぞろと入ってきて、この匂いはなんだ? と聞いてきたので、今日から新しく蜂蜜入りのクッキーを販売する事を伝えたら、興味を持ち買っていってくれた。


 その後も匂いに誘われて新規の客が来店しては、クッキーを購入していく。割れてしまって売りには出せないものを試食品として客に提供しているのも概ね好評だ。


 安い値段で甘味が買えるという噂を聞いて、次々と蜂蜜クッキーを買い求める人が来店してくる。その殆どが女性冒険者だ。試食品のクッキーを食べては、美味しい! と黄色い声を上げ、一人で大量に購入していく。


 女性冒険者の話だと、お菓子は基本高いしお店も貴族や裕福層をターゲットにしているので、外観も内装も子洒落ていて冒険者をやっている人達にとっては入りづらいらしい。


 多くの女性冒険者はお菓子は食べたいけど気軽に買いに行けるような店がなく、かなり鬱憤が貯まっていたようで、瞬く間にクッキーは無くなっていった。


 おぅ…… 甘いものを求める女性の執念とでもいうのか、凄い迫力だね。獲物を狙う目付きでクッキーを手に取って行く様子は恐怖すら覚える。


 昼を少し過ぎた所で、クッキー騒動は漸く落ち着いてきた。あぁ、疲れた…… 買えなかった女性冒険者達が早く新しいのを焼いてくれと迫ってきた時には命の危険さえ感じてしまったよ。


『いやぁ~、お疲れ様です。お菓子というのはこんなにも女性の心を魅了してしまう物なんですね』


 魔力収納の中で外の様子を窺っていたアルクス先生が、呑気にそんな事を言ってきた。


『先生…… 出てきて手伝ってくれても良かったんですよ?』


『いやいや、ライル君の能力を隠さなければなりませんので、迂闊な事は控えないといけません。僕も直ぐに出て来て手伝いたかったのですが、残念です』


 何だかアルクス先生の本性が段々分かってきたような気がする。俺は表向き残念がっているアルクス先生に店番を頼んで休憩に入ることにした。


 二階に行くと、エレミアと母さんが既に休憩を取っている。心なしかぐったりしている様子だ。それも仕方ない、朝からずっとクッキーを焼いていたんだからな。


「お疲れ様。まさかあんなに来るとは思わなかったよ」


「ああ、ライル。おつかれ、ねぇ人間の女性って何であんなに甘い物に飢えているのかしら? 確かにクラリスさんのクッキーは美味しいけど、あれは異常だわ」


 エレミアは疲れた顔で、先程までの光景を思い出し、その時の心情を吐露する。


「そうね、多分だけど蜂蜜を使ったお菓子が安く買えるからだと思うわ。それとこの店の雰囲気かしら。冒険者でも入りやすいっていうのもあるわね」


 母さんが冷静に分析を行いながら、俺に昼食の用意をしてくれた。流石は元伯爵家で長年使用人として働いていただけあって、タフですね。


 用意してもらった昼食を食べていると、母さんがハンカチで口元を拭いてくる。


「母さん…… もう子供じゃないんだから、恥ずかしいんだけど」


「あら、そうだったわね。フフ、つい何時もの癖で。懐かしいわ、前はよく食べ物をこぼしていたわね。一生懸命に食事をするライルは、それはもう可愛かったわ」


「子供の時の話だろ、今は一人でも大丈夫だよ」


 あの時はまだ両腕が無いことに慣れていなくて、食事をするのにも苦労したもんだ。でも食べないと生きていけないから必死だったんだけど、まさか可愛いと思われていたなんて……


「へぇ、私と出会った時にはもう一人で何でも出来ていたから、そんなライルは想像出来ないわ。他にはないの?」


「ウフフ…… それがね、まだライルが小さかった頃なんだけど―― 」


 俺の小さい頃の話で盛り上がってきて居心地が悪くなり、休憩を早々に切り上げ、一階に降りてきた。


『ちょっと! せっかく面白くなってきたのに、わたしも続きが聞きたい! 』


 魔力収納内で俺の昔の話を肴に蜂蜜酒を呑んでいたアンネが文句を言ってくる。


 お前は駄目だ! 絶対後でそれをネタにからかってくるに違いない!


 しかし、そんな俺の思いも関係なく、アンネは蜂蜜酒片手に魔力収納から出て母さん達の元へ向かって行ってしまった。

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