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この二年間では特に何も変わらなかった。アルクス先生の授業が無くなった分、魔力操作の練習やスキルの検証に時間を費やしたが、不安は尽きない。
魔道具も幾つか作ってみた、と言っても大掛かりな物ではなく、低品質の魔石に術式を刻むだけの簡単な物だ。
魔石そのものを光らせ部屋の明かりにしたり、小さな火を起こし種火にしたりと、この世界ではごく一般的な魔道具を練習用に何個か作り “魔力収納” で保存している。
アルクス先生が言っていた、魔力同士の反発があったが、俺の“魔力支配”のスキルで、魔力の波長を自分に合わせる事によって収納できた。
そんな事をしていたら、瞬く間に時間は過ぎ……気付けば明日、俺は王都へと行くことになった。
明日か………今世の俺にとって初めての外、不安はあるが楽しみでもある。
「ライル様、申し訳ありません。旦那様に懇願したのですが、聞き入れて貰えず………」
夕食後、クラリスは酷く落ち込んでいた。俺の侍女として明日、王都へと一緒に行くつもりだったが、俺の父親が許してはくれなかったようだ。
俺が着替えや食事を、魔力を使って一人で出来るから侍女はいらないだろうと許可が貰えなかったらしい。
「仕方がないよ、勝手に付いてくる訳にはいかないでしょ?」
「それは……そうですが、しかし………」
まだ、納得出来ていないらしく、クラリスは眉間の皺をさらに深くした。
「大丈夫! 問題は無いさ、僕を信じて欲しい」
「うぅ………わかりました。ライル様がそう仰るなら……」
ふぅ、何とか納得して貰えたかな? まだちょっと不満そうだけど。でも、無理に付いてきて何かあったら嫌だからね。
クラリスには感謝しかない。十年間も俺の面倒をみてくれた、こんな俺の………前世では上司には恵まれなかったが、両親は俺を愛してくれていたと思う。たぶん、今だから分かる……なのに前世の俺は、親より先に死んじまった。
クラリスを見ていると、親父やお袋を思い出す。
だから、今世ではクラリスより先には死ねない、母親より先には死なない。
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夜が明け、今日俺は王都へ行く。
「玄関までお送り致します」
俺はクラリスの先導で部屋を出て、長い廊下を歩き、広いエントランスへとたどり着いた。
そこには一人の男性が立っていた。その人は身長は高く、がたいが良い。金色の短髪で、短く揃えた髭を蓄えている。顔は整っている方だと思う、だけど目が鋭く冷たい感じがする。
「御待たせ致しました、旦那様」
クラリスはそう言うと、深く頭を下げた。
この人が俺の父親か、なんて声を掛けていいか迷っていると、向こうからこっちに近づいてきた。
「これからお前を王都へ連れていく。後、私のことはハロトライン卿と呼べ。決して父などと呼ぶな」
その言葉には、何があっても自分の子だと認めないという感じが伝わってきた。言葉を失っていると、一人の使用人がフード付きのマントを持ってきた。
「旅の間は常にこれを着ておけ、その醜い姿を晒すことは赦さん。分かったら早く馬車に乗れ」
伯爵はもう話す事はないとばかりに、さっさと馬車の方に歩いて行った。
「ライル様、大丈夫ですか?」
クラリスは心配そうに声を掛けてきた。
「大丈夫。少し驚いただけだから」
予想はしていたが、かなり嫌われてるな。クラリスは俺にマントを着せながら、
「どうかお気を付けて……ライル様のご無事を心から祈っております」
そう言って、優しく抱きしめてくれた。
「うん………いってきます……」
「はい……行ってらっしゃいませ」
もう暫くこの温もりに浸っていたかったが、早くしろと言われているので、クラリスから離れ外へと向かう。
そこには、この家のだと思われる紋章がついた豪華な馬車があった。その周りには鎧を着て、剣を携えた人達が待機していた。
護衛の人だろうか? 四人いるけど足りるのか不安だ。
伯爵はもう馬車に乗っているようだ、俺も馬車に近付こうとしたら、後ろから声が掛けられた。
「お~い! 坊ちゃんはこっちですぜ~」
振り向くと、いかにも見窄らしい男が俺を呼んでいた。
「あの……一体、これは………?」
その男の元に向かうと、伯爵のと比べると貧相な馬車があった。
「あれ? 旦那から聞いてなかったんですかい? 坊ちゃんはこの馬車で王都へ行くんですぜ」
マジか、お世辞にも乗り心地が良さそうとは思えない、大丈夫か?これ………
「俺がこの馬車の御者でさぁ、よろしく頼んます。さぁ! 乗った乗った!! もう出発しますぜ」
恐る恐る馬車へと乗り込むと、長椅子の様なものが左右に二つ、縦に取り付けていた。
「普段は乗合馬車で使ってるんで、乗り心地は保証できねぇけど、王都までなら何度も行ってるんで大丈夫ですぜ」
どうしよう………不安しかない。