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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第五幕】港湾都市での再会と開店
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19

 

 店を構えて四日、マジックバッグの騒ぎも落ち着いてきたが、今だに生産が追い付いていない状況にある。この街の市民や冒険者はいいんだけど、商人からの注文の声が止まらないのだ。


 恐らく転売目的だと思うけど、それを拒む事は今はしない。何故なら資金調達に多いに役立つし、良い宣伝にもなる。しかし、貿易が可能な程には量産出来ていないので、今のところ転売目的の商人を利用する位しかない。


 俺の店にも時折そういう商人が来るけど、全てお断りさせて貰っている。そもそも、このマジックバッグは冒険者や行商人のような旅をする者達の為に作ったのであって、それが転売目的で買い占められる事があってはならない。なのでマジックバッグの大量購入はさせないように注意している。


 今日も何時ものように店を開いて客を待つのだが、どうにも身が入らない。カウンターに備えている椅子に座り、虚空を見詰めては溜め息を溢す。


「どうしたの? 最近、溜め息が多いし、心が何処かにいったみたいにボ~っとしているわよ」


 そんな俺の様子にエレミアが心配して声を掛けてきた。


「ああ、仕事中なのにごめん。少し遅いなと思ってさ…… 本当ならもうガストール達が戻って来てもいい頃なんだけどね」


 そう、クラリスを迎えにハロトライン領へ向かったガストール達が、まだ戻って来ていないのだ。

 ガストール達が旅立ってからとっくに二週間は過ぎている。確かここからハロトライン領までは片道七日は掛かると言っていたから、もう戻って来ていてもおかしくはないんだよな。


 もしかして何かトラブルでもあったのだろうか? 心配だ…… やっぱり俺もついていけば良かったかな?


「今は信じて待つしかないよ。ライルも彼等なら信じられると判断して頼んだのよね? だったら、最後まで信じてあげましょう」


 確かに、エレミアの言う通りだ。ガストール達は見た目も口も悪いけど、俺の知っている冒険者の中では一番頼りになる。だから俺は彼等に依頼したんだ。


「そうだな、ここからじゃ何も出来ないし、待つしかないか」


 気を取り直して仕事に集中し、今日の営業時間が終りに近づいた頃、店のドアが開いた。お客が来たのかな?


「いらっしゃ…… い、ま…… 」


 ドアを開けて入って来たのはガストール達だ。そしてその後ろにいた人物を見て俺は言葉が詰まり、来店の挨拶が最後まで続かなかった。向こうも俺の姿を確認したのか、驚きで目を見開き固まっている。


「おう! 予定よりも少しばかり遅れたが、この通り傷ひとつなく連れてきたぜ」


 どうよ! と得意気に話すガストールの言葉は聞こえてはいたが、俺の意識は目の前の人に固定されたままだった。


 少しくすんだ赤髪のお団子ヘアに、新しく刻まれた顔の皺は五年の月日を感じさせる。身体的か、精神的かは分からないが、疲れきった様子で、前よりも痩せて全体的に小さくなった気がした。頬も痩せこけていて、とても苦労していたのが窺える。

 だけど、大きく見開いた緑色の瞳は昔と変わらず、優しく輝いているように見えた。


 クラリス…… 随分と苦労をしていたんだね。もっと早く迎えにいけたら良かったのに、ごめんよ。今俺の頭の中ではクラリスとの思い出が駆け巡っていた。


 初めて名前を呼んだ日から、嬉しそうに毎日話し掛けてくるクラリス。


 俺よりも真剣に歩く練習に付き合ってくれたクラリス。


 一人で食事が出来ない俺に食べさせてくれるけど、上手く食べる事が出来ずに、よくこぼしていたのを幸せそうに掃除をしていたクラリス。


 着替えの手伝いをする度に、また少し大きくなったかな? と愉しそうに微笑むクラリス。


 伝えたい事が沢山あった筈なのに、その姿を見た瞬間に全部ふっ飛んで真っ白になってしまった。でも、クラリスに会ったら言おうと考えていた言葉があるんだ。やっと言える…… 俺は何とか声を絞り出し、自身の全てをかけて俺を生かしてくれた女性に呼び掛ける。


「…… 母さん」


 俺の声を聞いたクラリスは堰を切ったように此方に走り寄り、気付いたら懐かしい匂いと温もりに包まれていた。


「ああ! 神様…… 感謝します。このような奇跡を…… ずっと、信じてた、生きてるって…… ごめんね、何も出来なくて…… ごめんね、守ってあげられなくて…… 」


 声も体も震えながら一生懸命に抱きしめられ、俺の目からも自然と涙が零れ落ちる。


「違うよ…… 母さんは守ってくれたじゃないか。俺を育ててくれた。ありがとう…… 守ってくれて、それと沢山の愛を…… ありがとう」


「ううん…… 私の方こそありがとう。貴方の成長していく姿に、笑顔に、その優しさに、どれ程生きる気力を貰ったことか…… 貴方は私の希望そのものよ。ああ、ライル…… 私の、大切な子」


 目を瞑り、力を抜いて自分の体を母さんに預ける。悔しいな、こんな体じゃなかったら、俺も自分の手で抱き返す事が出来たのに…… 生まれて初めて、両腕が無いことが本当に残念に思えた。


 母さんは俺を生かす為に、色々と苦労を重ねてきた。だから、これからは楽をさせてあげたい。まだ店を持ったばかりで経営は安定していないけど、今度は俺が母さんの為に苦労する番だ。

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