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とうとう今日がやって来た。あと数時間で店を開く、どうしよう…… 物凄く緊張してきた。喋ってもいないのに喉がカラカラだよ。
「随分と緊張していますね。まぁ、初めての店なのですから当たり前ですが」
「昨日も心配と不安で中々寝付けないでいたのよ。もっと自信を持てば良いのに…… 」
店の手伝いとして、ここにいるアルクス先生とエレミアがひそひそと話しているけど、聞こえてますよ。しょうがないだろ、露店と違ってガッツリとお金掛けてるんだから、気楽ではいられないんだよ。場所も商店街の端っこだからね、もっと広場に近い方が良かったかな? でも、そうすると土地代がここと比べて倍以上になってしまって、とても手が出せない。
そんな俺の心配も悩みも関係なく、時間は無情に過ぎていき、不安を残したまま開店時間になってしまった。
エレミアがドアの鍵を開けて、外に“マジックバッグあります”のPOPを出す。後はお客が来るのを待つばかり……
う~ん、中々人が来ないな。立地の問題か、それとも宣伝不足なのか、もしくはその両方か、とにかくまだ一人も来客がない。
ソワソワしている俺の様子を見てエレミアが深く息を吐いた。
「落ち着いて、ライル。まだお店を開いたばかりでしょ? 露店みたいに余裕を持ってのんびり待ちましょうよ」
そうだな、少しだけ気が急っていたようだ。店を開いてまだ三十分だ、落ち着いて余裕をもって……
「紅茶でも飲みながら、ゆったりと待ちましょう」
いつの間にかアルクス先生が紅茶を用意してくれていて、俺達三人は紅茶を飲み、憩いながら待つことになった。
はぁ~、和むな~…… いやいや、休憩時間じゃないんだから、なに紅茶なんか飲んでのほほんとしてんだよ! 呼び込みとかビラ配りとか、他にやることがあるだろ。
心の中で一人ツッコミを入れていると、店のドアが開き誰かが入ってきた。おっ! 遂にお客様が来店してきたぞ。
「はぁ~い! お店を開くって聞いたから来ちゃったわよん♪ 調子はどうかしら? はい、これお祝い品よ」
まさかのお客様第一号が紫角刈りの、見た目は男、中身は自称乙女のデイジーだとは誰が思うだろうか。唖然としている俺に、祝いの品として渡されたのが、あの貴族ご用達の“夜が強くなる薬”だった。いや、こんなもん貰っても使い道がないんですけど。
「い、いらっしゃいませ。態々、有り難うございます」
それでもお客様だから、愛想よくしないと接客業にはならないからね。
「良いのよ! 同じ商店街で店を構える者同士なんだから、仲良くしなきゃね♪ 」
そう言ってデイジーはウィンクを飛ばしてきたが、それを無感情で受け流す。
「いらっしゃい。デイジーが最初のお客よ」
あっ! 何て事を言うんだエレミア! デイジーがそんなの聞いたら、
「あらぁ! 私が初めてなのぉ、それは光栄だわ。ウフフ、ライル君のお店のはじめて、頂いちゃったわぁ」
ほら、やっぱりこうなった。デイジーから軽いセクハラを受けていると、またドアが開いて誰かが入ってくる。
「やあ、今日店を開くと聞いてね。寄らせて貰いました」
鍛冶屋のガンテが店を訪ねて来てくれた。相変わらずの筋肉だね。ガンテはデイジーを見付けると困ったような顔をして、赤髪の坊主頭をカリカリと指で掻く。
「なにさ、人の顔見てそんな態度はないじゃないのよぉ」
「いや、失礼。デイジーさんがいるとは思ってなくて、少し驚いただけですよ」
どうやら、ガンテはデイジーが苦手のようだ。まぁ、大抵の人は苦手だろうな、得意な人なんているのかね?
「いらっしゃいませ、ガンテさん。ご来店有り難うございます」
「開店おめでとうございます。どうぞ、これは開店祝いです」
ガンテから祝い品として一本の剣を貰った。ごく一般的な鉄製の直剣だな。これは有り難い、潰して商品の材料に出来る。
「しかし、誰もいないね。まぁ、まだ時間も早いし、ここは商店街の隅だから仕方ないのかな? 」
「それだけじゃないわよぉ、他の地区でもマジックバッグを今日売り出すのよ。殆どの人がそっちに流れていっちゃってるのも原因だわぁ」
目立たないようにと頼んだのだから、これは上手くいっていると見て良いのだろうか? 何だか複雑な気分だよ。
一通り挨拶を交わしたガンテとデイジーはマジックバッグを手に持ち、興味深そうに弄っている。ガンテに素材は何を使っているのか聞かれたので、ギガノダイルの革とシーサーペントの革の二種類あると答えると、デイジーは酷く驚いていた。
「シーサーペントですって! 凄いじゃない! 確か他の地区だと、高い鞄はワイバーンだったわね。どちらも丈夫だけど、水に強いのはシーサーペントの革ね。良いわねこれ、ひとつ貰うわ」
「へぇ、高いけど、この大きさで物が沢山入るのは便利だね。俺も買うよ」
「はい、有り難うございます。シーサーペント革のマジックバッグは一つ、三十万リランになります」
値段設定は他の地区と差が出ないように、丈夫で高級なワイバーンや、俺が使っているシーサーペントの革で出来たマジックバッグは三十万リラン、他の素材で出来たマジックバッグは十万リランで統一した。これから少しずつ色んな素材を使って差別化を図るつもりだ。
二人はホクホク顔で店から出ていき、また暫く店内は静かなものだったが、露店の頃の常連さんや、よく利用してくれている冒険者達が徐々に訪れてくれた。
何時ものように酒や果物を買いに来る者、洗浄の魔道具を求めて来る冒険者達も、露店と比べて新しく増えた品物に興味を持ってくれて色々と買ってくれる。勿論、マジックバッグ目当ての人もいたけどね。
特に女性冒険者の蜂蜜の食い付きの良さには目を見張るものがあった。よほど甘い物に飢えているようだ。