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「先生、クラリスを此方に呼び出せませんか?」
「ん? 出来ると思いますよ。君が生きて見つかったと知ったら、此方が態々呼ばなくとも、ここへ来るでしょうね」
あ~、確かにそんな気がする。この体のせいか、少し過保護な所があったからな。
「しかし、クラリスさんを此方へ呼ぶのはあまりお勧め出来ませんね。この街からハロトライン領まで馬車で最低でも七日は掛かります。結局は一人旅をさせるようなものです」
そうか、乗り合い馬車を乗り継いだとしても絶対に安全とは言えないからな。一人が危険なら、誰かに迎えに行って貰えばいいんじゃないか? なら俺が迎えに行くというのも――
「―― 君が迎えに行くと考えているのなら、止めた方が良いですよ」
まるで俺の心でも呼んだかのように、アルクス先生は的確に指摘してきた。
「思っている事が顔に出やすいのは昔から変わっていませんね。君が生きていると知っても、伯爵が何か仕掛けてくる可能性は低いでしょう。ですが、直接ハロトライン領に行くとなれば話は別です。伯爵の目の届く所にいれば何をしてくるか分かりませんよ」
そうか、どうでも良いと思っていても、目の前でうろちょろされれば鬱陶しいよな。それに復讐をしに来たと勘違いされるかも知れない。それにしても、俺ってそんなに分かりやすく顔に出るのか?
「では知り合いの冒険者に頼んで、迎えに行って貰うのはどうですか? 」
「成る程、護衛をして貰う訳ですね。それなら危険も少ないでしょう」
良し、決まりだな。後でガストール達に頼んでみよう、知り合いの冒険者の中では彼等が一番信用出来るからね。
「さて、僕からは以上です。君の話を聞かせてくれませんか?」
俺はアルクス先生に五年前、王都の教会で魔法を授かれなかった事、そのせいで伯爵が雇った御者に殺されかけた事、そして村を回りエルフの里に辿り着いた事等を話した。
「そうでしたか、まさかそんなに直ぐ刺客を差し向けるとは…… もしかしたら館を出る前から計画していたのでしょう。とにかく無事で何よりです。そしてエルフの里ですか、僕も話だけで実際に行った事はありませんね。まぁ、行こうとしても行けないですけど。エレミアさんとはその時に?」
「はい。エレミアの家で五年間お世話になっていました」
それを聞いたアルクス先生はエレミアの前に立ち、深々と頭を下げる。
「何も出来なかった僕ですが、お礼を言わせて下さい。有り難う御座います。あなた方のお陰で、こうしてライル君と生きて再会することが出来ました。これからもどうか彼の力になってあげて下さい」
「…… 私もライルに恩があるから、貴方に言われなくてもそのつもりよ。ライルに仇なす者は誰であろうと容赦はしないわ。そのハロトライン伯爵って人間も、またライルに何かするのなら手加減はしない」
殺気を放つエレミアの様子を見て、アルクス先生は安心したかのように微笑みを浮かべた。
「それはとても頼もしいですね。もしもの場合は、宜しくお願いします」
お互いの近況報告が済んで、アルクス先生は終りだと思っていそうだけど、俺としてはここからが本番なんだよね。
「実は、アルクス先生とシャロットに話したい事があります…… これは公にはしたくありません。なので、ここで聞いた事は他の人には喋らないと約束してくれませんか?」
「ライル君、それは一体どういう……」
突然のことで、まだ事情を把握しきれていないアルクス先生とは違い、シャロットは思い当たる節があるようで直ぐに答えてくれた。
「ええ、約束致しますわ。誰にも話さないと、お父様にだって話しませんわ」
そんなシャロットの様子を見てアルクス先生も何か感じ取ったのか、神妙な面持ちになる。
「どうやら、何かあるようですね。僕で力になれるか分かりませんが、聞かせて下さい。勿論、誰にも喋らないと約束します」
俺は二人の真剣な眼差しを信じて、この部屋に俺達以外の者を入らせないようにした後で、魔力支配のスキルについて話す。魔力収納に魔力念話、魔力を使って物を作れる事やギルとアンネも二人に紹介した。
流石に人魚族との事や女王から聞いた “生と死を司る神” については話していない。
二人は最後まで口を挟まずに俺の話を聞いてくれた。ギルとアンネが魔力収納から出てきた時は驚いていたけど直ぐに持ち直してくれたな。因みにギルは人化をしている状態だ。そうじゃなきゃ、この部屋どころか館が壊れてしまうからね。
「魔力支配ですか…… 僕ら魔術師にとっては夢のようなスキルですね。そして大きな危険を孕んでいるのも分かります。これはおいそれと人に話すものではありませんね」
アルクス先生はこのスキルの危険性をいち早く察して難しい顔をしている。一方、シャロットの方はと言うと、
「本物の妖精ですわ! 小さくてとっても可愛いですわ! はぁ~、良いですわね~、わたくしも一匹欲しいですわ」
「こぉらぁ! 離しなさいよ! わたしは愛玩動物じゃないやい!! 」
うん、初めての妖精を目の当たりにしてはしゃいでいる。俺の話を聞き終わったと同時にアンネに飛び付き、頬擦りしていた。
「それにしても、ギルディエンテさん―― ですか? もしや、あの厄災と呼ばれた伝説のドラゴンでは? 」
「うむ、その名は我としては不本意である。二度と我の前で呼ばぬよう気を付けるようにな」
各々が交流を深めようとしているのを見て、何とか馴染めそうな雰囲気を感じた。
「話が盛り上がっているところすみませんが、二人に見てもらいたい物があるんです」
俺は魔力収納からシーサーペントの革で作成したマジックバッグを取り出してテーブルに置いた。人魚達に作った物とは違い、ジッパーではなくボタン式にしてある。
マジックバッグの仕組みを聞いた二人は言葉を失い、暫くの間、意識がどこかに飛んでいるようだった。
「これもライルさんの魔力支配のお力なのでしょうか? もう何でも有りですのね」
シャロットが勘違いしないよう、術式に関しては全てギルから教わったものだと説明する。
「これは…… 凄いですね。空間魔術を現代に蘇らせただけでなく、まだ存在さえ知られていない魔術も使っているとは…… 重力魔術ですか? 物の重さを変更出来る魔術なんて初めて知りましたよ。千年前の事を知っているギルディエンテさんがいたからこそ、このマジックバッグが生まれたのですね」
マジックバッグの術式を読み取り、驚愕しっぱなしのアルクス先生は、まだぶつぶつと聞き取れない声量で独り言のように呟いている。研究魂に火がついてしまったようだ。
「これを俺の店で商品として出したいんです。主に冒険者達を中心にして売っていきたいと思っています」
俺の言葉を聞いた二人は揃って何やら難しい顔をした。
「確かに、こんな便利で素晴らしい物なら必ず多くの人に売れますわね。わたくしも欲しいですわ。ですけど、問題は未知の魔術が使われているということですの。わたくしのシュバリエに使われている魔術でさえ大事になったというのに、新たな魔術の発見となったらどれ程の騒ぎになるか検討もつきませんわ」
シャロットが危惧している事はもっともで、だからこそ俺はこの二人に自分のスキルを打ち明けたのだ。
「そこで頼みたいんです。ゴーレムの時と同じ様に、この術式を二人が発見した事に出来ませんか?」
「成る程、僕達を隠れ蓑にしたいわけですね。しかし良いのですか? これはライル君の功績なんですよ。もしかしたら国から爵位を貰えるかもしれません」
「だからです。俺は爵位なんかいりません。それにやらなければならないこともありますので…… 」
アルクス先生とシャロットはお互いに見合わせ、軽く頷き合った。
「分かりましたわ。お父様に相談致します。お父様には、このマジックバッグは貴方が作成した物であると知らせたうえで、世には出たくない旨を伝え、協力を仰ぎます。それで宜しいですか? 」
「僕の方は、マジックバッグを調べて偶然この術式を発見した。それで領主様の協力を得て、術式を解読できた事にしたらどうですか? 」
「良いですわね、ライルさんは偶然仕入れただけで何も知らなかったとすれば世間の目は誤魔化せるでしょうか?」
領主の助力を得る為に、此方でしっかりと打ち合わせをして明日に備える。
面倒な事に巻き込んでしまって心苦しくはあるが、俺の我が儘に真剣に付き合ってくれている姿を見て、嬉しく思ってしまう。やはりこの二人に話して良かった。