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領主との会食が終わり、使用人に部屋へ案内されて一息ついていると、二人が部屋に訪ねてくる。シャロットには話したい事があるからと予め呼び出していた。
「お待ちしてました。どうぞ此方へ」
二人を部屋へ招き入れ、テーブル席に着かせる。
「しかし驚きましたわ。まさかライルさんの仰っていた魔術の先生がアルクス様だとは思いませんでした」
使用人が手際よく用意してくれた紅茶を飲み、シャロットは驚嘆していた。
「それは俺も同じだよ。ゴーレム作成に協力して貰った魔術師が先生だったなんて」
お互いにその魔術師の名前を言わなかったし、余り興味も無く聞こうともしなかったからね。
「その事を含めて、お話し致しましょう。ライル君の話はその後でお伺いします」
そう言ってアルクス先生は五年前にクラリスから手紙を送られてきた所から話し出す。
「クラリスさんからの手紙には、これから館を出る準備をして、一人でライル君を捜す旅に出るといったものでしたので、僕は直ぐに考え直すようにと返事を送りました。女性の一人旅は危険ですからね。それに、もしかしたらライル君が館に帰ってくる可能性もあるかもしれませんし、だけどそれだけでは止まりそうにありませんでしたので、僕が代わりにライル君を捜す旅に出ると手紙に綴ったのです」
と言うことは、アルクス先生はクラリスの代わりに五年前からずっと俺を捜していたのか?
「当時借りていた部屋を引き払って王都へと向かい、その周辺を重点的に捜索した結果、フード付きのマントを羽織った子供が村を点々としていると言う噂を聞きました。しかもその子供は手も使わずに物を動かしているとも聞き、ライル君である可能性が高いとふんで、その噂の子供を追うことにしました。しかし、ある村を境に噂はパッタリと聞かなくなり、その子供の行方も分からなくなってしまったのです」
それは多分、俺がエルフの里に行った頃かな? じゃあ、あのまま村の近くにいたらアルクス先生と出会っていたかも知れなかったのか。
「その後も色々と村や町を回ったのですが、終ぞその子供の噂を聞くことはありませんでした。もしかしたら隣の国に行ってしまったのではないかと考え、僕も行こうと思いましたが資金が底をついてしまい、偶々近くまで来ていた、この港湾都市で工面しようかと思い至ったのです。それが三年程前のことですね」
三年前か、その頃はまだエルフの里にいてブランデーが飲みたいからと、エルフと一緒になって悪戦苦闘していた時期だな。初めて完成したブランデーに声を上げて喜んだのを覚えている。
「その時に魔術師募集の依頼を見ましてね。依頼主がここの領主様でしたので、お話しを伺いに向かったのです。そこでシャロット嬢とお会いしまして、自律型ゴーレムを造るので魔術を教えて欲しいと言われました。ゴーレムを魔術で制御する方法は千年前にはもう存在していましたが、技術が失われた現代では難しく、ましては領主様のご令嬢の依頼、本気ではなく興味本位のただの享楽だと誰も相手にはしませんでした」
当時を思い出したのか、シャロットはその太い眉を寄せて苦い顔をしていた。
「まともに話を聞いてくださった魔術師はアルクス様だけでしたわ。お陰様でシュバリエも完成して、誠に感謝しております」
「いえ、お金が目的でしたので、そんなに感謝しなくても大丈夫ですよ。それに、僕も他の魔術師と同じように、ただのお嬢様の気まぐれではないかと思っていましたから。なので、ある程度お金が貯まり次第ライル君を捜しに行こうと決めていました。でもシャロット嬢と過ごしていく内に気が変わってしまいまして…… 似ていたんですよ、ライル君に…… 可笑しいですよね? 姿も、性格も、性別さえも、何もかもが違うのに、シャロット嬢にライル君の姿が重なって見えてしまって、気が付いたら三年も経っていました。勿論、ライル君の捜索も続けていましたよ。しかし、有益な情報は得られないまま、ゴーレムを制御する魔術を再現したと国に知られて、情報提供の為に今まで王都で術式の講義をさせられていました」
う~ん、同じ世界の記憶持ちだから懐古的なものでも感じたのだろうか? しかし、随分と苦労をさせてしまっていたんだな。もし、アルクス先生が捜しに行くと言い出さなかったら、クラリスが旅先でどうなっていたのか…… 少なくとも、館で働いているよりも危険な目にあっていたのは確実だ。アルクス先生には足を向けて眠れないね。
「あの、クラリスは今、どうしているのか分かりますか? 元気なんですよね?」
「ええ、体調面で言えば元気なのですが…… 館内での立場が少しばかり悪いみたいでして、肩身の狭い思いをしているようです」
は? 何でそんな事になっているんだ? クラリスが何かやらかしてしまったのか?
「…… 実はですね、君を育てる為に伯爵に無理を言ったみたいでして、それで結果は魔法も使えない、貴族として表に立てない、無駄な金を使わせたとして、館内で孤立してしまっているらしいのです。それでも彼女は君が生きていると信じて、今も待ち続けています」
そんな事が…… 俺が俺として意識を取り戻した時はもうベビーベッドに寝かされていて、幾らか時が経っていただろうから、その前にクラリスと伯爵の間で何かあったのだろうな。
「先生は今も、クラリスと連絡を交わしているのですか?」
「はい。ですので、これから君が見つかったと手紙を送ろうかと思います」
それは良いのだけれど、伯爵に俺が生きていると知られたら不味いんじゃないかな?
「大丈夫ですよ。直接見つかったと書かずに、ぼかして書きますので。それにもし伯爵にばれたとしても、向こうから何かをしてくることは無いと思います。伯爵にとっては君が生きていようが死んでいようがどちらでも良かったのではないでしょうか? だから君の生死を確かめずに帰ってきたのでは? 伯爵家では君は生まれてはいない事になっていますから、戻ってきたとしても伯爵が自分の子供ではないと否定してしまえば、それまでですからね」
つまり、直接関わらなければどうでも良いという訳か…… あの時、俺が死んでいれば予定通りで、殺しに失敗して生きていたとしても別段問題は無かったんだな。この世界ではDNA検査なんて無いから親が認知しなければそれで終わりだからね。
まぁ、今更あの家に未練も無いから、放ってくれるんならそれはそれで有り難い事だ。それよりもクラリスが気掛かりだよ。俺のせいで苦しんでいるのなら、どうにかしなければならない。