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05



「ヒカリ、色に意味があるのって知ってた?」

「いや、知らない」


ヒカリは不思議そうに首を傾げた。


「例えば、赤色だと情熱的だとか力みたいなイメージが強いじゃない。あと黒だったら、喪服とか、正装って言ったら黒でしょ?厳粛だとか、高貴っていう意味があるのよ。そんな感じでね、各色様々な意味が存在するのよ」

「ふーん」


色に意味があるなんて知らなかった。


「あ、でさ、葵くんて青色が好きじゃない?調べてみたの」

ヒカリはまた葵くんのことか、と苦笑いした。

「青色はね、知的、冷静、几帳面、何て感じに超かっこいいよね。大人のできる男って感じ。うちのクラスのバカな男子とは大違いだよね」

「そ、そうだね」

「でもね、孤独なんていう意味もあったの。きっと葵くんは、クールに装っているけど、本当は誰かに寄り添って欲しいに決まっているわ!」


ユキが、目を輝かせ妄想に浸っている。

きっと今頃はお花畑で葵くんと寄り添って、

花冠でも作っているに違いない。

全く幸せな奴め。


「だからね、ヒカリ。もし寂しかったりしたら………」




「ねぇ、ちょっとあんた!」


ずかずかと大きな足音を立てて、

藍染めに近寄る。

もう彼女には分かっていた。

ヒカリが今、どんな状態なのか。


「あんた!ヒカリに何したのよ!」

「何の事かしら?」


藍染はどこ吹く風、と言った様子だ。

余裕の表情……それがユキに火を付けた。


「いいから言いなさいよ!ヒカリに何したのよ!」

「だから、さっき言った通りよ。何をそんなに興奮しているの?」


このままじゃダメだ。

何か、何か良い手が…

辺りを見渡すと、絵画が目に入った。


「うっさいわね!」


壁に駆け寄り、手近な絵画を持ち上げる。

額縁が、以外に重く、たたらを踏む。

藍染は血相を変えた。

さっきよりも血色が悪い、青白い顔をしている。


「ちょっと!何してんのよ!あなた自分のしていることが分かっているの?」

「こうでもしないと言いそうにないからそうしているのよ!あの子が……ヒカリがあのサインを出すってことは私に助けを求めているってことなのよ!」

「はぁ?何を言っているの?彼女はここにいないって!」


しらを切るつもりのようだ。

徐々に自分の顔が上気していくのがわかる。

私はもう怒った。堪忍袋の尾が切れた。

ユキは持っていた絵画をゆっくりと持ち上げ、

そのまま思いっきり床に叩き付けた。

「バーン」という大きな音がして、

額縁の破片が床に転がった。


「何してんのよ!!!」


藍染が慌てて、絵画に駆け寄る。

しかし、次に信じられない出来事が、目の前で起きた。

絵画の下からげっそりとした青年が這い出てきたのだ。

最初は顔、首、肩…と少しずつ、

まるで出産の様に這い出てきた。

出てきた青年は、辺りを見渡し、

藍染と目が合うと悲鳴を上げて個展から出ていった。


何が起こったかさっぱり分からなかった。


でも、私は直感的に理解した。

ヒカリもあの青年と同じ様に、

絵画の中に閉じ込められている。と。

ヒカリによく似た絵画を持ち上げようとすると、

藍染がその容姿からは、

信じられないような怒声を上げた。


「おい、クソガキ!!調子に乗ってんじゃあないわよ」


口をあんぐりと開けて、唖然とした。

綺麗なバラには棘があるっていうのは本当だったんだわ。

あの容姿端麗な藍染からは、

およそ想像できない罵詈雑言が飛び出した。

彼女は、眉間に皺を寄せ、鬼の形相をしている。


「はよ下ろせやボケ!人様の作品に何手ぇ触れてんだ。どうせトイレに行っても洗ってない様な、汚れた手なんだろ?ほら、さっさと下ろして手を百回アルコール消毒して来やがれ!」


半狂乱で罵声を浴びせる彼女を無視して、

私は絵画を床に叩き付けた。

「バンッ」と大きな音がして、

絵画の下から目に涙を零れそうな程浮かべた

ヒカリが現れた。


「ヒカリ!!」

「ユキ!!!」


私たちは、お互いの存在を確認し合うように、

ひしと抱き合った。




「気づいてくれたんだねユキ!」

「うん。なんだかヒカリに呼ばれた気がしてね。よく絵画を見てみたの。そしたら、今日発売の葵くんのハンドタオルを腕につけててさ、何年もかけた作った作品に今日発売の商品が入ってるわけないじゃない?それで、この人は何かまだ隠してると思って脅してやったの」


ユキが少し自慢げに言う。


「そしたらびっくり。絵から人が出てくるんだもの。思わず漏らしそうになったわ」

「ちょっとユキ。汚い」

「ごめんごめん。あと、青色の意味。あれのお陰もあったかな?」

「助けて欲しかったら、青色の物を身につけなさい。そしたら私がヒカリを白馬の王子様のように助けてくれるんだよね?」


ユキは恥ずかしそうに頬を赤らめて、頷いた。


そして、二人は互いの顔を見合わせた笑いあった。

彼女達がいる場所だけ、

陽の光をたっぷり浴びたように、

温かな雰囲気に包まれていた。

だが、まだ終わってはいない。


「覚悟しなさい。これは立派な監禁罪ってやつよ」


振り向くと、藍染は既にそこにはいなかった。




「あれ?どこにいったんだろう…」

「あの女のことよ。きっとまだ何か企んでるわ」


ヒカリとユキは身を寄せ合い、辺りに注意を払う。


「最悪だわ、本当に…でも、まぁいいわ」


中央の柱の陰から藍染が現れた。

藍染は柱に寄りかかって、溜息混じりに言った。


「そんなことしたところで無駄なのよ?見てみなさいよ、その子の体を…何かあるでしょ?」

「何言ってんのよ!気をそらそうたって、その手には乗らないんだからね!」


ユキが、藍染に食ってかかる。

しかし、藍染は余裕の笑みを浮かべ、

好きにしたらいいわと言った。

二人は不承不承、ヒカリの体を眺めた。


「な…何これ…鎖?」


二人は驚いて声も出なかった。

ヒカリの背中からは、赤い錆がこびりついた、

毒蛇の様な鎖が伸びていた。

鎖の先には、

先ほど地面に叩きつけた絵画に繋がっており、

ヒカリもユキも戦慄を覚えた。

そんな二人の表情の変化に気づいた藍染は、

高らかに笑った。


「アハハハハハハ!!」

「何がおかしいのよ!!」


肩を落としたまま、微動だにしないヒカリの横で、

ユキは顔を真っ赤にさせて叫んだ。

その時だった。


「やめろぉぉぉ!!!」


先ほどユキが絵画から出した男が、

鎖に牽引され、無残にも引き摺られながら、

個展に戻ってきた。

藍染は男を愛おしそうな目で見ながらこう言った。


「この鎖はね、絵画に入った人間の魂と肉体を結ぶ物なのよ。絵画の世界に踏み入れた瞬間に、魂は絵画に固定されてしまうの。だからね、どんなに肉体が抗ったところで意味なんてないのよ。最終的には、あっちの世界に戻されちゃうの」


ヒカリは、目の前が真っ暗になる様な思いだった。

ユキは鎖を掴み、引っ張って千切ろうとした。

そんなユキを見て、藍染はまた笑った。

ユキが殺意を込めて睨むと、藍染は笑いを堪えた。

視界の端では男が水に溺れる様にもがきながら、

絵画の世界へ引きずり込まれていく光景が目に入った


「まるで蟻地獄の様ね」


藍染がそう言ったが、誰も聞いていない。


「それさぁ〜、切っちゃったらその子死んじゃうわよ?肉体的な意味じゃなくて、精神的な意味でね。廃人になっちゃうわ。だって魂は絵画に残るのよ?そんなの空のペットボトルと一緒じゃない…ゴミよ、ゴミ」


依然、鎖を千切ろうとしていたユキに向かって、

藍染は言った。

ユキは鎖を置いて、沸々と湧く怒りに身を任せた。

気づくとユキは、藍染の胸ぐらを掴み、

声を荒げていた。


「ヒカリを解放しなさい!!あんたならできるんでしょ?やりなさいよ!このサイコ女!!」


悲鳴に近い、怒声だった。

藍染は掴む手を払い、スーツの皺を伸ばした。


「そうね、私ならできるわ。でも、出すわけないでしょ?あなた、相当なお馬鹿さんなのね」

「馬鹿でも何でもいいからヒカリを離して!!」


ヒカリが少しずつ、絵画へと引き摺られていく。

その度に、ユキに不安と恐怖が深々と積もっていく。


「ヒカリ…」


肩を落とし、口を閉ざしていたヒカリが弱々しく囁いた。


「私は大丈夫だから…」

「何が大丈夫なのよ!絶対助けるから待ってて!」


そう言うユキの目には、涙が溢れていた。

またヒカリが数センチ、絵画へと近付いた。


「ヒカリ…」


地面に膝から崩れ落ちたユキの肩に、

藍染が手を掛けた。


「ねぇ…取り引きしましょうか?あなたが絵画に入ってくれたら、あの子は解放するわ」


その言葉に、ユキが反応した。


「私が入ったら…ヒカリは自由になれるのね…」

「そうよ。あの子はもう苦しまなくて済むわ」


ヒカリの右足が、絵画に飲み込まれた。

バランスを崩したヒカリは、その場に倒れた。

倒れた拍子に、

側に置いてあったユキの荷物が散乱した。

藍染はもう一度聞いた。


「で、どうする?」


ややあって、ユキは答えた。


「いいわ…私を入れて!!」


藍染はニッと笑い、ユキの肩を掴んだ。


「待って!」


ヒカリ腕をつき、上半身を起こした。


「ユキ…ユキがそんなことする必要ないよ。私は本当に大丈夫だから」

「でも…でも!!」


藍染がユキの耳元で静かに囁いた。


「あの子、きっと無理してるわ。本当は助けてほしいのよ。そうじゃなきゃ、きっとあなたの事恨むわ…」


ユキは決心した。


「お願い、ヒカリを自由にして!私はどうなってもいいから」


その時、藍染が後ろに大きく仰け反った。

ヒカリが絵画から抜け出したのだ。


「ヒカリ!」

「ごめんねユキ、心配掛けて。でも、案外楽勝だったわ」


ヒカリは服の皺を伸ばし、腰に手を当てた。


「やい、藍染!お前の鎖だか何だか知らないけど、私にはそんなの効かないよーだ。友情パワーで揉み消してやったわ」


藍染は殴られた方の頬を抑えて唖然としていた。


「ど、どうして…どうやって?」

「簡単なことよ。あなたの絵から私を消したのよ。この絵から居なくなれば、私がここに縛られる理由も根拠もないでしょ?」

「そんな事…出来るはずが…」

「出来るわ、これで」


ヒカリの手には、サインペンが握られていた。


「あ、それ私の!!」

「ユキなら持ってると思って借りちゃった。確か…今日はカラプリのイベントもあって、声優さんのサイン会もやるんだよね?だから持ってると思ったの」


右足を引き込まれて倒れた時、

ヒカリはユキのバックに手を伸ばしていた。

そしてサインペンを抜き取っていた。


「やるじゃんヒカリ!」

「まーね」


二人は顔を見合わせて、微笑んだ。


ヒカリが閉じ込められていた絵は、

ヒカリの死体だけが黒く塗りつぶされ、

ただの陰鬱な風景画と化していた。




「ふざけ…ふざけないでよ」


藍染の顔は、一気に老け込み、

一瞬老婆のようにすら見えた。

そして彼女の手には、

鋭利に光る包丁が握られていた。


「私の作品をよくもぶっ壊してくれたわね。あんたたちだけは決して許さないわ…私、人間で三枚おろししてみたかったの…あんたたちで試させてもらうわ…」


ユキが一歩前に出て、声を張った。


「許さない?それはこっちの台詞よ!あんたにはそれ相応の罰が必要だわ」

「罰?この私に?」


彼女は大口を開けてゲラゲラ笑った。

口が裂けるんじゃないかと思うくらい

大きな口を開けて。


「何が可笑しいのよ」

「私は死の美しさを表現するために、彼女たちに協力してもらっただけよ?別に、監禁していたわけでもないし、傷を付けたわけでもないわ」

「嘘よ!あなたは私を…無理矢理閉じ込めた!あの絵の中に!そして何度も殺した!もし、法律があなたを裁かないのなら…今ここで、私達が裁いてやる!」


再びゲラゲラと笑った。


「罰が必要なのはあなたたち。死をそんなチンケな友情で貶して、汚して、許されるとでも思っているの??私がこれを創り上げるのに、どれ程苦労したかしらないくせに!!!」


「いい?あんたらみたいな軟弱な餓鬼にはわからない様な血の滲む様な努力をしたのよ…嫌というくらい描かされたわ。描かなきゃ、ご飯も、お風呂も、お洋服も、何も与えてもらえなかったわ。でもね、今の私は真の題材を見つけたのよ!幾ら描いても苦じゃないわ!それを、それを侮辱する奴は許さない!!」


藍染は躊躇うことなくナイフを両手で前に突き出し、

奇声を上げながらこっちに向かってくる。

童話に出てきた山姥のような、

鬼の形相で髪を逆立てている。

ユキがヒカリを護るように両手を広げ、

前に立ち塞がった。


「ユキ!危ないっ!」

「このくらいの埋め合わせ……させてよね」


ユキは申し訳なさそうに、

眉尻を下げて弱々しく微笑んだ。


こんなの、こんなの埋め合わせでも何でもない。

ユキがこんなことする必要ない。

やめて…やめて!!!!


ユキと藍染が重なりそうになった時、

弾丸の様なスピードで、

ロングスカートを履いた女性が飛び蹴りをかました。

藍染は木の葉が舞い上がるように、

ふわりと浮かび上がり地面へと伏せた。


「お母さん!」


藍染と入れ替わるように、

私たちの前に現れたのはヒカリの母だった。

その堂々たる出で立ちは、

まるで自由の女神の様だった。


「あらあら、二人とも大丈夫?」


母がいつものように、

口許に手を添えてたおやかに微笑んだ。

上品で、影りのない笑い。

まさか、この顔からあんな力強い飛び蹴りが出るとは

…娘の私も知らなかった。


「ど、どうしてお母さんここに居るの?」

「たまにはお父さんとデートしたいと思ってね。駄々をこねて連れてきてもらったの。ねっ、お父さん」

「………う、うむ」


いつの間にか、入口の傍で両手に収まりきらない程買い物袋を抱えて、ふらふらしている父が居た。

「うむ」がいつもより苦しそうに聞こえた。


「それで、たまたまここを通ったら怒鳴り声が聞こえて…お母さん久し振りにやっちゃった」


綺麗な朱色の舌を口の隙間から覗かせ、

照れくさそうに言った。


「やっちゃったって、ヒカリのお母さん格闘技とかやってたの?」

「うん、若いころちょっとだけね。結構強かったのよお母さん。ねーお父さん」

「………あぁ。痛かった」


お父さんが珍しく、悲しそうな顔を覗かせた。

一体、お母さんと過去に何があったのだろう。


「私のことよりも、あなたたちに何があったか話してもらえる?この地面に這いつくばっているお方と」


ヒカリとユキは、全て正直に話した。

藍染によって絵に閉じ込められ、何度も死んだこと。

絵を投げたら、人が出てきたこと。

初めは信じられないと、口々に言っていた父と母だったが、ユキが絵を地面に投げてみせると二人はあっさり信じてくれた。


その後、私たちは絵画を片っ端から投げつけ、

中に入っていた人を全て出した。

中にはまだ精神的に不安定で、現実に戻れたことを信じない人も居たが、とりあえず肉体的に問題がある人はいなかったので、一安心だ。

藍染はどうなったかというと、

あの後、お母さんに絵画に閉じ込められていた。

少し残酷だと思ったが、「あの人には反省が必要ね」という母の言葉には説得力があり、誰も止めようとはしなかった。

ちなみに、彼女が入った絵の題名は


『孤独死』


だった……


藍染の事件は集団催眠だ、

なんて一時期騒がれたけど、

今じゃあ跡形もないくらい静まり返っている。


後日談、というには余りに日が経過しているけれど…

あの日以来、私は葵くんの事が好きになった。

何せ、私の命の恩人たちの中の重要な一人だからだ。

学校では、休み時間中、

ユキとカラプリの話ばかりしている。

今ならあの電車に乗っていたグッズをじゃらじゃら付けたカラプリファンの気持ちが理解できる気がした。


ユキはと言うと、うちに来ることが多くなった。

目当ては何とうちのお母さん。

あの日以来、お母さんのファンになったんだそうだ。

将来はお母さんのような、強くて、

美しい女性になるんだと意気込んでいた。

お母さんは「困ったわ」何て言うけれど、

最近少し高めの化粧品を買った。

美には地道な努力が必要ということだ。



私たちは普通の人にはできない体験をした。

散々、苦しかったり、痛かったり、

不安を感じたりしたけれど

これから大人になるに連れて、

もっと沢山の苦労を経験するだろう。

受験をしたり、恋をしたり、

就職したり、出産したり、

まだまだ先は長い。


でも、私たちは生きていく、

生きて、乗り越えて行くんだ。

その先には何が待っているかは今は分からないけれど

きっと楽しい未来が待っている。

それで良いと、私は思っている。



死の事を考えるのは、死ぬ少し前でいいよね?



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