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13時過ぎだった。

電車が大勢の溜息とともに動き出し、

東京駅に向かうことができたのは。

ユキは吊革を片手に、

真っ黒な携帯画面を見つめていた。

画面を見る度に不安がよぎる。

ヒカリはまだ待ってくれているだろうか、

さっきから返信がない。

もしかしたら、

怒って帰ってしまったのかもしれない。

無理に呼び出して、遅刻して、

グッズを買ってくれだなんて

図々しいこと、頼まなければよかった。

自己中心的な人間だと、ユキは自分を蔑んだ。


いつもそうだった。

ヒカリがカラプリに興味がないのは知っていた。

それでも、

好きになって欲しいという思いが先走って、

いつも振り回していた。


「やっぱり…迷惑だよね」


もう一度、携帯を開くが…返信はない。

先程から数分置きにこんなことを繰り返している。

やっぱり帰ってしまったのだろうか。


ヒカリの事を悶々と悩んでいるうちに、

時間が経過していたのだろう。

東京駅のアナウンスが耳に入り、

急いで電車を飛び出し階段を駆け下りていく。


ヒカリは最後に、個展に入ってみる。

と、メッセージには書いてあった。

まずはそこから当たってみよう。

案外、口煩い所で携帯の使用が、

制限されているのかもしれない。

そうだ。きっとそうに違いない。

会ってむちゃくちゃ謝って、

最後にはヒカリの好きなパフェを奢ろう。


ユキは人ごみの中を一心不乱に走った。




目が、醒めた。

醒めてしまった。

赤黒いばってんがあちこちに付いた街の中に一人、

ぽつんと佇んでいた。

そしてヒカリは、

どこに逃げようと自分は死ぬ運命だ。

ということを思い出し、絶望した。

何回絶望しただろう。

もう、彼女からは悲しいだとか、悔しいという、

感情が欠如してしまっている。


「もう…死にたい。苦しい思いをするなら…」


いつからかそう思い始めていた。

その場に座り込み、俯き、膝を抱える。

脚の隙間から覗く地面にも、

赤黒いばってんが描かれていた。


「ここから動かなくても、死ぬんだ…」


彼女は哀しげに笑った。


ヒカリは現実世界の事を考えていた。

お母さんは今頃、何をしているんだろう。

お父さんと一緒に、テレビを観ながら昼食に

パスタでも食べているのかな。

ソースは何だろう。

お父さんの好きなカルボナーラかな?

それともナポリタンかな?

私はナポリタンがいいな…


カイトはどうしてるかな。

今頃、サッカー部の友達とバカ騒ぎしながら

グラウンドの端でブルーシートでも敷いて、

お母さんお手製の弁当を突いているんだろうなぁ。

いいなぁ…私もお母さんのお弁当食べたいな。

あの甘い卵焼きが大好きだった。

鳥の唐揚げは最後まで取って置いたりしたっけ。


ユキはきっと怒っているだろうな。

グッズも、ポスターもここにあるし。

カラプリの話ちゃんと聞いてあげればよかった。

そうすれば私も、

メンバーの中の誰かを好きになって、

ユキと言い争えたかもしれない。

でも、今となっては…もう…


目に、熱いものが込み上げてきた。

鼻の奥がツンとした。

ヒカリは大粒の涙を乾いた地面に零し、泣いていた。


会いたい…

家族に会いたい…

ユキに…会いたい…

みんなに…会いたい…


顔を上げると、信じられない光景が目に入った。

ガラス張りのビルに、ユキの顔が写っていた。


「ユキ!!!」


ビルに写ったユキに向かって、叫んだ。


「私はここにいるよ!絵の中に閉じ込められたの!」


ユキの表情に変化はない。

眉尻を情けなく下げて、

不安げな表情をしたままだ。


「聞こえるはず…ないか」


そんな彼女の傍に、藍染が現れた。

体から血の気が引いていくのが、

ありありと分かった。


「逃げてユキ!そいつから離れて!」


ビルに駆け寄り、ガラスを叩いて必死に叫ぶ。


「早く逃げてユキ!!!」


その時、空気を切り裂く音とともに、

空から鉄骨が降り注いだ。

慌てて地面を見ると、

足元には赤黒いばってんが描かれていた。


大きな音とともに、体に大きな衝撃音が響く。

そんな中でも、ヒカリは叫んだ。ユキを呼んだ。


頭が激しく揺れ、視界が深紅に染まる寸前。

ユキが振り返った気がした…





八重洲口を出ても、ユキは足を止めなかった。

一刻も早くヒカリに会って謝らないと、

その思いが彼女を奮い立たせた。

個展の位置は、既に電車の中で確認済みだったが、

日曜の恐怖が襲い掛かる。


「ちょっと~何でこんなに人が居るのよ」


あっちを見ても、人。

こっちを見ても、人。

地下街は人で溢れかえっていた。

少し足を止めただけで、

彼女の華奢な体に容赦なく人がぶつかってくる。


彼女は、キュッと胸が締め付けられた。

自分はこの中で、ヒカリを待たせたのだと。

そう想うと、胸が罪悪感でいっぱいになる。

だが、そんな場合ではないのだ。

急がないと!


随分と長い時間がかかった気がしたが、

やっとの思いで個展に辿り着いた。

変な体勢で人を避けたりしたので、

体の節々が悲鳴を上げている。

一息入れたい所だが、

彼女は個展へと足を踏み入れた。



第一印象は、

ここはヒカリが長時間居られる

場所だとは思えない、だった。

部屋は真っ黒だし、変な臭いがするし…

変な絵ばかり飾ってある。

しかもそのどれもが死体ときた。

題名も『~死』だったし、

可愛い小動物が好きなヒカリが

こんな所にまだいるとは思えなかった。

趣味が悪いなぁ。


個展の中は長方形のスペースを、

二つに仕切った感じで、

回という字が縦に二つ並んだ構造だった。

真ん中の四角い柱と、

壁に絵画が掛けられているのだが、

そのどこにもヒカリはいなかった。


ヒカリを探していて、ある絵がふと目に止まった。

『横死』と題名のその絵は、街の中で一人。

少女が血塗れで倒れているのだが…

その少女がヒカリっぽいのだ。

服装も、一度は見たことがあるような服装だ。


…気のせいか。

絵画から離れようとしたとき、

後ろに居た人にぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい」


線の細い、美しい顔をした女性だった。

藍色のスーツが彼女を更に引き立て、

上品さを醸し出している。


「いえ、こちらこそすいません」


物腰も柔らかく、

男受けが良さそうだとユキは思った。

きっと世の男性は、

こういう儚げなお嬢様が好きに違いないと。


「この絵、気に入りましたか?」


絵?なぜそんなこと聞くのだろう?

ユキが首を傾げていると、

彼女は察っしたように自己紹介を始めた。


「私は、この個展の主催者の藍染美咲と申します」

「あ、作者さんなんですね」

「はい」


藍染という女性があでやかに微笑んだ。

こんな綺麗な人が、こんな絵を描くのか…

世の中、どんな人がいるかわからないなぁ。


藍染は手で作品を丁寧に示し、

穏やかに流れる小川の様な声で説明を始めた。


「この絵は私の中でも自信作なんです。何年もかけてやっと、私の思ったように表現できた作品で、色、雰囲気、人物、どれをとっても題名に相応しい物になったんです」


私は視線を作品から、藍染へと戻した。


「あの、女の子を探しているんです。私と同じくらいの歳の女の子……先ほど、ここに来ませんでしたか?」


藍染という女性は、顎にほっそりとした手を当て、

考える仕草をした。

きっと今、彼女の中で個展に訪れた人が

走馬灯のように流れているのだろう。

しばらくして、彼女は首を横に振った。


「ごめんなさい、覚えてないわ。今日は特に、人が多くってね。多いって言っても殆ど暇だったんだけれど。それに、ここ入場無料じゃない?もし、来ていたとしても私が見かける前に帰ってしまったのかもしれないわ……力になれなくてごめんなさい…」


藍染さんは、申し訳なさそうに頭を下げた。

なんだか、こっちも申し訳なく思えてくる。


「あ、いえ、いいんです。そうですよね…他を当たってみます」

「……それがいいわ」


でも……何か腑に落ちない。

ヒカリが私に、何も言わずにどこかへいくだろうか。

でも、やっぱりヒカリが

そんなことをするとは思えない。

それに、この絵。

なんだか胸騒ぎがしてならない。


その時、私は藍染さんの手首に、

髪留めゴムが付いているのが見えた。

端麗な彼女には似つかわない、海水浴場や、

土産屋で売っているような

貝殻の付いた安物の髪留めゴムだった。


「あの、その髪留めどうしたんですか?」

「え?これ?」


彼女の表情が一瞬曇った。


「それ、私の友達のなんですよ。どこで拾ったんですか?」

「え、えっと…この個展の中ですけど…」


藍染さんは右手で左手の甲を、

指先でなぞっていた。


「落とし物ってことですよね。でも、可笑しいわ…私だったら落とし物を身に着けるなんてことは絶対にしないわ。だって誰が付けていたか分からないもの。もしかしたら、女装癖のある中年メタボのおっさんかもしれないしね」


彼女の顔が強張っていくのが

手に取るように分かった。

もう後戻りはできない。


「忙しかったから、とりあえず手に付けておいただけよ?」

「今日は暇だったんですよね?じゃあ、落とし物ボックスにでもいれる時間はあったと思いますけど」


「忘れていたのよ。ほら、忘れっぽいのよ私」

「忘れっぽい人でも人に作品を説明するときに、あんなに目の前に手を翳しているのに思い出せないのかしら?」


彼女の顔は苦虫でも噛み潰してしまったかのような、険しい顔になっていく。


「ねぇ、来たんでしょ?ヒカリが」

俯いて、肩を震わせている。

どうする?暴力でも奮う?それとも……

だが彼女の取った行動はユキが

全く予想していなかったものだった。


「そうね……これ以上はもう無理そうだから言うわ。私とヒカリちゃんは親戚なの。それで、彼女はここの個展を見に来たわ」


やっぱり来ていたんだ。

ヒカリはここに来たんだ。


「でも…彼女とても浮かない顔だったわ。何でも、友達が何時間も来ないとか…」


ドキリとした。心臓の鼓動が速くなる。


「私言われたの。もしユキっていう同じ歳くらいの友達が探しに来ても、私が来たことは言わないでって。少し、困らせてやるって言っていたわ」


藍染はユキに向き直り、きっぱりと言った。


「だから、言わなかったの」


やっぱり、ヒカリは怒っていたんだ。

それを私は何を偉そうに探偵気取って、

ヒカリの親戚を攻めたんだ。

私の……バカ。


急に居心地が悪くなった。

藍染と目を合わせるのも躊躇われる。


「すいませんでした…偉そうに物申して…」

「いいのよ。多分まだ、この地下街に居ると思うわ。私も、彼女が戻ってきたらここに留めておくから、探してらっしゃい」

「はい……そうします」


個展をあとにしようとしたとき、

ヒカリの声が聞こえた気がした。

いや、聞こえた!


ユキは踵を返し、声がした方へ駆け寄る。

やっぱり、ヒカリはこの個展のどこかに居る。

居るのよ!

個展の中を探し回る。

そしてまた、あの絵画の前で立ち止まる。


「あ……」


ユキは気が付いた。ヒカリのメッセージに。





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