ゲーム18
前回のあらすじ
なんやかんやあってロミーナの機嫌を崩してしまい、危機を感じた結城優希は、ロミーナの好物であるチョコレートを冷蔵庫に取りに行ったのであった。
目当てのものを冷蔵庫の中を手探りで探し出す。
なにぶん子供の時に買ってもらったものだから小さく中をのぞきみる為には殆ど這いつくばるようにしないといけない。
「あれー? もう切らしちゃってたかな……?」
「優希さん、何を探しているんですか?」
 
ロミーナさんは興味津々といった様子で聞いてくる。
「ん? チョコレート」
「チョコレート!?」
チョコレートという言葉を聞いた途端ロミーナさんの目が輝いた、そんなに好きだったのか……こんなに期待させておいて無いなんてのは可哀想だな……なんとか一つだけでも……おっ! この感触は。
「あった、丁度二枚」
「? これは何ですか?」
しかし、ロミーナさんは先程の目の輝きを少し疑問の色に曇らせた。
「え? 板チョコ知らないの? 」
安心と安全のガーナ産の板チョコミルク158円税込だ。
「板……チョコ?」
どうやら本当に知らないようだ。
「まあひと欠片、ほら」
俺は丁寧に包み紙と銀紙を剥がして出てきたチョコレートを、凹みに沿って四分の一程を折り、差し出す。
「は、はぁ……では、頂きます」
ロミーナさんは髪をかけあげながらその四分の一の欠片のうちの更に半分程を俺の持っているチョコレートから齧って食べた。
こんな光景を見ているとホントにウサギにエサあげてるみたい、なんて事を思わないくも無かった。
「って、うおっ」
いつの間にかロミーナさんに差し出していた俺の手からは持っていたはずのもう半分が消えていた。
「はふっ、はふっ」
ロミーナさんは無言でもう半分を咀嚼しながら目だけは残りの四分の三のチョコレートを狙っていた。
試しに残りのチョコレートを全て剥いて差し出してみる。
するとロミーナさんはそれこそまさにウサギのように先程の塊がまだ食べ終わってもいない内に残りも全て頬張ってきた。
しかし当然板チョコ丸々一枚を人の手から食べるという不安定な作業を零さずに出来るはずもなく、ボロボロと口から一度ロミーナさんの口に入り噛み砕かれたチョコレートの欠片が落ちていく。
「あ〜あ勿体ない、こんなに零しちゃ……!!」
なんて事だ、この拾い集めていたチョコレートの欠片……少し濡れているじゃないか!
先程出したばかりのチョコレートがもう溶け始めているなんて事は有り得ない、つまりこの液体は…………ロミーナさんの唾液!
こ、これは別に、か、間接キッスとかじゃなくて、あの、その……勿体なかっただけだから!
自分に対して必死に弁明しながら、床に落ちたチョコレートからロミーナさんの食べかけのチョコレートへ圧倒的なジョブチェンジを遂げたチョコレートの欠片達を口へ運んでいく。
「あ〜ん、あれ?」
しかし、その欠片達が俺の口に入ってくる事は無かった。
なぜならその欠片達は口に入る直前でロミーナによって全てキャッチされロミーナさんに食べられてしまったのだ。
……まあ、わかってたよ。 人生そんなにうまく行かないことぐらい……。
人生の厳しさに打ちひしがれ渋々自分チョコレートを食べようとした時、こちらに向く鋭い視線に気づく。
「………………」
「………………」
どうやら板チョコが随分お気に召したようで、何かを訴えかける様なジトーっとした目線をこちらに送ってくる。
「何ですか?」
「い、いえ! 別に何でも……何でもないんですが……実は私……今日誕生日なんです……いえ、別に何の関係もないんですけどね?」
……そうまでして欲しいか板チョコ。
まあいい、ロミーナさんの言っていることが嘘か本当がわからない以上、疑う事は失礼に当たるし、他のチョコレートぐらいなら冷蔵庫の中にあるだろうし。
「そうなんだ! じゃあプレゼントとして……ってもう無い!」
「ふぇ? ふぁあ、ふぁりふぁとうほほいまふ」(え? あぁ、ありがとうございます)
ロミーナさんは口一杯に、今度は零さずにチョコレートをとても美味しそうに頬張っている、あんな幸せそうな顔を見れたんだ、チョコレートなんて安いものだ、とそう思うことにした。
ところで、あげるっていう言葉の前にもう全てロミーナさんの口の中にあった気がするのは気のせいだろうか……。
「ひのへいれふ」 (気のせいです)
気のせいらしい。
まあいい、他にも冷蔵庫のなかにチョコレートあっただろうか……おっ、この感触は!
「あったあった」
「それは何ですか?」
食べ切るの早いな……。
「これはキットカット……って言っても分からないか、まあ、中身サクサクのチョコレートだと思ってもらえれば……」
ここまで言ってやっと気付いた、ロミーナさんの目がまた獲物を狙う目になっていることに。
「ロ、ロミーナさん?」
「はい、何でしょうか」
返事こそするものの視線は手元のキットカットにと固定されている。
だが流石にこれまであげる訳には……。
「優希さん……実は今日……総曾祖父が死んでしまって……その、総曾祖父はキットカットが本当に好きだったんです……いえ、別に何かを言いたいとかそんなんじゃなくて……ただ、最後に私に食べさせてくれたキットカットの味が忘れられないで……キットカットを食べたら立ち直れると思うんですけど……」
ロミーナさんはいきなり泣き崩れてしまう、おいおいと泣き崩れ耳はしおらしく落ち込み、本当に悲しみ、落ち込んでいるように見える。
…………目がキットカットを凝視しながらじゃなかったら。
「…………」
てかまず、総曾祖父ってなんだよ!
どんだけ長生きしてたんだよ! しかもそんなに生きててキットカット一つで忘れ去られる総曾祖父ってどんだけ存在感無かったんだよ!
どう考えても十中八九どころか十中十嘘だけど、万が一本当だった時は俺が総曾祖父の後を追わされそうだ……。
そんな危険な賭けは出来ない……クッ……。
「よ、良ければこのキットカット…………ってやっぱりもう無い!」
「んーー、おいしー!」
しかももう食べ終わってるし……。
流石にもうなくなっちゃったかな?
冷蔵庫の中を最後の綱を手繰り寄せる想いで搜索する。
「おおっ、あった!コアラのマーチがあったぞ!」
俺がこの世にあるお菓子で一番好きなお菓子だ、流石にこれは……。
「あの……優希さん……実は今日、唯一無二の親友、コアラノ・マーチ が敵の襲撃によってやられてしまって……」
「へ、へぇー、そ、そうなんだ……」
あげない、絶対にあげないぞ!
話がややこしくなる前に食べちゃわないと!
箱を破って袋を開ける、この一連の動作に淀みはない、何千、何万と繰り返したこの動き…………いや、ごめん正直盛った。
とにかく、あっちの世界にいる時は一日一個ペースで食べていたお菓子の袋をあけ、中に手を入れ……入れ……あれ?
「あれ? 中身が入ってない……」
「きっと、私の親友のコアラノ・マーチが化けて出たんてしまったんでしょう」
「へ、へぇー、じゃあその足元にあるコアラのマーチらしき物は?」
「まぁ、なんてこと! どうやら私の親友は私がコアラのマーチを食べる事を望んでいるようです」
ロミーナさんはまるで演劇の一幕のように大袈裟に演じてみせる。
…………あれ? この世界って人を殴っても法律で罰せられないよね?
だって、俺は何回も殺されてるけどコイツらは全く罰せられてないんだから……。
「コアラのマーチはぁぁぁ……オレのものだァァァァ!!」
俺の好物をそんな下らない嘘で取られてたまるか!
「あーゆうれいにあやつられてー(棒) フッ!」
「へヴァ!?」
ロミーナさんの柔らかそうな拳の拳風に鳩尾を抉られる、実際に当たってなくてこの威力って……。
「グゥ……」
女性のパンチ(当たっていない)で悶絶して立てなくなる男って一体……。
「んー♪ 貴方のチョコレートってなんかおいしー♪」
ロミーナさんは演技を忘れたようにコアラのマーチを頬張る。
「グ……まあ、美味しかったならよか……った……グフ……」
「あ、ごめんなさい、幽霊に操られてしまいまして…………クンクン、冷蔵庫の中からチョコレートの匂いが……」
せめて冷蔵庫の中身が起きた時に全てなくなっていない事を願いながら、何度目かになる闇の中へ意識を落とした。
もっともっと書かなければ
 




