こっからが本番だ
「リーダーねぇ……俺はパス」
真っ先に辞退したのは紫表だった。全員ぶんの管理は自分には向いていない、責任が重いと理由をつけて面倒ごとを真っ先に回避した。あまりにも鮮やかな手口だったので、引き留める暇もなく彼は一戦から退いてしまった。
「美波はどう?」
「やっても良いけど他に適任いないの?」
「僕ではないかな」
あんた自己チューだもんねと、美波は夕凪の額を小突いた。何をするんだと歯向かう夕凪だが、自己チューに関しては否定しないらしい。むしろ、断る口実に使おうとしている面もある。
その理由で不適切なら自分もパスだと神道も班長の立場を放り捨てた。別に気遣いができない訳ではないが、そういう意味ならもっと合っているやつがいる、とのことだ。
白羽の矢が立ったのは高木だった。いきなり自分が話題の中心になったため、目を見開いて驚いてみせる。
「いや、できなくはないと思うけど」
「よし。じゃあそっち二人もそれで良いか?」
高木が班長でも構わないかと尋ねられ、氷室と楓は頷いた。神道が向いているというなら彼はきっと向いているのだろう。氷室はというと、自分には全員に気を配るなんてできやしないと首を左右に振っている。確かにあんまり馴れ合いを好まないところが氷室にはあるなと楓は思いだし、ちょっと前の自分の考えを全否定した。
美波も、やらなくて構わないなら自分も彼に任せようと一任する。こうして、この七人の班のリーダーは高木になった。
「じゃあ、よろしくな。しばらくは競技の方で役に立てないと思うから生活面をサポートするよ」
Bランクまで上がったあかつきには、必ず競技の方でも力になると彼は言う。長い道のりだなぁと、皆が今の彼の言葉を冷やかす。新入生はFランクスタートなので、まだまだ道のりは険しい。
談笑しながら歩いていると、いつしか巨大な施設にたどり着いていた。向こう側の端が遠すぎて見えないほどである。地図を見てみると、この施設が学園を収容している島の大部分を占めていた。こここそが、例のケイドロの舞台だとは予備知識ゼロの楓にもすぐに分かった。
それにしてもこんなに大袈裟な舞台を用意するのかと楓は呆れ返って物も言えない。たかだかケイドロだよな? と誰かに問いただしたいけれども、その誰かはいない。皆真剣な表情で教官の顔色を窺っている。
「これから、ケイドロの訓練を開始する。それにあたっていくつかの説明がある。まずはランクについてだ」
班の構成員によっては著しく戦力や実力が異なっている。そのため、トップと下位で訓練をしたところでお互い訓練としての成果が得られない。そのため、実力によってランク分けをすることによって訓練となるようにしている。
そして実力が未だ知れない新入生は一番したのFランクからのスタートとなる。
「勝利条件を達成した時間が短かったり、連勝回数が多いほどポイントを多く獲得できる。泥棒だと捕縛人数が少ない方がヤバい高得点になる。そして、ある一定のポイントがたまれば全てのポイントがリセットされて一つ上のランクに上がる」
逆に敗北した場合は所有ポイントの四分の一が没収される。だが、階級が上がるごとにポイントがリセットされる仕組みなので、一度階級が上がればもう落ちることはない。心置きなく周りの厳しい環境に少しずつ慣れていくこともできる。
FからEにあがるために必要な得点は100ポイントを、警察と泥棒両側で稼ぐこと。勝利の基本報酬が100ポイントなので、どちらにせよ一回の勝利で規定の条件を満たす。
「今日のトレーニングも得点の判定がある。だから今日、警察と泥棒両方で勝利をおさめたチームは明日から即Eランクにあがることも可能だ」
教官のその言葉に、各生徒の顔つきが一様に変わった。先程までは前途洋々と楽しげな期待を滲ませていて、簡単に表現するとふわふわしていた一団だったが、急にその空気が張り詰められる。顔つきは誰もが厳しいものになり、勝ちたいという想いが滲んでいる。
それもそうだ。成績に直結する以上に生徒たちの評価もランクによって変わってくる。Cでかなり優秀、Bだと並外れたチーム、Aだともはや神格化されている。
Dが最も人数が多くて、凡という扱いであり、新入生以外でEは落ちこぼれ、Fに関しては完全に新入生専用だ。
「よし、それじゃFランクにおけるルールを教えるぞ。警察の勝利条件は泥棒七人を捕まえること」
彼はポケットから鉄製の輪っかを取り出した。二つの輪が鎖で連結されているそれは、どこからどう見ても手錠だった。日の光を受けて銀色に瞬いている。
これをはめられた生徒は逮捕された扱いとなり、その試合ではゲームオーバーとなる。普通のケイドロにはある脱獄のシステムはFランクには許可されていないと教官は述べた。
「泥棒は三十分間逃げ切ればゲームクリアとなる。一人でも生き残っていたら勝利だ」
手錠をはめられないように抵抗をしても構わない。実践を模した訓練なのだから、犯人が抵抗するのも当たり前だ。だからこそ武闘派チームも存在するという訳だ。
「警察向きのチーム、泥棒が得意なチーム、両方こなせる班など、こればかりは蓋を開けないと分からん。多くの班が今日中にEランクへと昇格し、しっかりと訓練に励めるよう健闘を祈る」
教官が説明を終えた頃に、まるでタイミングを図っていたかのように施設の中から係員が飛び出てきた。手には大きなポスターのようなものを丸めている。後ろからもう一人の職員が車輪つきの大きなボードを運んできた。その板に、ポスターを張り付ける。
「ここまでの移動の間に対戦表を作らせた。エリアも指定してあるからさっさと競技場へと向かえ」
教官の指示に従い、生徒諸君は自らの対戦相手を確認しようと、こぞってパネルの元へと集合した。楓や高木たちも、もちろんその一員である。
ふと、混雑している前の方から隙間を縫って夕凪の姿が現れる。小柄だからか小回りが効くのだろう。もう自分達の番号は確認してきたと、仲間の六人に告げた。
「砂漠エリアで特異点型のチームと対戦……なんだけど、Fランクじゃ特異点の力は使えないから並のチームとの戦いになるかな」
最初は警察側だと、最後に付け加える。ゴールが見えている分泥棒よりも楽かもねと美波が相槌を入れる。行こうぜキャプテン、そう言って紫表と神道が両側から高木の肩を叩いた。
「そうだな、こっからが本番だ」
気ぃ引き締めていくぞ!
高木の声が響き渡る。地味な少年かと思えば、声だしでの鼓舞は中々様になっているなと楓は彼のことを見直した。神道の目は間違っていなかったということらしい。
「おう!」
七人の、声が重なる。まずは一勝。それを目指して彼らは揃ってゲートを潜る。こっからが本番、高木の言葉が楓の胸の中で何度も反芻される。そうだ、ここから学園生活が始まるのだ。期待と不安で心臓が大きく高鳴る。だがーーーー。
皆とならやっていける。力強い目線と共に楓は仲間たちの背中を追った。
説明回終わりました。
次からが本番です。
実際はもっとルールが複雑なのですが、最初から設定出しすぎると覚えにくいので小出しにしていきます。
C.Dランクあたりからが本番ですので、よろしくお願いいたします。