再来
「あー……平和でいいわねぇ……」
博麗神社。幻想郷にはられた、博麗大結界を守る巫女、博麗霊夢がいる。
「平和ぁ……」
「あらあら。本当に何もないとこうなっちゃうのね」
「あんたも暇でいいじゃない。紫」
後ろから現れた紫という人物に声をかける。
紫……そう。幻想郷最強の妖怪――八雲紫に。
「まあね。平和だもの。その割には気にかかることもあるけど」
「気にかかる……?」
「幽々子のことよ」
紫が口にしたのは、そう。紫の親友、西行寺幽々子のこと。最初の春雪異変が終わったあとも思いつめたように西行妖を見つめていた彼女を心配していた。
「……ああ、前に異変起こした亡霊……?」
「……ええ。まあそんなところよ。あの子はあの桜を咲かせたい……まだそんなこと思ってるのよ。幽々子は……」
「………………」
口を閉ざす霊夢。霊夢も妖夢を通してか幽々子の様子を聞いていたのであろう。
「でも、いくらなんでもわかってるでしょ。また異変を起こせば私にやられることくらい……」
「……こだわっても意味が無いのに……」
「どういう事よ……」
霊夢に聞き返され、数分の間黙り込む紫。
そこへ……襖の開く音が水を差す。開け放たれた居間には、春とは思えぬ寒気が流れ込む。そして、入口には、モノクロカラーを貴重とした見た目からして魔女である風貌の少女がたっていて、その手には青と白のワンピース、そして、水色の髪、氷の羽を持った少女がぶら下がっていた。
「なあ、霊夢。これは……どういうことだぜ……?」
男口調のような喋り方で霊夢に話しかける。
「いらっしゃい。魔理沙。寒いから閉めて」
言われるがままに――白黒の魔法使い・霧雨魔理沙は、用済みになった氷の羽を持った少女を逃がし、ふすまを閉め、帽子を取りこたつの中に潜る。
「紫さんがいるってことは……あの亡霊だな?」
霊夢は「知らないわよ」と言ったふうに顔をそむけるが、そのとなりで隙間から上半身だけ乗り出している八雲紫は、「そうよ」と淡々とした様子で話す。
「でも今回はあの子単独ではない……」
「どういうことだ…?」
「魂魄妖夢……覚えているかしら?」
ああ、と魔理沙は一回目で自分が戦って勝った半人半霊の庭師のことを思い出す。
「でも、それがどうかしたのか?」
「今回は彼女の祖父・魂魄妖忌が参戦するわ。剣はかなりの腕前。庭師さんに剣を教えたのも祖父である彼。油断すれば負けてしまうわ」
それから……と、紫は話を続けようとする。
「不思議なことに月の外交官リーダーである綿月姉妹が参加するの」
「誰だそれ……?」
「そんな話聞いてないわよ?」
霊夢も話に混ざる。
「……あら。さっきそこの隙間妖怪が言ったじゃない。''月の外交官リーダーも参戦する''と。聞いていなかったのかしら?博麗の巫女」
外から唐突に声がする。魔理沙が、ふすまを開けると、目の前の木に、二人の女性が立っていた。
――そう。月の外交官・綿月姉妹。
姉の豊姫は、楽しそうに微笑み、妹の依姫は、依然として凛々しく立ち尽くす。
「お前たちが……」
「祇お……」
「まあ、待ちなさい。依姫」
刀をぬこうとする依姫を静止する豊姫。
「ですが、お姉さま……」
「なるほど……栗毛のねーちゃんが、お姉さんで、ピンク色が妹だな?」
豊姫はクスクスと笑う。
「まあ、見た目なのでしょうがないでしょう。初めまして……月の外交官リーダー綿月豊姫と申します」
「同じく月の外交官、綿月依姫です」
二人は挨拶する。だが、地上に降りるつもりはないようだ……
「挨拶するのに随分と高いところからなのね……」
「あらごめんなさいね……汚れた地上に足をつけたくないの……」
「どんないいわけよ……」
あきれ顔を見せる霊夢を見てクスクスと笑い出す豊姫。
「なに?」
「いいえ……まあ、今回は東方の主人公でもある貴女と、そちらの魔法使いさんのお顔を拝見したかっただけよ……それでは……」
二人は闇に紛れるように消える。二人が登場したあたりから煌々と照らしていた満月は少し輝きをなくしあたりは暗くなる。
「……二人の能力は分からない……ただ3人を除いてはね……」
紫の言葉に疑問を持ち、先程まで綿月姉妹に向けられていたのんびりとした視線を紫に向ける。紫はため息混じりに
「永遠亭に住む、蓬莱山輝夜、八意永琳、鈴仙・優曇華院・イナバ……この三人ならあの二人のことを……」
「やはり、来ていたのね……綿月姉妹が……」
突然の声に反応するかのように再び月が煌々と輝き始めある人物を照らす。ストレートに伸ばした黒髪と、漆黒の瞳を持ち、かつてある話ではその美貌で人々を惑わせ虜にした人物……
「……あら……出てこないと思っていたのに……蓬莱山輝夜……」
紫が人物の名前を口にする。絶対と言っていいほど永遠亭から出てこない言わばニートでありながらもれっきとした月の姫。かぐや姫の東方バージョンと言えるべき人物であろう。蓬莱山輝夜……。彼女が霊夢立ちの目の前にたっていた。そして、そのとなりには、銀髮を編み込み、弓矢を携えた薬師とも言えぬ風貌で、八意永琳が立っていた。
「……少し冷え込んできます……やはりこれは……」
永琳の言葉に霊夢は
「''春雪異変''の……再来……」
その言葉に呼応するかのように雪が降り始める。
――霊夢の言葉通りかつて西行寺幽々子が起こした異変が再び始まる。桜を咲かせたい彼女の願いによって……しかしそこから……
――悪魔たちが描いた喜劇が始まる。