愛ちゃん
5
長い時間、長い日々、私は兵士たちと共に訓練をさせられた。いつになったら、戦場に出させてもらえるのかと、イライラし始めてきた頃。
長期化した戦争は、兵士の枯渇という事態に辿り着いていた。本国から兵士を送ってくることが難しくなり、一般人も戦争に参加しなければならなくなったと。噂話が好きな一人の兵士から聞いた。
そして、あちら側の国もほとんど同じような状況だと。
私は歓喜しそうになった。もうすぐ私も戦えると。わざわざ探しに行かなくても、自分の知り合いが戦場に現れると。後は、私が見つけてあげるだけでいい。
すぐに、私は戦場へと駆り出された。私は、興奮していた。ついにここに立ったのだと。恐怖はほとんどなかった。そして、すぐに一人、人を殺した。よーこを殺した。
興奮は、それですぐに冷めてしまった。ひどく空しかった。こんなものなのかと、驚いた。
そんな風に、私はすぐに、戦争に慣れていった。
始めて戦場に出て、数日。私はついに、愛ちゃんに出会った。
「智恵!」
愛ちゃんは、いきなりそう叫んだ。ここが戦場だということを知らないのかと疑う。
「愛ちゃん」
私も、名前を呼び返す。泣きそうな笑顔になった愛ちゃんは、私に向かって駆けてくる。
けど、私は、それを許すわけには行かない。私は、私が殺されないために、私のせいで死んだ稔くんの二の舞にならないために、知り合い全てを、目の前に敵として立つすべての人を殺さなければならない。
愛に向けて、銃を構える。喉を鳴らし、立ち止る愛。
「なに? どうしたの?」
なにも、どうしたもないのだ。私は、これ以上ない敵対の姿勢を見せている。
「なんで、私に銃を向けるの?」
私は、その問いに答えない。私が向けるこの銃が、その答えを明確に語っているから。
「ねぇ、なんでどうして?」
それでも問いを続ける愛。私はイライラしてくる。
そうだ、愛の話なんて聞かなくていい筈じゃない。私はこれから愛を殺すのだから。私は、狙いを定める。苦しまないように、心臓を一発で終わらせてあげる。
「なんでなのよ! 家族はみんなバラバラにされちゃうし。稔くんは戦争に行くって勝手に出て行って、帰ってこないし。智恵はおかしくなっちゃうし! 私が何か悪いことしたの!?」
私の手が止まる。愛は彼のことを知らないのか。私には伝えてあげる義務があるんじゃないのか。そんな、本当はどうでもいいと捨て去らなければならない感情が、私の心の中に広がる。
そして、そのまま、口を動かしてしまった。
「稔くんのことは知ってる」
「え?」
愛の目が真摯にこちらに想いを訴えてくる。教えてほしいと。
「彼は……」
私は何を言いたいのか。私を助けようとして殺されたというのか?いや、そんなことじゃ、私がこれから愛にしようとしていることと釣り合わない。だから―――
「彼は、私が殺したの」
今度こそ、本当の意味で愛は止まった。その言葉の意味がわからないと、愛は全身で語る。私は、その言葉を全身で受け止める。
「どうして?」
声が震えている。愛はその問いに、なんて答えて欲しいのだろう。私にはわからない。
「敵だったから」
端的に答える。それが解答。敵だから倒す。それが真実。
「そんなの、悲しいよ」
「悲しくないよ。今から私が愛も殺してあげるから」
笑顔で言った、つもりだ。出来ただろうか? 愛の瞳から涙が流れる。それを見ながら、私は改めて銃に力を込める。
「私は智恵を許さない!」
震える声で、愛は叫んだ。その力強い言葉に私の心は揺れる。どんなことだって大丈夫だと思っていた筈の心が揺れる。
「恨んでやる。死んでもずっと恨んでやる。絶対に私は許さない」
決意が乱れる。
「稔くんの分も私があなたを怨むから。一生私のせいで悩まされればいい。苦しんで死ねばいい」
愛の口から憎悪の言葉が漏れる。私は戸惑う。その言葉が怖いのではなく、自分の行為が怖かった。抑えきっていたものが、決壊しそうだった。
けど、もう後戻りはできない。後戻りするためには私は、行きすぎた。たくさんの人を殺し過ぎた。
愛の言ったような憎悪を、私は殺したたくさんの人から既にもらっているはずだ。ただ、話しなんてしなかっただけ、言葉なんて聞いていなかっただけ。
ダメだ、ダメだ、折れちゃ駄目。
ここで折れたら、ダメだ。
私が私を保てなくなる。
できる、ヤれる。
殺れるんだ!
自分で、自分に暗示をかける。
そして、私を惑わす呪詛を吐き続ける敵を排除した。
―――パン―――
すっと、胸の淀みが解かれた。私は、心を縛り直す。重い音を立てて倒れた敵を一瞥する。ただそれだけ、それ以上何も考えない。
私は、そのまま戦場を駆ける。




