稔くん
3
私が、嫌な予感を抱いた数ヵ月後。予感は現実になった。
なんで、どうして、そうなったのかはわからない。
理由なんてどうでもよかった。ただ、そうなってしまった現実だけが重要だった。
私の住んでいた平和と言う名の国は、二つの大国の争いに巻き込まれて、わたしの暮らす場所を境に真っ二つに国を分断されてしまった。
たまたま隣町に一人で出かけていた私は、いきなり帰る家を失った。無慈悲に、無条件に。
知らぬ間に保護された私は、よくわからない施設で二週間ほどの間、泣き怯えていた。知り合いもほとんどいない。娯楽はない。自分のものも、自分の場所さえもない。孤独で死んでしまいそうだった。
そうやって、ふさぎ込んでいく私に転機が訪れる。
私にあてがわれたプレハブのような簡素な部屋は、無機質で薄暗く粗末なベッドと卓袱台が一つ。たったそれだけだった。小さな窓から差し込む光も無きに等しいほどに暗かった。まるで牢獄だった。
私は、カビ臭い布団に身をうずめていた。
何もしたくなかった。何も考えたくなかった。けれど、考えずにはいられない。
私の家は、家族は、友だちは、恋人はどうなったのか。
問うて答えが出るならよかった。いくら考えたって答えなんてないのだ。最悪という考えだけが頭を支配する。
消えてしまいたい。こんな訳のわからない状況は終わりにしてしまいたい。
布団を強く握りしめる。途端、私は体を震わせた。
すさまじく大きな音がしたのだ。すぐ近く、この施設のどこかで。私は、耳に全神経を傾ける。音と声が入り混じる。戦争という場所に巻き込まれて、始めて聞く確かな戦争の音だった。
叫ぶ声、何か質量のあるものを落としただけのような乾いた破裂音。施設を揺らす振動。何かの焦げたような嫌な匂い。
怖くてたまらないのに、私は外に出ようと思った。何かに誘われているように、体はその光景を見たがっている。
扉を少し開け内側から外を探る。扉のすぐ下には、始めて見る銃があった。
銃の横には、人形のような白い顔。息をのむ。
声をあげたいのに、私は、喉に詰まった息のせいでままならない。赤い身体が見える。遠くで何かの走る音。声。音。声。
いつの間にか震えていた手で、その銃を拾った。ずしりと重かった。大きさと重さが反比例していた。そのギャップで、少しだけ心が落ち着いた。
扉の向こうに飛び出した。
煙が上がっている。その向こうで、二人の人が向き合っている。倒れている人と、それを見降ろす人。何かのやり取りがあった。それが何かは周りの音がうるさくてわからなかった。
酷く乾いた音がした。倒れている人は、そのまま動かなくなった。
見下ろしていた人は、くるりと後ろを向き、私と目があった。男性だった。自分と同じくらいの年齢だと思う。
男は、銃を向けるでもなく、こちらにゆっくりと近づいてくる。私は、反射的に銃を構える。けれど、手はがたがたと震えて、構えているのか、銃でバランスを取っているのかわからない。
「やあ、久しぶり」
男は、知り合いのような口を利く。煙が晴れる。
息をするのを忘れた。彼は、愛ちゃんの彼氏だった。
「君はやっぱりこっちに居たんだね。愛がずっと心配していたよ。さあ、戻ろうよ。大人しく着いてきてくれるなら、さっきの人のようにはしない」
頼もしい人だと思った。愛が彼に惚れるのもよくわかる。こんな状況でそんなことを漠然と考えた。
その直後、彼は、私に向かって身を預けてきた。
え? 何?
疑問符ばかりが頭に浮かぶ。支えきれずに私は倒れ、彼は私の上にのしかかった。
「大丈夫か!」
遠くから走ってくる軍服姿の誰か。彼を蹴り飛ばし、私に手を差し伸べる。そうしてようやく、私は、彼が殺されたのだと気づいたのだ。
無理やり立ち上がらせられた私は、私を助ける為に彼を殺した誰かの手に引っ張られて、施設を抜け出した。
愛ちゃんは、この事実を知れば悲しむだろう。胸のどこかが抉られたように痛かった。
私のせいで殺された稔くん。私があそこにいなければ、彼は殺されなかった。そんなことを、私はいつまでも考えてしまう。




