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ヤれる  作者: 機里
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予感

飛鳥朱恩様のサイト「夢現」に掲載されていた『ヤれる』という詩から構想を膨らませて書いた小説です。

飛鳥様から、許可を得ています。


※残酷な描写を含みますので、その旨ご了承ください。



たとえば、仮に、戦争に巻き込まれてしまったら?


たとえば、仮に、友だちが敵になってしまったら?


私は、私のこの手で誰かを殺めることができるだろうか?


思考の片隅にそんなありえない疑問が、ひっそりと隠れている。













この国は平和だ。ある程度豊かで、ある程度人権も守られ、ある程度幸せでいられる。全てが公平すぎて、何が幸せなのか見えなくなるのが悪いところかもしれない。

 ちなみに私は、とりあえずのところ、この国がいま戦争をしていないから平和なのだと思うことにしている。

 私自身が幸せかどうかは、わからない。ただの平凡な女子高生の私にとっては、そんな世界なのだ。

 劇的な変化を望みつつも、本当にそんなことがあると怯えすくみ上がるくらいの一般人。けど、その劇的な変化ってたとえば何? って聞かれたら、困ってしまう。

 ニュースでキャスターが話している、隣国の戦争の話がなんとなく頭に残ってしまったから、今だったら戦争と答えるかもしれない。

 私が生まれる半世紀以上前には、この国も戦争をしていたらしいと授業で習ってはいるけれど。『戦争があった』その一言で片づけられたものに、私は実感も何も抱けない。

 たくさんの人が死ぬ。他人が他人を殺す世界。怖いよな……と考えるけど、私の感情は思考とは裏腹に空虚だ。体験していないものにリアルを感じられないのだ。

 隣国の戦争。目前に迫ったリアルなのに、ただの他人事。絵空事の世界。私は現実から逃げているのかな? 現実が見えてないのかな? そんな不安が頭をもたげる。


「ねぇ、お母さん」


 私はなんとなく台所で朝ご飯の片づけをしている母に声をかける。


「なに、どうしたの?」

「お母さんは、この国が戦争になったらどうする?」

「急にどうしちゃったの? この国に戦争なんて起こるはずないじゃない。私たちの国には、平和三原則っていうのがあるのよ、学校で習ってるでしょ?」

「そんなの知ってるよ。だから、もしもの話」

「もしも、ねえ。想像も出来ないわ。それより、そろそろ学校に行かなきゃならない時間じゃないの?」

「あ、本当だ。遅れちゃう!」

「行ってらっしゃい」


 慌てて家を飛び出して、いつもより早足で学校に向かう。

 さっきの質問、ちゃんと答えてほしかったな。想像できないのは私も同じ、けど、まだ母が生まれた時には、何か戦争の痕跡くらい残っていたと思うのに。












「おはよ、智恵」


 校門のところで、友だちの愛ちゃんに声をかけられる。


「おはよう、愛ちゃん」

「今朝のニュース見た? 隣の国で戦争なんて怖いよね」

「私も怖い。でも、この国は平和だし大丈夫」

「そうよね。けどさ、もしも戦争に巻き込まれたらどうしようって思っちゃってさ。私たぶん怖くて震えてる間に殺されちゃうと思うな」


 愛ちゃんはそう言いつつも、表情はどこか楽しんでいるような気がする。

 私たち学生は、違う毎日を期待している。毎日が同じくり返しの日常に飽き飽きしている。朝起きて、学校で勉強して、部活して、帰って眠る。ただ、それだけの毎日。

 だから、私たちは、誰かに彼氏ができたってだけでも大事件で、それだけでしばらくは、話題がもってしまう。今日のような日常に非日常の風を送ってくれる話題を待っているのだ。


「私も同じだと思う。本当の戦争ってどんなのかな?」


 と、私は母にした同じ質問をする。


「うーん、わかんない」

「もし、家族同士とか友だち同士で戦わなくちゃならなくなったりとかってするのかな?」

「殺人鬼とかじゃないんだから大丈夫でしょ?」

「そうかな」


 私の中のイメージでは、戦争って殺人鬼なんかよりも質の悪いようなものの気がするんだ。そんな予感がするんだ。


「きっとそうだよ! あ、私本当に戦争になったら、稔くんに助けてもらおう♪」


 稔くんというのは、愛ちゃんの彼だ。稔くんは、サッカー部のエースで腕っ節も強いと評判の男の子だ。


「うん。きっと、彼なら助けてくれる」

「だから私は安心だわ。でもそうなると、智恵は心配。智恵の彼って頼りないじゃない」


 さすがに、ちょっとカチンとくる。愛ちゃんはいつもこんな風に思ったままの言葉を口にする。

 私はさばさばとしている人といる方が楽だから好ましいけれど、愛ちゃんのその性格は周りを敵と味方に明確に分けてしまうものだと本人は気づいていない。

 確かに、私の彼氏の泰輔は頼りない男だ。意気地無しで、ネガティブで、勉強も運動も全然ダメ。こう言ってしまえば、何も良いところのない人物かもしれないが、泰輔には、他の人に負けないところがちゃんとあるのだ。

 それは、夢のために努力を惜しまないところだ。

 どんな状況であろうと、夢のために繋がることなら、決して泰輔は逃げたりしない。

 そんな、脆くカッコいい姿に私は惚れてしまったのだ。


「泰輔には期待していないからご安心を」


 気を取り直して、少し冗談めかして言って、私たちは笑った。











 授業が始まっても、私はぼうっと考え事をしていた。

 朝のニュースが嫌に頭にこびりついてしまっている。何故だろうと考えて、これが嫌な予感ってやつなのかもしれないと思った。という事は、私は本当の本当に戦争が、この国で起きる可能性をどこかで感じていることになる。

 バカバカしくなった。

 私は、私がこんなにも心配性であったことに初めて気が付いた。

 あぁ、泰輔のことばっかりは言えないな。心の中で呟く。

 でも、気になったのだから、最後まで考えてみよう。私はそう、思った。なんとなく、中途半端にはしたくなかったのだ。












 放課後、部活をこなしてから泰輔の家へと向かう。汗まみれの自分が少し気になる。けれど、きっと泰輔は、私のそんな心配など全く気づきもしないこともわかっている。

 基本的に男の子は鈍感だ。そして、どうでもいいと思うところばかりに鋭くなる。本当に困った生き物だと思う。

 夕陽が目に痛い。携帯で泰輔にメールを送る。


『来たよ』

『了解』


 これだけの短いやり取り。

 私たちは、直接会えるところにいる限り、直に会って言葉を交わすことが一番なのだと知っている。二人の中の暗黙の了解というものだ。

 愛ちゃんや、他の女の子たちは、私たちのそっけない内容のメールを覗き見て色々と言ってくるけれど、余計なお世話だ。二人のことは二人で決める。

 泰輔は家の前に出てきてくれていた。

 私の姿を見つけると、少し申し訳なさそうに近づいてきて


「おつかれさま」


 ゆっくりした声で、それがさも大切な言葉であるかのように口にする。


「ありがとう」


 私もつられて、ゆっくりとした口調で声を出す。

 泰輔と一緒にいると、時間の流れが遅くなる。いや、時間をゆっくりと使っているから、逆に早いように感じているかもしれない。どちらとも言えない不思議な時間が二人の間に流れる。

 私たちは、どちらともなく歩き始める。

 泰輔は、私の少し前を歩く。けれど決して、それ以上の距離を空けない。おそらく、横目で私を見てくれているのだ。そんなに気を遣ってくれなくてもいいと思う。だけど、私はそんな気遣いが心地よくて、何も言わずそのままにする。

 一番近くの公園に辿り着く。


「智恵、部活どうだった?」

「いつも通りだよ」

「そっか」


 ふたたび沈黙。泰輔は会話が苦手だ。


「何か変わったこととかは?」


 泰輔は、私に関することばかりを聞いて自分の話をしない。そんなだから、会話が苦手になるんじゃないのかな。


「変わったことはないんだけど。考えてることがあるの」


 私はまだくすぶり続ける疑問を泰輔にもぶつけることにする。


「私、朝隣の国の戦争のニュースを見たんだけど。もしも、この国が戦争になったらどうしようって思って。泰輔ならどうする?」


 泰輔はそれを聞いて、難しい顔をした。たっぷりと時間を使って泰輔は口を開く。


「僕は、戦争が起こるなんて、考えたくない。戦争が起こる、ってことは、誰かが、亡くなる。色々なものが、失われる事だから」


 実際に、自分なりに想像しているのだろうか。泰輔の顔は、今にも泣きそうな程に歪んでいる。

 今すぐ、その顔を笑顔にさせてやりたいと思う気持ちと、初めて見たその表情をまだ見ていたいという思いがせめぎ合う。


「もしも、起こってしまったとしたら、僕には、何も出来ないよ。智恵を、守ることも、自分を、守ることも……」

「うん、わかってるよ」

「誰かを殺す事も、何かを壊すことも……」


 気づけば私は、泰輔を抱きしめていた。苦しい言葉を放つ泰輔が愛しすぎたから。


「ごめん、私変なこと訊いたね。もう考えなくてもいいから。この国は平和の国だから、こんな心配いらないんだから」

「うん」


 苦しそうにそれだけ呟いて、泰輔は私の胸に体を預けた。ただそれだけだ。泣くわけでも、喚くわけでもなく。泰輔はまだ何かを考えているのだろう。

 頭の中を覗いてみたくなって、泰輔の頭を見る。けれど、そこには形のいいつむじが見えるだけで、泰輔の想いは映っていなかった。

 汗の匂い大丈夫かな、それも私は気になった。












 私はその晩、夢を見た。

 泰輔と一緒に居る夢だった。夢の中でも泰輔は苦しんでいた。その顔をもっと見ていようと思った。その苦しみに歪んだ顔が愛しくてたまらない。もっと歪めさせたいとすら思った。

 泰輔は、もしも戦争が起こったら?

 その一言で、私のために、巻き込まれるたくさんの人たちのために顔をゆがめる。

 自分のためにという思考は、おそらく泰輔の中にはないだろう。泰輔は自分の夢を持ちながら、他人を優先してしまう生き物だ。

 私はどれくらいその顔を見ていただろう。ずっと長い間のような、ごく短い間のような。なにせ、夢の中のこと。夢の中での時間感覚なんて、当てにはならない。

 そして、私は決意する。

 泰輔が他人を優先させるなら、私は私を優先させようと。






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