7 ガン見せよ!
「またせたな! 国民たちよ!」
城の先端に立ち、びしっと指差しポーズを決めた私は、数秒待ってからそっと手をおろした。
うむ。何かこう、虚しさが胸に染みるな。
一人で何やってんだろう的な。
……そろそろ自分(のノリについて)を見つめ直す必要があるかもしれんな。
ふっ、まあ良い。
今はそんな事を気にするよりも前に、やることがある。
両手を、前へ。
感覚を遠く、遠く。広げ、全てを包み込む。
さあ、準備は整った。
「式典の、始まりだ」
カラーン カラーン ――――鐘の音が、鳴り響く。
さあぁ……
空に向けて差し出された掌から、白い光が溢れ出す。
光は、白い花弁となって青空を舞った。
カラーン
城内に入りきらなかった人々にも、満遍なく降り注ぐ、光の花弁と鐘の音。
カラーン
鐘の音は空気を震わせ広がり、花弁はヒラヒラと風にのって運ばれていく……
その場に来る事が出来なかった人々の元へも。
カラーン
鐘の音に誘われるように、ふと盲目の老婆が顔をあげた。
式典を楽しみにしていたくせに、自分に遠慮して家に居ようとする息子夫婦を蹴り出し、やれやれと椅子に腰かけたところだった。
遠くから、人々の歓声が聞こえる。目は色を失くしたが、耳の聞こえは悪くないのだ。
音だけだって、雰囲気は十分味わえるさ、と老婆は微笑んだ。
ひらり。
微笑む老婆の額に、白い花弁が触れ、ぱっと弾けた。
「――――!?」
ガタン!
勢い良く立ち上がり、老婆が目を見開く。
急な動作に膝が悲鳴を上げるが、痛みなど気にしている場合ではない。
「まさか、そんな……こんな、こんな事が……!」
奇跡だ。なんという事だろう! 自分は、今、奇跡を目にしている。
白灰色に濁った瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちた。
カラーン
昼間でも暗い路地裏、ボロを纏った子供たちが身を寄せ合い、俯いていた。
何人かは鐘の音にぴくりと反応するが、顔を上げる事は無かった。
ひらり、ひらり。
傷んでぼさぼさの髪に、汚れてがさがさになった腕に、傷だらけの足に。
花弁が弾ける。
瞬間、子供たちは一斉に顔を上げ、目を丸くして叫んだ。
「すごい! お城だ!」
「何? 何? 何これ! 何で……見えるの!?」
「……すごい……」
「すげー! きれー!」
興奮に赤くなった頬、きらきらと輝く瞳。
しんとした路地裏に、子供たちの明るい声が大きく響いた。
カラーン
ギラついた目で、辺りを伺う男が一人。
人々が出払った住宅街、留守を狙い、良からぬ事を企む者は少なくなかった。
男もその一人だ。
ひらり。
獲物を見定めていた男の目を、白い花弁が遮った。
「ちっ」
うっとおしげに振り払われた腕に触れ、弾ける光。
「――――な、なんだ、こりゃ!?」
男は、突然見えた『景色』に戸惑い、後ずさった。
城が、見える。
それも、今まで見た事もない、空から見下ろす視点でだ。
まるで鳥となって城の周りを旋回しているかのように、城を中央に収めながら、ゆっくりと回転する景色。
そうして見る城の何とも言えない美しさに、思わず見惚れ、手を伸ばした。
もちろん触れる事はない。自分の手が宙をかくのが見えた。
それがまた不思議だった。
この目には、広がる街並みと、間抜けに伸ばした手が見えている。
なのに、見えるのだ。此処ではない、景色が。
と。
もう一つの視界が、すうっと吸い込まれるように城の正門へと移動した。
人々がひしめきあう中を走るように抜け、ずらりと並んだ白鎧の兵士達の間をゆっくりと通り、荘厳な扉の前へ。
下から上へ、見上げる形で見る扉の迫力に、息を忘れて見入る。
ばんっと前触れ無く扉が開き、びくりとその場で飛びあがってしまった。
カツ カツ カツ
凛とした足音を響かせ、扉の奥から現れた尊い方々。
堂々としたその姿に目を奪われ、その気品ある所作一つ一つに見惚れた。
足を止めた中から、一人。すっと前に出たのは第二王子……召喚というものに懐疑的であった周囲を説き伏せ、自ら黒の塔へ足を運び魔術師たちと共に召喚の術を成功させたというイオシュ王子だ。
ばさりと翻るマント、涼やかな音を鳴らし揺れる装飾、王家の特徴である銀の髪がなびき、鮮やかな青の目が真直ぐに前を見据える。
形の良い唇がすっと開き、式典の開始を告げる朗々とした声が耳を、全身を、震わせた。
思わず自分の口から漏れる感嘆の声。興奮した誰かが叫ぶ声。いっきに騒がしくなったと思えば、次の瞬間。
全ての音がぴたりと止んだ。
徐に空を仰ぐ。それだけの動きで全ての人を黙らせた……絶対的な存在。
痛いほどの静寂の中、誰もが王を見つめ、次の動きを待った。
やがて、視線は空へと向けたまま、王が指をさす。
指さした先、晴れ渡った空に、ざぁっと光が流れた。
まるで、いつか見た星降りの夜のようだ。あれほどに美しい光景は、他には無いと思っていた……けれど。
幾筋もの光が複雑な軌道で空を走り、やがて大きな……城下まで、いや、王都をもすっぽりと覆ってしまえるのではないかと思える程の、巨大な魔方陣が描きだされた。
息が、つまった。
言葉で表現できない程の美しさに、じわりと涙がにじむ。
だが、その光景が涙で歪む事はない。そのことが嬉しかった。
続きを涙のせいで見逃すなど、もったいなさすぎる。
やがて魔方陣が一度強く光を発すると、中心から地上へ、光の梯子が掛かった。
光の中を、何か……誰かがゆっくりと降りて来る。
それは、少女の形をしていた。
光の中、黄金に染まった世界。
閉じられた目、力の抜けた体……眠っている、のだろうか?
ゆらり、ふわり、緩やかな動きで髪が、服が揺れる。
まるで、黄金の水の中をたゆたっているかのようだ。
と。
少女の纏う服が、虹色の光の帯となってスルスルとほどけていく。
露わになっていく素肌……だが、そこに邪な思いが入り込む余地はなく、その光景はむしろ神聖ですらあった。
一度ほどけた光は、再びその体に巻きつき、先程までとは違う形に変化していく。
太ももが見える程に短かったスカートは、後ろへと長く長く伸び、焔鳥の尾羽のように広がった。
湧き水のように肩から流れ落ち、背中でやわらかく翻るレース。
胸や肩を被う鎧の、滑らかなで優美な造形。
施された刺繍の細かさ、飾りの精巧さは、人間業とは思えない。
身に纏うもの全てが『異界』を感じさせた。
どんなに腕の良い職人を集めたところで、再現する事など出来やしないだろう。
最後に、髪がぶわりとその長さを変えながら広がり……
とん、と少女の足が地につく。
降り注いでいた光が消え、黄金に染まっていた世界が、色を取り戻した。
それと同時に、開かれた瞳。
その鮮やかさに、射抜かれた。
一歩、二歩と歩みを進めるたび、ふわりと優雅に翻る白い裾。
白銀に光る鎧。
その上を緩やかに流れる長い髪が、それらの色に良く映える。
あれが、勇者。
ごくりと喉が鳴る。
思い描いていた『勇者』とは全く違う姿。けれど、それを悲観する気は起きなかった。
ああ、何という神々しさ。
破邪の勇者。成程、邪なものなど、きっと一瞬で浄化されてしまうだろう。
期待していた『強さ』とは違う。だが、彼女なら間違いなく自分たちを救ってくれると、そう思えた。
ほろほろと、自分の目からとめどなく流れ落ちていく涙。
気付けば、声の限りに叫んでいた。
爆発するような、歓声。
人々が、一斉に、感情のまま叫ぶ。
それは大きな振動となって、城を、大地を、空を揺らした。
「「うおおおおおお! 破邪の勇者、万歳!」」
(……やはり、その名前は変更できないだろうか?)
轟く歓声は、勇者の瞳をも揺らしたのだった。
結構な間があいてしまいました;
多分、これからも激しくスローペースな予感です……申し訳ない(すざっ←土下座)
それでも付き合っていただける方がいれば嬉しいです。
読んでいただいてありがとうございます!