3 ノリを間違えた
えー、さて。
人か、神か、だったな。
うむ。
先程から律儀にじっと「待て」をしていてくれた王子へと向き直る。
「……そうだな……」
まっすぐ射抜くような視線を意識しながら、きりっとした顔で王子を見据えた。
「神を求めていたのなら、期待には沿えんが……」
そこで一度言葉を止め、溜めを作る。雰囲気作りには間が大事なのだ。
「求めたのは、邪神を倒せる存在だろう?」
一度伏せた目を、すっと王子へと向ける。
「貴女なら、できる、と?」
ふふん。何をあたりまえな事を。
私はニィっと不敵な笑みを浮かべてみせた。
「だから、来た」
ふっ決まった!
なーんて……いや、うむ。
正直調子に乗ったというか……何格好つけてんの自分恥ずかしい……みたいな気分なわけでな、その、感動を噛締めていますみたいな表情で一斉に跪くのとか止めてくれるか?
と、そんな事もありつつ。
何ともキラキラした瞳を向けてくる王子たちに案内され、辿り着いたのは玉座の前。
さっそく国王にお目通りする事になったわけだ、が。
現在私は、国のお偉い様と思われる威厳たっぷりのおじ様・おじい様方に鋭い視線と厳しい言葉で責め立てられているところだ。そういうプレイではないぞ?
流し聞いた感じ、どうも私の態度が気に食わないらしいな。
礼儀やら作法やら身分やら、ぶっちゃけ私には関係ないと思うのだかどうだろうか。
あまりに煩いので、強制的に黙らせてやろうか……と、考えたところで、今まで玉座で黙していた王が動いた。
すっと軽く手を動かしただけで全員が口を噤むのだから、さすが王様である。
「よい。相手は異界の者である……此方の理で縛ろうと思うな」
ほう。なかなか話の分かる人物であったようだ。
王は何か言いたげなお偉い様方を抑えるように一瞥してから、此方に向き直った。
「よう来てくれた。異界の娘よ……名は、何という」
穏やかにそう問われ、私は微笑みを浮かべた。
名前か。うむ。名前、な。
考 え て 無 か っ た !
魂に名は無いからな。
いや、前世を考えれば多くの名を持っているわけなのだが……むしろ多すぎて絞れん。
「今の私は、名を持たん。好きに呼べ」
そっと目を伏せ、どこか影のある雰囲気を作るのがポイントである。
……。
少し待ったが、誰も何も言わなかった。薄々気づいていたが、此処には『ツッコミ』という文化が無いらしいな。残念だ。
僅かな沈黙の後、王は重々しく口を開いた。
「ふむ。では、破邪の勇者と名付けよう……邪神を破る勇ましき者、とな」
王は真顔である。本気で、真面目に、その名で呼ばれろと、その名を名乗れと言っているのである。
馬鹿な! まさかの中二病患者か、王よ。
ちょっと待……
「ははっ……邪神を破る、でございますか。それはそれは」
……イラッ。
口を開こうとした矢先、何処からか失笑混じりの囁き声が届く。
ちらりと目を向ければ、心底馬鹿にしきった表情のジジ……老紳士と目が合った。
「こんな小娘が邪神を倒せるわけがないだろう」と思っているのがバレバレである。隠すつもりも無いのだろうが。
ソレに触発されたのか、私の力量を疑う声がじわじわと全体へ広がっていく。
まぁ、こんな姿だからな。疑う気持ちは分かる。むしろ疑うのが正常だろうな。
理解はできる、が、煩わしい。
ここは一つ、私の実力を見せつけて黙らせてやろうではないか。
私はぐるりと周囲を見渡し、すっと唇に笑みを乗せた。
「力を示せば、良いのだろう?」
私の笑みに何かを感じとったのか、ぴたりと口を閉じるお偉い様方。
ふん、空気は読めるらしいな。
さて、実力を見せるとなると……軽く城及びその周辺が倒壊するが良いか?
まぁ、駄目だろうな。ふむ、とりあえず「邪神を倒せるだけの実力があるっぽい」と納得させれば良いだけの事だ。
手を翳し、床に魔法陣を描く。
魔法陣の中心が揺らめき、壮麗な装飾が施された大剣が殊更ゆっくりと姿を現した。
柄を片手で握り、一気に引き抜く。
小柄で華奢な少女が、自分の体よりも大きな剣を軽々と持ち上げて見せた事で、周囲から驚きの声があがる。
ちなみにだが、これは魔力を剣の形に固定したもので、重量は無い。
今は、魔力に軽い『魅了』の性質をもたせてある為、この場に居る人間は皆、私に釘付けである。
ただ刃を真横に滑らせただけの動作に、ほうっと熱の籠った溜息をつかれ
それっぽく剣を掲げ持てば、そこかしこから感嘆の声が漏れ
軽くポーズをとって見せれば、盛大な歓声が上がるわけだ。
・・・・・・。
ふっ。少々遊びが過ぎた様だな。
調子に乗って幾つもポーズを決めた後、はっと我にかえった瞬間の居たたまれ無さといったらもう……。
周囲から注がれる憧憬の眼差しから目を逸らし、さっと剣をかき消すが、拍手が鳴りやむ気配は無い。
何故だ。
もう魅了の効果は消えているはずだろう!? 正気に戻れ!
そんな、感極まってますみたいな感じで胸を押さえつつ、目じりに涙を浮かべないでくれ!
召喚された女子高生(?)は『破邪の勇者』の称号を得た!
そして、少女(?)は知る。
ツッコミの不在とは、ボケ気質にとっての地獄である、と。