1 ここから始まる。
――死後の世界。
魂の、還る場所。
天は無く、地も無く、ただただ広く高く深い。
数多の魂ひしめくその場所へ。今まさに人としての一生を終え、私は還ってきた。
今まで居た場所……輪廻の輪のその先を振り返り、にんまりと笑む。
うむ、なかなかにドラマチックな生き方をしたものだ。
数ある前世の中でも上位、そうだな、ベスト100に入るのではなかろうか。ま、あくまで私基準でだが。
得意げに鼻を膨らませつつ、前足を舐める。
グルグルと機嫌よく喉を鳴らしながら縞柄の尻尾をピンと立てている灰色の虎……それが今の私だ。ここに還って来ている時は、この姿でいる事が多い。
他の姿でも構わないといえば構わないのだが、何となくこれが一番しっくりくるのだ。
魂として特に決められた姿は無く、どんな形を選んでも良い。
若い魂や『姿形』と言う概念の薄い魂だと形を作れなかったり、長くとどめておけなかったりもするが。
さて、寛いでいると馴染み深い気配を幾つか感じとったので、軽く思念を飛ばしておく事にする。
『我、帰還せり。暇なら観に来るが良い』
一斉送信で呼びかけると同時に、輪廻待ちの暇な魂どもが次々と転移して来た。
「お前にしては真面目に生きたな。72」
「うっ、何か、何か、切ない! うー、もう少し救いが欲しかったなぁ。85」
「くそぅストイックな女軍人とかモロ好みなのに魂がコレだと思うと……それでもときめいちまった自分が悔しいぜ……100!」
「んー、67で」
「続きが気になるな。彼はその後どう生きるのか……観る機会があると良いのだが。88、いや、89だ」
「関係者還って来い! 今すぐだ! もう100意外考えられんわー。可能なら200あげたいぐらいだもんよ」
「できればハッピーエンドが見たかった。60」
先ほどまでの私の人生を観ながら、盛り上がっている魂たち。
おや。気付けば見知ったやつらだけでなく、通りすがりの魂も混じっているな。
ふふふ。どうやら私の生き様はなかなか好評な様だ。
加算されていく評価に、思わずニヤリとする。
今回の輪廻で得た経験値も上乗せされる事を考えれば、そろそろ位が上がる頃だ。
輪廻で経験を積み、評価を貰う事で魂としての格が上がっていく。
運良く特別評価(付与上限を持たない上の上な方々による100以上の高評価)を複数いただく等の幸運が無い限り、輪廻に入った数が多い魂程位が高くなるわけだ。
かといって、続けて廻り過ぎると疲弊して消滅してしまうのだが。
『――あぁ、お前がちょうど良いな』
と。
唐突に、そんな思念が飛んできた。
同時に、めったにお目にかかれない上位の方々が一斉に転移して来てビビった。
何事だろうか。こうも上位の魂様がそろいもそろって……しかも裁定者(理に反した魂を裁く役割を持つ方々)ばかりなんだがこれはもしや消されるんだろうか。気付かぬうちに何やらかしたんだ自分。
裁定者の方々は、冷や汗を垂れ流したまま固まっている私をじっと視てから素早く目配せをして頷きあった。
その様子から、何かしらが決定されたのだと悟る。
何が決定されたんだろうか。消滅だろうか。
「頼みがある」
どうやら違うらしい。
ふっ……良かったああああ! 怖かった! 本気で怖かったああああ!
さて、私が受けた頼み事(手っ取り早く圧縮情報が送られてきた)だが。
とある馬鹿が召喚先で阿呆な事しでかしているらしい。
どうも前世を引きづっちゃって、変なんなっているようだ。
一回目が盗賊の頭で、二回目がドラゴンで、三回目が王様(独裁)だったとか。
そりゃまぁ、好き勝手してたんだろうなーと伺える経歴だな。
しかしココでは前世三つ程度の経験値じゃ赤子同然。下っ端扱いに堪えられず鬱憤やら何やらが溜まっていたところに、ええ感じに召喚オファー。
召喚先でストレス発散。暴れる暴れる。
恐れをなした人々に“邪神”と崇められ、また良い気になって好き勝手、と。
うわ痛い。現在進行形で黒歴史製造中だなコレ。
何か居た堪れない気分になってしまった。
裁定者の方々はとっ捕まえてきて袋叩k……あぁいや、『教育的指導』をした後で輪廻【特別仕様】に放り込んでやると意気込んでいる。
どういたぶってやr……えー、どう『更生』させようかと皆様大変楽しそうに……んん、真剣に協議しているようだ。
きっと地獄を見るだろうな。自業自得ではあるが。
さて。
何にせよ、そいつを連れ戻してこなければ話が進まないという事で。
その世界の人間が邪神に対抗できる存在を召喚しようとしているらしいので、それに便乗する形でいこうという話になったのだが……
上位の方がそのまま降臨すると、その力にあてられて世界がぶっ壊れてしまう恐れがある。
かと言って、下位の子たちだと上手く世界に適応できずに消滅してしまう恐れがある。
そこで、ちょうど良い位の魂を探していたところ、私が目に入ったと。
強すぎず弱すぎず、順応性もそこそこあるので適任と判断されたようだ。
私はもちろん快く引き受けた。
召喚キターー! である。
かつて日本人として生を受けた時、私は「あー異世界に召喚されてー」が口癖の善良な一般市民であった。喜べ過去の自分よ。夢が叶うぞ!
うっかり上位の方々の前で機嫌良く喉を鳴らしながらゴロンゴロンするくらいテンションが上がってしまった。
周りの目? ふ。そんな瑣末な事を気にする私ではないのだよ。