天使様の言う通り〜前世のマッチングアプリみたいなものですか?〜
「いやこれ、結婚相談所かマッチングアプリじゃん…ん? アプリ…?」
教会から届いたチラシを見て、無意識に零れた言葉に、自分自身首をひねる。
ポストに無造作に突っ込まれていたチラシには、『教会完全バックアップ! 運命の恋をお探しします』とポップな字体が踊っている。確か一定年齢以上で独身の人間の元に、教会が送っているチラシだ。
愛と豊穣の女神を唯一神としているこの国で、数十年前に未婚者が急増したらしい。きっかけは確か、大衆演劇で『運命の恋』『運命の相手』といった題材がウケて、その影響が少なからずあったとか。みんな己の運命の相手は誰か…と悩んでるうちに婚期を逃しまくったとはなかなかとんちが効いている。まあ、唯一神が愛の女神だ。そりゃあ国民だって、運命的な恋愛への憧れは潜在的に持っているだろう。
そこで教会が──というより、女神様の遣いである天使様が、どんな仕組みかは知られていないが、相性の良い人間を示してくれると。
「AIの相性診断じゃん…」
ポストから回収したチラシ片手に、狭いワンルームに戻って改めて呟く。
マッチングアプリ、と口にした直後から、ぶわ、と脳内にあふれる、私であって私でない記憶。これは恐らく前世、と呼ばれるものだろう。急に記憶の奔流に襲われてこめかみがズキズキと痛むけれども、割合冷静にそれを受け止めている自分がいてちょっと笑う。ラノベかよ。
天使様、は確か超常現象的な感じで、所謂人間がおいそれと会える存在ではない、らしい。そうした存在が、お告げとして相性を教えてくれるのだとか。
すごく、マッチングアプリの相性診断コンテンツ感が、ある。
「え~…これどうなんだろ…。でも試してみるのもアリ、か…?」
起き抜けに淹れたまま、冷めてしまったコーヒーをすすりながら考える。
前世の享年、多分三十五、未婚。現世十九歳。まあ天使様のお告げが普通にある世界だ。有り体に剣と魔法のラノベ感あふれる世界線である。私は転生チートなんてものはなかったので普通に冒険者ギルドの受付をする平民だが、お貴族様とかもいる世界。前世と比べて平均寿命が短いので、当たり前に初婚の年齢も、若い。
つまるところ。私は平民としてはまあギリギリ結婚適齢期だが、もうあと数年で立派な行き遅れになるのだ。
「ん~…まあ、一回試すか…」
前世の私は男運が皆無だった。何せ、多分死因も男絡みだし。
ヒモ予備軍なモラハラ彼氏に別れ話をして、帰ろうと後ろを向いた瞬間、背後から鈍器のようなもので殴られる、なんて最悪すぎる。後頭部に強い衝撃──と、痛みというよりも、熱さを感じたのと同時にそこで記憶が途切れている、となれば、多分それが前世の死因だろう。
さっき思い出した前世ではあるが、多分それがトラウマになっていたんじゃなかろうか。現世ではかなり色恋沙汰に慎重になっていた。だから元恋人の人数も数える程度。このままじゃ独りで老後を迎えることになるんだろう、とある程度の覚悟は決まり始めていた矢先の、このチラシだ。
重い腰を上げて、化粧をして着替え、髪を整える。久しぶりの休みの日だからとだらけていただけれど、思い立ったが吉日。チラシと身分証になる何かをもっていけば、すぐに教会で登録して、お告げがあり次第紹介してくれるらしい。お気に入りのコートを羽織って、教会に向かう。
私が住むのは王都に程近い、冒険者と商人の多い街。領主様一族以外に、多分貴族はいないんじゃあなかろうか。大通りから二本ほど逸れた路地に建つ集合住宅に暮らしている。冒険者ギルド、なんて転生感溢れる職場に勤めてこそいるけれど、私は冒険者ではないし生活もなんというか、前世とあまり変わりないのがなんとなく面白い。
「――お名前はアイシャさん、冒険者ギルドの受付をされていて、年齢は十九。お相手に求めることは…尊重してくれること、命令的な話し方をされないこと、見た目や年齢にこだわりはなし。…以上でよろしいですか?」
「はい、問題ないです」
チラシ片手だったからか、教会に着いたと同時に、「お告げをご希望ですか?」と声をかけられ、あれよあれよという間に、礼拝堂脇の部屋に連れていかれた。簡単なアンケートのようなものに回答して、身分証と多分チラシを送った人のリストみたいなのと照会してもらって、最後確認。ここまで三十分程度。
「基本的にはアイシャさんにとって相性の良い方をご紹介する形になりますが、アイシャさんからするとそこまででも、お相手側からはとても相性が良い方もいらっしゃいます。そうした方もご紹介させていただきますので、ご了承くださいませ」
「分かりました」
どうやら教会のこのシステムに登録している人間の中で、相性の良い人上位三人を一回で紹介してもらえるらしい。かつ、例えば私側に、九十パーセント、八十パーセント、と相性のいい人がいて紹介される。一方で相性としては六十パーセントくらいで、私からすれば相性のいい人上位三人に入らなくても、相手からするとその六十パーセントが最大値だから紹介…というか相手側から会うのを希望されるというケースもあるとのこと。マッチングアプリよりも結婚相談所寄りかなコレ。前世の結婚相談所知らないからイメージだけれども。
「ある程度お相手の詳細をお渡しして、それでお話されたいと思った方とまずお会い頂きます。最初は、アイシャさんのように見た目が条件に入られていない方はお顔は隠して会話だけして頂く形となります」
「お互いに顔は見せないんですか?」
「あくまでも内面的に相性の良い方を天使様がお選びになられますので…」
「分かりました」
変な先入観を持たずに相手と話せということか、と、一人納得する。まあ勿論見た目がどうしてもの条件の人は、どんなに内面的に相性が良くても反発しそうな気はするからこそ、見た目の条件有無によって変動するんだろう。
「また、今はまだ理想や条件がぼんやりされているかと思いますが、もし後から追加されたい内容があれば仰ってください」
「はい」
「それでは本日は以上となります。今後ご紹介したどなたかとお会いされる時にはまたこちらにいらしてください」
「はい。ありがとうございました」
帰りがけ受け取った資料はそれなりにページ数があって重たい。笑顔で見送ってくれる神官様に頭を下げつつ教会を後にする。
教会に着いたのは昼前、つまり今は昼過ぎ。お腹も減ったし荷物も重い、とくれば昼は外食だ。教会から自宅までの道を大きく迂回すると、夕方まで賑わう市場がある。増えた荷物を口実に、お気に入りのカフェバーに向かった。
「マスター、一人なんだけど」
「お、アイシャか。相席でもいいか?」
「勿論!」
一番のピークは過ぎているだろうけれど、まだまだ賑わう店内。そっち、とマスターに指さされた席に向かえば、見知った顔がいた。
「バルドさん!」
「おーアイシャちゃん。お疲れ、珍しいな」
相席の相手はギルドでよく顔を合わす冒険者の一人、バルドさんだった。右頬に大きい傷があって、大柄な体格で初対面だと取っ付きにくそうだけれど、その実とても話しやすい人。確かひと月ほど前から、遠方のダンジョンに潜っていたはずだ。
「昨日今日って休みなんです。バルドさんは帰られてたんですね」
「あーだからアイシャちゃん昨日居なかったのか。ちょうど昨日戻ったんだ。受付に土産預けたから、明日にでも受け取ってくれな」
「わ、嬉しい」
たまにバルドさんは私にお土産――といってもダンジョンのドロップ品で、売っても二束三文にしかならないけれど、装飾品に加工できそうなものとか、そういうものをくれる。幼い頃からギルドの受付をやって歴戦の冒険者たちと顔見知りになった特権かもしれない。
「ほいよ、今日はステーキ定食」
「わーい! ありがとうございます」
「バルド、追加の肉な」
「おーありがとう」
この店のランチは日替わり定食のみ。ただ冒険者の多い街。食べ足りない人には、プラス料金でメインの量を追加してくれる優しいサービスがある。寡黙なマスターの行き届いた心配りがこの店の人気の一つかもしれない。もちろん何を食べても美味しい、というのが一番の理由だけれど。
「アイシャちゃんそれで足りるのか?」
「むしろ頑張って食べきる量ですね」
「ん、ならいいんだが」
「バルドさんは相変わらず食べますねえ」
「ちなみにこれ、二回目の追加な」
「え」
今日はボリューミーなステーキ定食。多分軽く二百グラムはありそうな、ミディアムレアのお肉にナイフを入れる。すっとナイフが入ってやわらかい。ガーリックライスと野菜のポタージュ。私のライスは何も言わずにマスターが食べきれそうな量に調整してくれているけれど、バルドさんの方はまだまだ山盛りだ。相当食べ進めている風だけれど。そこに肉を追加二回目。まだまだ余裕そうなのが、すごい。
「これ食べたら、後輩たちと打ち合いなんだ」
「それならたくさん食べないとですね」
バルドさんたち熟練の冒険者が潜るダンジョンは、かなり激しい戦闘が生じるという。お休みの日は手の空いた冒険者同士で実戦形式の訓練をしているらしい。私がステーキと格闘しているうちに、バルドさんはお代わりの肉と、残っていた大盛りのライスをぺろりと平らげて、先に立ち上がる。
「じゃあな、アイシャちゃん。ゆっくり食べろよ」
「はい。バルドさんは打ち合い頑張ってください」
「おー」
へにゃ、と肩の力を抜いた笑顔を浮かべて、バルドさんは去って行った。その背中が店内から消えるまで目で追う。さて、と残り半分のお肉とライスに取り掛かり直す。しっかり嚙んで、ゆっくり食べきって会計に向かった。
「マスター、お会計」
「あ、バルドが払ってったぞ」
「…え」
「甘えとけ甘えとけ。休みなんだろ、ギルドに寄ったりすんなよ」
「…はあい。マスター、ご馳走様でした」
「あいよ」
私に悟らせずさらっと私の分の会計までしてくれたバルドさんは、多分兄気質なのだと思う。私が多分一番甘やかされている自覚があるけれど、後輩冒険者にもおごったり、面倒を見たり、をバルドさんは楽しそうにしている。とはいえたまに甘やかされすぎて申し訳ない気持ちになるけれど。
「…今度、お礼考えなきゃ」
休みだけどギルドに顔を出そうかな、と思っていた私の行動パターンはマスターにバレていて、先にくぎを刺されてしまったし。市場の露店をぶらぶらと眺めて家に帰る。もう五年以上暮らす、私の小さな城。
私の両親は冒険者だった。五歳の時、二人そろって難易度の高いダンジョンの深い階層で亡くなった、らしい。葬儀の時戻ってきた遺体は、周りの大人に止められたので見ていない、けれど相当酷い状態だったらしい。
元々両親が依頼を受けて家を空けるたびに、両親の同期だというギルドマスターのところに預けられて過ごしていた。だから両親の死後、私がギルドマスターに引き取られたのは当然だった。ベッドサイドには両親の写真と、義家族との家族写真が飾られている。前世の記憶が蘇ったからか。ベッドに座り込んで、その二枚の写真をぼうっと眺める。
「…お義父さんを納得させられる人と、出会えるかな」
天使様が良い人を紹介してくれるというのなら。結婚云々は置いておいても、義両親に自信をもって紹介できる人だといいな、とぼんやり思った。行き遅れ待ったなしの現状、心配もかけているだろうから。
あとはそう。亡き両親に一緒に花を手向けてくれる人だといい。家にあまりいなかったけれど、優しかった私の大好きな今世の両親。
「はああああ!?」
「旦那様、やかましいですよ」
「いや、だって、はあ!? 教会の紹介って…そりゃアイシャはガード固いが、親としては安心しかないし、別に手に職があるんだから結婚も別に急ぐ必要はないだろう?」
「いやいやいや、今から相手探しても結構ギリギリだと思うよ。手に職あったって行き遅れは行き遅れ。私としても信頼できる人にパパッと出会えるならそれが一番良いし」
「ええええ…恋って…出会ってからこう…愛を二人で育んでいくものじゃない…?」
「その出会いの部分の手間を省くんだってば」
教会に行った翌日。ギルドに出勤し、バルドさんからのお土産(バルドさんの瞳の色に似た桃色と淡いグリーンのバイカラーの鉱石だった)を受け取りつつ、午前の仕事をこなし。昼食を取りに食堂に向かえば義両親を見つけたので、そのまま教会のお告げを受けることを報告した。もしかすればギルド関係者を紹介される可能性もあるし、事前共有しておいて損はない。
そう思って、念のためね、と共有したらば、義父の悲鳴が食堂内に響いた。昼時集まっていた職員たちには大変申し訳ない気持ちだ。そして義母の義父へのツッコミの切れ味よ。
「アイシャはしっかりしているから、その分慎重だものね。良いと思うわ。…とはいえ、無理にお嫁に行こうとしなくてもよいのよ?」
「お義母さんまで…。死ぬまで二人とギルドにおんぶにだっこで生きていく訳にもいかないでしょう」
「今は女性も自立の時代よ。アイシャの仕事ぶりは親の欲目を抜きにしても立派だし、おんぶにだっこなんてことはないの」
「うーん。二人の嫁に出したくないムーブ凄すぎるな」
義父も義母も、ギルドで永久に囲い込もうとする意志の強さが凄すぎる。二人の実の息子――義兄がいるのだが、義兄は数年前に王都に出てしまった。王都の研究所で光の速さで役職持ちにまで上り詰めたと聞いているので、そうそうこの街に帰ってくることはないだろう。息子が帰ってこないならせめて、私を傍に置いておきたいのかもしれない。
「まあ、良い人がいるなら出会いたいし。別に結婚願望がーとかの話じゃなくて、お告げをもらえるならもらっておきたいなくらいだから安心してよ」
すぐに結婚したいから最短距離で! という気持ちなわけではない。多分そこが不安だから二人とも「未婚のままでもいい」と言うんだろうな、と思って補足すれば、逆に二人ともモヤモヤしてそうな顔をされた。まあ、気持ちは分からないでもない。
「あ、そういえば。お義父さん、鉱石の加工でどこか安いところ知らない? できればデザインもお願いできるところ」
「どうかしたか?」
「バルドさんから鉱石をもらったの。色味が可愛いから、せっかくならアクセサリーにしたくて。華奢なデザインできるところ、知ってるのは高いとこばっかで」
「なるほどな…あ、この間新しい職人が来ただろう。女性の。彼女のところは安価だった気がするな」
「ああ、レミさんのところ? 彼女のところは素材持ち込みなら安かったわよ」
「ほー。じゃあ、そこにお願いしてみようかな。ありがとう」
バルドさんからの鉱石、と聞いた時点で若干義父と義母が生ぬるい眼差しになるのが腑に落ちない。十中八九、相変わらず可愛がられているな、とでも思われているのだろうけれども。バルドさんがお土産をくれるのは、受付だと私くらい。あとは後輩の冒険者の子たちだから。
「じゃあ、私そろそろ戻るね」
「ああ。…さっきの話だが、変な男はちゃんと避けるんだぞ。無理に嫁に行こうとして変な男に引っ掛かるくらいなら嫁になんて行かなくて良いんだからな」
「はいはい。大丈夫、分かってるよ」
義両親と軽口を叩き合ってから数日後。休みの日に、紹介してもらった職人の女性に鉱石を預けて、加工を依頼した。ペンダントトップと、ペンダント用に研磨した時に出る屑の量次第でピアスも揃いでできるかも、とのこと。桃色と淡いグリーンだから春の花をあしらったデザインにしてくれるらしい。一旦ペンダントトップ代だけ払ったけれど、即決でお支払いができるくらいの加工賃で有難い限り。
職人──レミさんのところに依頼をした足で、数日ぶりに教会に向かう。
一昨日教会から来た連絡によると、相性の良い人物が三人見つかったらしい。うち一番相性の良い人は相手方の希望で会うのは最後になる。その希望についての詳細はこの後聞けるそうだ。そして残り二人、偶然にも二人とも予定が合うらしく、今日で二人ともに会えてしまうらしい。前世の相席居酒屋くらいのノリ過ぎる。
「こんにちは、神官様」
「アイシャさん、ようこそいらっしゃいました」
個別の待合室のようなところに通される。向かいに腰かけた女性神官様は、ふんわりと優しく微笑んでくれた。
「今日初めてお会いになられるのですよね、緊張されますか?」
「あー…まあ…。確か二番目と三番目? に相性の良い方と会うとか」
「はい。本日はお二方ともご都合付きましたのでそうなります」
「一番目の方が会いたくないとおっしゃっていたとか…」
「それは違います!」
会うときの心構え的な説明(といっても、初手で年収とか聞くな、みたいな前世の合コンで気を付けるべき話し方みたいな内容だった)の後で、一番相性の良い人、の話を聞いてみる。一番気になるので。
「…アイシャさんと相性の一番良い方、ですが…実は最初のお告げからもう…何人か数えきれないほどの女性にお断りされた方でして…」
ちょっと待て、聞き逃せない爆弾情報。ぎょっとして反射的に神官様を胡乱げに見てしまう。
「え…大丈夫な人なんですか?」
「人となりに問題があるわけではないんです! というより、我々からすると本当に…本当に良い人で…ただ、その…言い方が難しいのですが、強面の方、と言いますか…」
相性一位の方は、どうやら相当強面らしい。見た目でお断りされまくって今に至るらしく、最早神官様たちが同情モードに入っているのが伺える。お相手方も諦め気味だからこそ、他に相性いい人いるのならそっちから会って、そっちがダメなら会いますか、くらいのノリらしい。なんかもう聞いてるだけで良い人そうにも思えるし可哀そうが過ぎる。
「とても良い方なので…お顔を合わさず、からお顔を合わせるまでに進むまでは毎回トントン拍子なんです。ただお顔を見せてお相手におびえられるのを何回か繰り返されて…最近では最初からご自身はお顔を見せてお会いして、怖ければもうそれで終了で良い、という感じなんです…」
本当に良い人なんだろうな。本当に良い人で見た目だけがネックだからこそどうにもできなくていたたまれないんだろう。まだ見ぬ相性一位の人が俄然気になってしまう。
「めちゃくちゃいい人ですね…逆にそこまで怯えられるほどの強面さんも気になりますけど」
「いい人なんです…我々も、天使様も、早く報われてほしくて…。あ、だからといってアイシャさんも無理をされる必要はないんです! それは絶対に!」
「大丈夫です、はい。その辺は…無理したとしてもそんな良い人なら逆に傷つけそうですしね」
「アイシャさん…」
とはいえまずは、今日会う二人。気持ちを切り替えて、顔を隠すための分厚いベールを被せられて対面のための部屋に案内される。
対面のための部屋は三畳もないんじゃないか、くらいの小ぶりな部屋だった。長方形で、両サイドに入口がある。私の入ってきたのと逆側から相手が入ってくるんだろう。入口に扉はなく、カーテンが掛かっている。めちゃくちゃ頑張らないと相手に触れないくらいの長机が真ん中に鎮座していて、その左右は通れないようになっている。入口のすぐのところに、丸椅子がそれぞれ一つ。
対面中は基本的に神官様は同席しない。廊下にはいてくれるらしいが。初対面の男女を扉こそないものの個室に入れるのだから、一応の安全策は取るだろうな、と思っていたが思っていたよりちゃんとしていた。これはちょっと安心。
「…はじめまして」
「はじめまして」
ベールで見づらいながら室内を見回していると、向かい側のカーテンが揺れて、本日最初のお相手が入ってくる。緊張した声音で挨拶されたので、なるべく柔らかい声音で返事をした。相手もベールをしていて、顔はほぼ分からない。身長はそれなり? 多分細身だ。
「えっと…研究棟で働いて、ます。二十五歳です」
「ギルド所属の事務員、十九歳です」
「ギルド…」
「はい」
顔を隠し合っている間は基本的に名乗ってはいけないらしい。実際に顔を見せあって会うタイミングまでに合わないなとなった場合、その後のトラブルに繋がりかねないからだという。そうなると大体、会話の入り口は年齢・仕事・趣味とかになりがち。テンプレ通りな自己紹介をお互いにしたところ、相手の声音が変わった。まだ所属の話しかしていないんだが? というか事前情報で知ってたよね?
「…乱暴な人間が多いので、苦手なんですよね」
「はあ…」
ぼそ、と言われた内容に小首を傾げる。生みの親も義両親も、身内全員ギルド関係者なもので、乱暴と言われてもちょっとピンとこない。
「僕は魔物の毒の研究をしていて…サンプルを採って来て下さるのはいいんですが、死体そのものを入り口にボンボン積まれたり…口調も乱雑な方が多いし…やりにくいんですよね…」
私が、はて、というリアクションをしているのに気付いたのか、具体的な例を話してくれる。のは、良いのだが。口調についてはなんかもう個々人の問題でギルド関係ないし、死体そのまま積んでいくのは何というか…。
「死体をそのまま積んでいるとのことですが、魔物は確か種類によってどこに毒があるのか分からない…のですよね?」
「え、ああ…はい」
「中途半端に何か加工して研究に影響出てはまずいという、冒険者側の配慮なのでは…。それがやりにくいのであれば納品の仕方をご指定いただければ対応できるかと思うんですけれど」
「…」
仕事の話で申し訳ないが、素直に引っ掛かったところを無視して話はできまい。というか、具体例が具体的過ぎて、私の中で大体どこの研究室の人か絞れてしまった。まあだからといってどの人かを教会のサポート外で見つけようなんて露ほども思わないけれど。
「仕事の話をしてしまってごめんなさい。まあ、納品関連は別途ご相談いただければ…仕事以外の話をしませんか?」
「そう、ですね。その方が良さそうだ。趣味…は、食べ歩きでしたっけ?」
「はい。美味しいものが好きなので、屋台の食べ歩きとか、あとはお酒が好きです」
「屋台の食べ歩き、良いですよね…」
この世界で飲酒の解禁は十五。前世も酒好きだったからなのか、受付仲間同士で仕事上がりに飲み歩く日々だ。立派な趣味と言えるだろう。
お相手の方──名無しさん状態で呼ぶのが面倒なので、以下二位さん(相性二位らしいので)とする。二位さんは食べ歩きは好きらしいが下戸らしい。体質だから仕方ないことだろう。年上なのに、としょんぼりしているのをほほえましく見守った。
「どこの屋台街がお好きですか?」
「中央通りと西通りのお店は多分ほとんど行ったんです。南通りがほとんど行っていなくて…今のところは西通りの焼き菓子の屋台が好きですね」
「古本屋の近くによく出しているお店ですか? 緑のテントの」
「それです!」
「あそこは旨いですよね。南通りあまり行っていないなら、時計塔の近くに出てる串焼きの屋台がオススメですよ」
「わ、今度行ってみます!」
食の話はそれなりに盛り上がった。ギルドからも自宅からも遠くてあまり行っていなかった屋台街の情報ももらいつつ、あれが美味しい、あそこがコスパが良い、なんて話をする。
「酒が飲めたらもっといろんな店に行けるんでしょうね…うらやましい限りです」
「んー…まあ、それはどうなんでしょうね?」
羨ましい、と言われましても。酒飲めなくても飲み屋に来る同僚もいるし、前世でもそういう友達が多かったから、飲めないから行動圏が狭まると言われてもピンとこない。共感しきれないから、とりあえずへらりと笑ってごまかす。
「飲めない人間が行くと、嫌な顔をする店が多いんですよ。酒以外頼むと何回も確認されるし…それが嫌で嫌で」
「…大変だったんですね」
これで、相性二位ってマジ?
二位さんがぺらぺらと日々溜め込んでいるらしい不平不満を話し続けているのを、適当に相槌を打ちつつ聞き流す。食べ歩きの話こそ楽しかったけれど、それ以外で今のところ共感できる話も少なければ、話をされてもピンとくることの少なさよ。そしてめちゃくちゃ気を遣っている現状。
二回目、絶対ないな。心のうちでこっそり決めつつ、とりあえず相手方が満足するまで話してもらう。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
時間が来たので、お互いに礼をし合って、それぞれ迎えに来てくれた神官様に手を引かれて退室する。カーテンをくぐった瞬間、どっと疲れがきた。思わずため息が漏れる。
「お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
最初に通された控室に戻って、ベールを外してお茶を頂く。このまま二位さんとの時間のフィードバックをするらしい。
「いかがでした? 今の方とお会いしてみて。また次回お会いしてみたいですか?」
「忖度なく回答して良いんですよね?」
「もちろんです!」
「二回目は絶対にないです」
まあ…と目を丸くしつつ私の回答を受け止める神官様に苦笑いをする。処世術としてただニコニコしていただけなのだけれど、好意的に相手を受け止めているように見えたのかもしれない。面倒くさい。
「命令口調はなかったですが、ずっとお相手の方の日常の不平不満を聞くだけの時間で、お互いを知る会話、じゃなかったんですよね」
「なるほど…」
「いい人ではありそう、ですが。これからお会いするたびに日々の不満を聞くだけってなったら、申し訳ないけどしんどいですし、また会いたいとは思えないかなと」
「そうですね…承知いたしました。お相手から二回目のご希望来ても、こちらでお断りいたしますね」
「お願いします」
神官様も、そりゃあね、という苦笑いで受け止めてくれる。有難い限り。これでゴリゴリに、いやもう一回会ってみないと分からないですよ! みたいなノリが来なくてちょっとほっとした。そうなる可能性もなくはないかなと思ったので。
「それでは少し休憩していただいて、お次の方のご準備整い次第お呼びしますね」
「よろしくお願いします」
三十分くらい待って、またベールを被されて移動する。さっきの個室の並びの部屋に通される。今回は先にお相手が座っていた。
「はじめまして」
「はじめまして。……なあ、ベール取って」
「え?」
「顔みたいじゃん」
「…お顔を見せるかどうかは、事前に取り決めがあるって伺ってますけど」
「まあそうだけど…細かいこといいじゃん」
さっきはややオドオド系。今度はオラオラ系らしい。系統が違いすぎてなんてこった。しかも初手でこっちの意思無視って、ちょっと。
「…ルールを守れない方は無理なので。本日はこれで失礼します」
「え、なんでよ。俺も外すからさ」
「…ご自身の顔にそんなに自信がおありで?」
思わず毒を吐く。こちらの冷めた声にか、お相手──今回は三位さんでいいか。三位さんが固まる。
「すみませんが、見た目よりも中身重視でお会いしているのでこの時点で合わないと思います。失礼しますね」
手元にあるベルを鳴らして、神官様を呼ぶ。強制終了したい何かが起きたときに鳴らしていいものらしいので躊躇いはなかった。
「どうかされましたか?」
「急にベールを取るように言われまして。ベールを外してお会いするかどうかは、事前の要件に則って取り決めをして、ですよね?」
「ええ、はい。あとはまあ、お互いに外してよいと思えれば…例外もなくはないですが…」
「お会いした瞬間にお互いに外して良いと思うことってあると思います?」
「…ないですね、ご案内します」
神官様が死んだ魚の目になる。ないな、と思ってくれたらしい。先ほどまで付いてくれていた神官様ではなく、急に呼んだからか初めましてな男性神官様だった。男性目線で、ナシと判断されたのは大きい。手を引いてもらって退出しようとする。
「え、ちょっと待ってくれよ!」
「失礼します」
おざなりに頭を下げて退席する。後ろでわあわあと騒いでいる声が聞こえていたけれど、そのまま無視して元の控室に戻っていく。
「お疲れさまでした」
「…急にすみません、助かりました」
対面と同時に終了のベルなんてあんまりないだろうな、と思って、とりあえず退席に付き合ってくれた神官様に頭を下げる。大丈夫ですよ、と慌てたように取りなされた。出されたお茶を飲んでホッと一息吐く。
「一応ですが、事情を確認しても?」
「はじめましてと挨拶した瞬間にベールを取るように言われたので呼びました」
「…それ以上の会話がない、と?」
「ないですね」
「…承知いたしました。お相手には、お顔が必須条件であればその旨を前提としていただくようお伝えいたします。お顔は条件に入っていらっしゃらなかったですね?」
「正直顔は二の次、三の次ですね…」
「かしこまりました。…お断りされるのは承知していますが、改めて担当神官を連れてまいりますのでお待ちください」
頭が痛そうな顔をしながら男性神官様が退席する。頂いたお茶で口を潤しつつ、足を伸ばしてぼうっとする。十分もしないでパタパタと忙しない足音がして、今日の最初から担当してくれている女性神官様がノックをして入ってきた。
「アイシャさん、大丈夫でしたか?」
「いろんな人がいるんだなあ、と驚きましたが大丈夫です」
「今までトラブルのない方だったはずなのですが…」
「え、そうなんですね?」
どうしてこうなった、という顔をしている神官様に、こちらも驚いてしまう。あのオラオラ感は今までにも何かしら起こしていると思っていた。
「とりあえず、尊重してくれる方、という点からは明らかに逸脱しているためお断りで」
「勿論です」
災難でしたね…と労わられて、まあいろんな人がいますねえ、とのほほんと返す。相手の条件に最初から顔が入っているんであればこちらも顔を見せるのはやぶさかではない。けれどだまし討ちのような感じで見せろと詰められたのが気に食わない。女性同士の方が共感できるのか、ないわーと先ほどの三位さんについて吐き出す。
「いやでも、あの感じで相性三位なんですよね…? 二位の方もあんまり合う感じなかったですし…皆さんこんな感じなんですか…?」
これはもう一位さんに会う必要性もあるのか、というレベル。マジでマッチングアプリくらいの精度だ。マッチングアプリの相性診断でめちゃくちゃ相性良かった人でも、所詮はAI判定とかだから全然合わなくて初回デートでさよならバイバイも結構あった記憶。
「現状登録されている中での相性の良い方、ですので…また新しい登録者様が増えれば、今より相性の良い方をご紹介できるケースは多々ございます…」
「あー…登録者次第、ですもんね…」
マッチングアプリでも登録した時期とかで出会える人も違ったし、まあそうか、と納得する。それはそれとして。
「ちなみに一位の方と二位の方って、どのくらい相性の良さに差があるんですか…?」
「差、ですか?」
「一位の方も二位の方も、どっちも大差ないのであればお相手の方も乗り気じゃないなら会う必要性あるのかな、と。勿論会いたくないわけではなく。もし二位の方よりもっと相性が良いんであればお会いしてみたいです」
正直、どのくらい相性がいいのか、次第だなと思う。三位さんは正直、相性の良さ云々以前だったし。二位さんは…まあ、盛り上がれれば話は楽しかった。ネガティブさに私が耐えられそうなだけで。だから二位さんより断然相性が良いなら、会ってみたいなと思う。大差ないならちょっと疲れそうなので遠慮したいところではあるけれど。
「それで言いますと…」
「はい」
「正直、二位以下の方にお会い頂く必要ないかなというくらい…良いようで…」
「は?」
この流れでめちゃくちゃ相性良いらしい人がいるって、そんなことある? ここまでの二人そしたら必要だったのだろうか。ただ気疲れしただけなんだけども。いやまあ、一位さんは心の傷を負ってるみたいだから、そこを慮ったら致し方ないのかもしれないけれど。
「本当にすみません…お相手の方から見ても、過去一番アイシャさんが相性は良いんです。けれどこれまで、どんなに相性の良い方をご紹介してもダメだったので…先方のご意向を優先させていただいたのですが…。疲れられましたよね…」
「いやあ…まあ、これが永久に続いてるんだったら一位の方の心が折れるのも正直しょうがないなと思うので。だからもしお相手の方が会っても良いと思ってくれるなら、会いたいです」
あくまでも前向きに。圧倒的一位なら、結果がどうあれ会ってみたい。とりあえず一位さんは不憫属性らしい。不憫、オドオド、オラオラが上位三位の相性ってラインナップの癖が強すぎる。
「ではお相手の都合を伺って改めて日程調整させていただきます。お相手のご意向で、最初から先方はお顔をお見せしたいと伺っていますが、アイシャさんはお顔を隠されたままで構いません」
「それは…見た目で今までダメだったから、ですか?」
「はい…」
「分かりました、お相手の意向に従います」
「ありがとうございます、そのようにお相手にもお伝えさせていただきます」
お相手の資料をざっくり見せてもらう。職業冒険者、の文字に思わず固まる。まあ、ギルド関係者がマッチングする可能性は十二分にあったから想定内。義父母に先に話を通しておいて良かったし、顔出ししない判断をしたのが結果オーライとなった形でホッとする。
「では日程が決まりましたらお知らせいたしますね」
「よろしくお願いします」
一位さんは結構年上らしい。年上の冒険者、それでいて独身となるとそれなりに絞られる。けれどもパートナーの有無をちゃんとは知らないし、ちゃんと聞いたら単に冒険者としてのパートナーでそれぞれフリーだった、みたいな話もあるから、どの人が対象になるのか想像できない。それなりに大きい街のギルドなので、所属人数も多いのだ。
「おはようございます」
「おはよー」
「おはよう」
翌日。夜勤組に差し入れのコーヒーを片手に出勤する。書類整理をしてくれていた同僚たちにコーヒーを配りつつ、昨日の休み中に発生した申し送り内容を確認する。
「…あ、やっぱりここの研究室から連絡来たんですね」
二位さんが所属してるんじゃないかと睨んでいた研究室。案の定そこから納品形態の変更についての連絡が入っていたことのメモがあった。想像より早かったけれど、やっぱりだ。
「んー? ああ、毒研究のとこ。やっぱりって?」
「あ、いやー…ちょっとね。納品について雑談ベースで聞いたから、正式には依頼してほしいって話して」
「なるほどねー。昨日夕方くらいかな? 急にふらっと来て、依頼してきたから何があったのかと思ったんだよね」
「変更は次回から?」
「いや、向こうで納品用の樽用意してくれるらしくて、それから変更だって」
「ふうん」
いろいろ気にしがちな人のようだったから、突然ではなく猶予の配慮もしてくれたらしい。もしかしたらこちら任せで想定と違ったら嫌だったのかもしれないけれど、配慮と思っておこう。まあもう会うとしても個人的に会うことはない人だからどうでもいいけど。
「そういえばさあ、教会のアレ行ったんでしょう? どうだった?」
「んー…とりあえず今回会った人はお断りした」
「え、微妙だったの?」
「一人の方はなんというか…惜しい感じで、もう一人は絶対ないなって感じ」
「会計の子はすぐにいい人見つかって結婚してたけど、見つからない人はなかなかって言うよね」
「全住民が登録してるわけじゃないしねえ…登録してる人の中から相性いい人探すんだったよね?」
「そう。だからタイミングかも」
「あー、かもねえ」
仲のいい同僚にぐいぐい切り込まれたので言葉を濁す。私の場合、の結果だからもしこれで教会に行く人を減らしてしまうのは本意ではない。これで似たサービスが他にもあれば、合うサービスを探そう、の話で終わりなのだけれど、今世では唯一無二なので。あまりネガキャンもできない。メリットもないし。
「今、良いか?」
「はーい。おはようございます。どうぞ!」
「おはよう。この依頼なんだが…」
「はい、確認いたします」
書類整理をする手は止めないままだらだら話していると、カウンターの向こうから冒険者に声を掛けられる。募集をしていた依頼の受注希望だったので、条件のすり合わせと予定納期を調整して正式依頼する。
「では当該依頼につきまして、ご依頼者様に受託頂いた旨のご連絡させていただきます。予定納期は一週間後。大幅に遅れられる際には、可能な限りご連絡を頂けますと幸いです」
「承知した」
「ありがとうございます。それではお気をつけていってらっしゃいませ」
依頼難易度と今の冒険者のランク的に、何事もなければ余裕をもって納期に間に合うだろう。受託された依頼を処理していると、ギルドの扉が開く音がして、そちらに目線をやる。
「お、アイシャちゃん居たか。おはよう」
「おはようございます!」
「この三つ、受注したいんだがいいか?」
「確認しますね」
入ってくるなり声をかけてきてくれたのはバルドさんだった。依頼を一覧で貼ってある壁に寄らず、持っていた用紙をそのまま渡される。多分直接の指名依頼が入ったのだろう。確認すると、案の定だったので依頼登録から進める準備をする。
「全部短納期ですけれど、どのくらいで納期設定されますか? 全部同じダンジョンじゃなかったらある程度かかりますよね」
「この二つは同じダンジョン、こっちは途中に寄れるから十日くらいで設定しといてもらえるか?」
「かしこまりました」
「で、この納品終わったら三、四日休みを取りたいから、指名依頼を止めておいてもらえると助かる」
「はい! お休みも必要ですからね、勿論です」
休まないとガタが来る、と言ってバルドさんは定期的に休みを取る。他の冒険者は、休んでる間に他の人に指名依頼を取られてしまうかもしれない、と戦々恐々としている中、真逆だ。
休んでいる分なのか、バルドさんの仕事ぶりの安定感は各依頼者からのお礼の言葉をまとめているとよく分かる。手に職が全て過ぎて社畜上等なこの世界で、前世でもかなりホワイトな考え方で素晴らしいと思う。
「じゃあこちらで依頼受託通しておきますね。お気をつけていってらっしゃいませ!」
「ありがとな、行ってくる!」
ニカ、といい笑顔でバルドさんは手を振って出ていった。受け取った三件の処理が必要だから、受付カウンターから下がって、ちょっと奥の事務机に移動する。
「バルドさんからお休み申請あったので新規指名停止でお願いします!」
「はーい」
「新規依頼の処理終わったらお休みの方も処理します」
「はーい」
書類を片付けつつ、タイムラグが起きたら困るものだけ口頭周知する。ひらひら、と周りの同僚から手が振られたりオーケーの声が返ってくるので、良しとして作業を進めた。
「終わったあ」
「さすがバルドさん。指名依頼、外でも取ってきちゃうのすごいよね」
「ね。依頼登録と受託登録同時にやるのも慣れてきたよ…」
「嫌な顔せず対応してるアンタも凄い、お疲れ様」
「いえーい」
指名依頼を自分で取ってくる人は少ない。取ってきても条件的に一回ギルドが間に入って調整し直して、というケースがほぼ。一方でバルドさんが取ってくるものは絶対にそういうのがないから、こちらも安心して受けられるし、いってらっしゃいを言える。
まあレアケースだから、依頼の登録とそれの受託登録を同時にやることはほとんどない。そうするとこれを処理できる人間も限られているわけで、同僚から私まで褒めてもらえた。
「──そういえば、この間の新人、怪我してしばらく休業らしい」
「あーあの疲れて切ってた…」
「そりゃ怪我するわな」
少し離れたところで、冒険者同士が話しているのが聞こえる。依頼を限界まで詰め込んでいたらしい新人冒険者が一人、肩を故障してしばらく休業せざるを得なくなったのだそう。
ブラック企業もびっくりだな、とぼんやりと聞き流す。そういう意味でも、バルドさんの働き方は尊敬できる。冒険者じゃない私が分かったようなことは、言っちゃあいけないのだろうけれど。
「今日はよろしくお願いします」
それから十日ほど経って。私はまた教会にやってきていた。相性一位さんの予定が空いたらしい。昨日連絡が来て、今日から三日間で都合のいい日はあるか聞かれたので、偶然にも休みだった今日を指定させてもらった形だ。
「よろしくお願いいたします。…あまり気負わないでくださいね」
「はい」
ベールを被らされて、対面の場へ。扉代わりのカーテンを抜けた先、既に私を待っていたその人を見て、私は息を飲んだ。
「――バルドさん…?」
いつもの仕事用の装備ではない、ラフな白いシャツ姿だから面食らったけれど、既に座ってこちらを待っていた人物は、見間違えようもなくバルドさんだった。あまりに見知った顔に、驚いて声が漏れてしまう。
「……はじめまして、じゃなさそうだな。まあギルドの子ならそれはそうか。相手が俺で嫌じゃなければ…座ったらどうだ?」
こちらの出方をソワソワと見つつもめいっぱい気遣う声音に、ドッと肩の力が抜ける。とりあえず椅子に腰を掛けて、さてどうしようかと思案する。見知った人が来る可能性しかなかった、けれど、これは想定外すぎた。
「あー…何から話すか。知ってるだろうが冒険者のバルドだ。オッサンが相手ですまない」
へにゃり、と笑うバルドさんにいつもの快活さはない。自信の無さそうな、不安そうな表情は見たことの無いもので心がソワソワとする。と、同時にひとつ懸念点が浮かんだ。
「あ~バルドさん」
「なんだ?」
「私も、これ…ベール外して良いですか?」
「え、あ、いや…俺はいいんだが、その、俺が知ってしまって、大丈夫か?」
多分、私と知らないで今日を終えて。そうしたら今度顔を見て話すとなったときに絶対気まずくなる。もしも次がなかったとしても、私が気まずい。普段のやり取りで、うまくやれなくなる自信がある。
バルドさんの気遣いは尤もだし、ありがたい。相手が私じゃないギルド職員だったら必要なものなのだろうと思う。彼の動揺は分かりつつ、良い、という言質を得たので勢いよくベールを外した。
外したベールの先、バルドさんが目を見開く。
「アイシャちゃん…?」
「はい。…私って知らないまま話してたら、多分この先、気まずいかなって。すみません、独断的に」
「い…いやいやいや! 有難い、有難いんだが…アイシャちゃんが…?」
勝手に判断して動いたのは私なので、素直に頭を下げる。多分バルドさんもこの先の気まずさについては思い至ったのだろう。有難い、とは言ってくれるものの、それよりも相手が私、ということに衝撃を受けているらしかった。フリーズしているのを、とりあえず待つ。
「私もめちゃくちゃ驚いてはいるんですが…圧倒的に相性一位って聞きました」
「…俺も、なんだが…嘘だろ…?」
正直、私としても相手があまりに見知った人で驚いては、いる。けれどもそれ以上に、納得もしていた。恋愛的な意味で好きになれるかどうかは、分からない。けれど人として尊敬していて、好意を持っている相手であることは事実。前世を思い出したらなおのこと、バルドさんへの好感度が上がってもいる。
バルドさんからしても、相性一位、らしい。頭を抱えて机に突っ伏してしまった、珍しく取り乱している姿を見て笑う。
相性がいいと言われたからとして。私はそうか、と割と素直に受け止めているけれど、彼が受け止め切れるかは別だろうな、と冷静に思う。
バルドさんから見て、私は先輩の娘であり友人の養女。親戚のお兄さん的ポジションでかわいがってくれていたんじゃないか、と思う。恋愛対象外であることは、まず間違いないだろう。そうなった時に、すぐに切り替えられるかって結構難しいと思う。倫理観的にも。
「…アイシャちゃんは、」
「はい?」
「アイシャちゃんは、嫌じゃないか?」
「何がです?」
「え、あー…それはほら、相手がこんなオッサンで」
快活なバルドさんにしては珍しく、歯切れ悪く問われる。これはお断りと、どっちの意味合いの逡巡だろうか。あー、と顔を両手で覆ってしまっているから、その表情から何かを読み取ることはできないまま、素直に返す。
「嫌じゃないです」
「気は使わなくて、」
「気使って言ってるわけじゃなく。嫌じゃない。…バルドさんが相性のいい人なら、私はむしろ嬉しいです」
素直に思ったままを言う。顔を上げて目を見開いたバルドさんは、今度こそ言葉を失ったようだった。
「逆によく知ってる小娘が相手って、バルドさんの方が嫌…というか、恋愛対象として見れないんじゃないかって気になってます」
さらに素直に言葉を重ねれば、バルドさんはまた顔を両手で覆いながら、何事かをもごもごと言っている。内容は聞き取れなかったけれど、即無理、ではなく一応悩んでくれる程度ではあるのだろう。
「バルドさんさえ嫌じゃなければ、このまま、またお会いできればと思います」
「……アイシャちゃんが、良いのなら」
「お互い顔を知ったあとは外で会って良いんでしたっけ? 教会で会うのも良いんでしたよね。外で会うかどうかは、バルドさんにお任せします。……一応私は、外でも良いとだけ」
先に衝撃から復活した側だし、割と受け入れている側でもあるから、基本的にはバルドさんに委ねる形にする。バルドさんは多分だけれど、元々断られる前提でもいただろうから、混乱のダブルパンチもいいところだろう。
バルドさんが混乱から復活する前に、対面時間が終わってそれぞれの元に神官様が来る。私がベールを外しているのに双方の神官様は驚いていたけれど、にっこりと笑って見せれば、心得たように微笑んで頷いてくれた。
それから勝手知ったる控室へ。出されたお茶で喉を潤しつつ、神官様からヒアリングを受ける。
「お疲れさまでした。ベールを外されていて驚きましたが…いかがでした?」
「正直驚きました。でも…」
「でも?」
「率直に、お相手がバルドさんで良かったなって、思います」
神官様は、まあ…とほんのり頬を染めて口元を両手で覆う。まあ会うより前からバルドさんのことを良い人だと断言しまくっていた人だし、思うところはあるだろう。あと単純に、教会関連の人は、この国の宗教観的にもロマンチストが多い。これはもしや、私の心情を誤解されていかねないな、と口を開く。
「兄的な存在としてずっとお世話になっていた方で、人として尊敬もしているし、良い人なのも知っています。恋愛面でどうかはまあ、知りませんけど。でもそういう前提があるから、結構信頼というか…安心して話を進められそうかなと。相性も断トツで良いのなら、なおのこと」
「そうでしたか。…そうですね、アイシャさんは尊重してくれる方、が一番の条件でしたし、その部分で考えるとこれまでのご関係があるのは安心ですね」
「はい。気になったんですけど、今回みたいに知り合い同士が紹介されるケースってあんまりないんですか?」
「そうですね…あまりない、ですね。お知り合い同士で相性が良い方であれば、こちらにいらっしゃる前にもう、お付き合いに進まれているケースが多いかと思います」
「あー…なるほど」
そりゃあそうか、と納得する。バルドさんの場合、結構な人と会ったみたいだから、ギルド関係者にも会っていたんじゃないかと思ったけれど、確かに既に顔見知りで相性が良いなら教会を介さなくても関係性は前進するだろう。ということは、バルドさんはきっと、関わりの薄いギルド関係者が出てくると思っていただろうし、あそこまで動揺していたのにもより納得する。
とりあえず。今日の対面についてのフィードバックとして、私からはバルドさんとまた会いたいこと。顔も明かしているし、何なら顔見知りだし、この先の付き合いについては教会の外でも良いことを伝えて、教会を後にする。
神官様にはついでに、バルドさんとどうなるかが決まるまで、次の紹介はバルドさんと同じくらい――というかそれ以上に相性いい人以外は断ってもらえるようにお願いしてきた。正直、面倒くさいが八割、残り二割は相手がバルドさんだから、というところだ。前世のマッチングアプリなら、同時並行で何人にも会ったりしたけれど、今世はそんなに手軽じゃない。それにバルドさんに対しては、結果がどうなるかは分からなくても、誠実でいたいな、と思った。
そんな事を思いながら翌日出勤すると、どこから聞きつけたのか同僚から今度の人はどうだったかと聞かれたので、とりあえずまた会うことにした、とだけ返しておく。どんな人かは話がまとまりそうになったら教えると約束して仕事に集中する。
会える時は頻繁に会えるし、会わない時はめっきり会わない。冒険者であるバルドさんと受付嬢の私の関わり合いは元々そんな感じなので、あの対面以降、しばらく顔を合わせることもなかった。避けられているとも思わないものの、ちょっとソワソワするのは事実。
「マスター、一人なんだけど大丈夫?」
「おう。カウンターで良いか?」
「大丈夫!」
ソワソワ、モヤモヤとした気持ちがどうにもならなくなったので、仕事終わりにマスターの元へ。仕事終わりにエールを流し込めば、まあスッキリするだろうという即物的な考え。
エールと軽いつまみを頼んで、明日と明後日は久しぶりに連休だしめいっぱい飲むぞとどうしようもない決意をした私は、そこから一時間もしないうちにアルコールを感じられなくなるなんて、思ってもみなかった。
「――その、この間は驚いて…ろくな話も出来ずにごめんな」
「い、いえいえ。そんな…」
エールを三杯ほど飲んだ頃。偶然にもバルドさんが一人で来店し、マスターは良かれと思って顔見知りの私の隣へ通した。それだけの話ではある、が。私達は何せあの教会の対面以降会っていなくて、ソワソワとした気持ちのまま乾杯する羽目になった。そうして、無言のまま二杯一気飲みしたバルドさんがようやく口火を切った。
「アイシャちゃん、近いうち休みはあるか?」
「えっと…とりあえず明日明後日と、その次は五日後ですね」
「そうか…明日の予定は?」
「特には……」
「……じゃあ、その、一緒に…出掛けないか?」
「も、勿論! 是非」
お互いに顔見知り、というのがこうもくすぐったくなる日が来るなんて。バルドさんの照れたような誘いは明らかにデートのお誘いで、それに食い気味に返す。
待ち合わせだけ決めて、明日が午前中からデートだというなら、深酒するわけにはいかない。四杯目のエールを一気に飲み干して、マスターに会計を頼んだ。
「お? 今日は飲んだくれるんじゃなかったのか?」
「明日大事な予定が入ったので! 飲んだくれるのはまた今度にします」
からかうマスターににっこりと笑って返せば、バルドさんは固まり、マスターは楽しそうににんまりとした笑みを私たち二人に向けた。
「そりゃあそうだな。明日の感想、今度聞かせてくれよ」
「考えておきますね。じゃあ、バルドさんお先に失礼します」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
フリーズしたままのバルドさんの肩をポンと叩きつつ、会計を済ませてマスターに挨拶をして店を後にする。教会のあと、最初に顔合わせたのが仕事じゃなくてよかったかもしれない。スムーズにデートの予定がまとまって何より。明日は何を着ようか、真剣に悩みながら部屋に帰った。
「バルドさん! おはようございます」
「おはよう。ごめん待たせたか?」
「いえ、今来たところですよ」
街の中心部の時計台脇。いつもは混みあうド定番なデートの待ち合わせスポットも、朝食時を少し回ったくらいの早い時間であれば、少し空いている。Aラインの白いシフォンスカートに、ラベンダーカラーのざっくりとした網目の薄でのニットカーディガン。分かりやすくデートっぽい服装…というか、普段の仕事の服装とイメージを大分変えた服装に、私を見つけたバルドさんは目を見張った。
「…いつもと、大分雰囲気が違うから、その…見違えたよ」
「良い方でとらえておきますね」
ふふ、と笑う私を、バルドさんはまぶしそうに目を細めて見た。そして胸もとで目線が止まる。
「それ、」
「気づきました? この間貰った鉱石、加工してもらったんです」
胸元で揺れていたのは、先日受け取ったばかりのバルドさんから貰った鉱石のネックレス。バルドさんの目は不思議な色をしている。桃色と淡いグリーンが混ざった、春の色。ふふん、と胸を張る私に、バルドさんはちょっと照れくさそうに微笑んでくれた。
バルドさんは、顔に大きな傷がある。それから色味はやわらかいのに、目元がきりっとしているから、ちょっととっつきにくく見える。この世界では何故か珍しい黒髪というのもあるかもしれない。あと体格が良い。胸筋がしっかりした前世で言う、ラガーマン的な体型。真顔だと確かに、怖いかもしれない。見慣れているから私は何とも思わないけれど。今みたいに微笑んでいる顔は、むしろかわいらしいと思うのに、何故今まで怖がられてきたんだろう、と疑問符しか浮かばない。
「どこ行きます?」
「あー…朝は食ったか?」
「いえ、まだ」
「じゃあ食いに行こう。南通りにこの時間ならパンの屋台が出てるんだ」
「南通り! ほとんど行ってないのでオススメ知りたいです!」
じゃあ行こう、と言って並んで歩きだす。手をつないだり、腕を組んだりはさすがにないが、人も少ないし、歩調も緩めてもらっているから、はぐれる心配はなさそうだ。
「アイシャちゃん、結構いろんなとこ食いに行ってなかったっけ?」
「中央と西はほとんど制覇しましたよ。南通りはちょっと遠いじゃないですか」
「あーギルドからはちょっと離れてるか。」
聞けばバルドさんの家は南通りの方らしい。ギルドに用がある時は専らマスターのところで昼を食べ、休みは南通りを中心に食べ歩きをしているのだという。
「えー決めきれない…」
「どれだ?」
「これとあれと…あとこっちのふたつも美味しそうじゃないですか?」
「今言ったのは全部美味い。っつーか俺のオススメのばっかり選ぶなアイシャちゃん」
「え、そんなことあります?」
オススメだというパンの屋台はどれも美味しそうで、決めかねたメニューを告げれば全部バルドさんの好きなパンだったらしい。気になっていたのを全部買ってくれて、ついでに近くでコーヒーも買って二人で大きめのベンチに陣取った。
半分こ、は私には流石に多いので大きめの一口分ずつくらいをちぎって全部食べさせてもらう。残ったら全部余裕で食べられると言ってくれたバルドさんに全力で甘える形だ。
「うわあ、これ塩気が最高…こっちはハーブ…? 風味が良いですね…」
「今は焼きたてだからこのままで良いが、持ち帰ったりしたらオーブンでチーズ乗せてカリカリに焼くと酒にも合うぞ」
「あっ絶対美味しい」
独り身が長いから簡単な自炊はするのだと言うバルドさんのアレンジレシピは、想像からして最高で絶対今度食べるぞと心に決める。そして何より。
「案外、趣味と食の好みが被りますね?」
「……そうだな」
思い返せば今まで世間話はしても、パーソナルな話をする機会がなかった。
蓋を開けてみれば、お互いに食べ歩きが好きで、酒も好き。酒が進むつまみを作るのも苦じゃない。味覚については今食べているパンで分かる部分。
他には、今世での数少ない娯楽の中ではお互いに読書が好きだと分かった。これはかなり珍しい気がする。大道芸や大衆演劇を好む人の方が大多数なので。
「本は何を読むんだ?」
「何でも読みますよ。それこそ幼少期…義父母じゃなく、両親がよく図鑑で読み聞かせをね、してくれたんです」
「図鑑で?」
「本て高いじゃないですか。でも仕事でも使うものならある程度の値段かけられるし、元々家にあったし。だからちょうどよかったんだと思います」
「…じゃあ、アイシャちゃんも魔物の知識はあるんだな」
「昔の図鑑に書かれてたくらいなら」
両親との昔話など、今まで誰にしたこともない。なんなら義父母にも。バルドさんは絶対に笑ったり馬鹿にしたりしないっていう、安心感があるからこそ言える。
「そうか…ヒューイさんたちが読み聞かせしてたから、アイシャちゃんは本が好きになったんだな」
「そうですね。両親が読み聞かせしてくれてなかったら、こんなに好きになってなかったと思います」
「最近だと何読むんだ?」
「一番最近読んだのだと…ルルド冒険譚?」
「あれか! あれ面白いよな」
「バルドさんも読まれました?」
ヒューイとは私の実父。バルドさんは私の両親が一時期面倒を見ていた後輩らしい。懐かしそうな眼をするバルドさんの様子に、私の胸にもちくりと寂しさのような感情が浮かぶ。
そこからベンチでコーヒーが冷め切るまで、最近読んだ本から好きな作家の話まで、多岐にわたって話し込んだ。好きな作家はさすがに違ったけれど、ジャンル的には好みが被りそう、という結論に至った。そこまで話し込むと趣味友達くらいには距離が縮まっていた。趣味が一緒、というのは何とも分かりやすい足がかりである。
「今度は図書館に行くのもありかもですね」
「いいな。お互いオススメ紹介し合うか」
「それ最高ですね!」
冷めきったコーヒーのカップを捨て、屋台街を歩く。飲食店以外にも雑貨の屋台もあって、前世の露店に近い感じなのだ。ブックカバーと栞のお店をちょうど見つけたので入り、お互いに気に入るものを探しながら雑談を続ける。
「あ、これ使いやすそう」
「おー。良い色だな。こっちに綺麗な栞あったぞ」
「ステンドグラス風…? 素敵ですね」
私が手に取ったのは皮製品を染め直してリサイクルしたというブックカバーだった。リサイクルだから一つずつの個体差は大きいものの、全体に皮が柔らかく、手に馴染む感じが良かった。
バルドさんが見つけてくれたのは、いろんな端材を組合せてステンドグラスのような見た目に整えられた栞だった。厚みは少しあるものの、綺麗なのと一つずつデザインが違うので、ぱっと見で自分のものと分かる感じがとても良い。
「良い買い物できましたな」
「ですね」
それぞれ同じシリーズのブックカバーと栞で気に入るデザインのものを選んで買った。ほくほくとしながら店を出たところでハタと気づく。
「…最初のデートでお揃い買うって、相当相性良くないですか」
「ぐっ…!」
驚いたのか、気管に空気が入ったのか。急に咽るバルドさんの背中をポンポンと叩けば、落ち着くにしたがってボボボッとバルドさんの頬が赤く染まる。
「大丈夫ですか?」
「すまん、落ち着いた…」
「よかった」
赤くなった頬を隠すように、片手で顔を覆ったバルドさんは、はあ、と大きく息を吐く。それから赤い顔のまま、私と目を合わせた。
「アイシャちゃん」
「はい」
「…この先、その…前向きにできれば、お願いしたいん…だが」
「はい?」
「ヒューイさんたちに挨拶に先に行きたいのと…あと、ギルマスたちにも殴られに…行ってからで…」
殴られる前提なのか、という気持ちと。両親に手を合わせてくれる人であってほしい、という希望を先に汲んでもらえた嬉しさだとか。いろんな思いが到来して、気の抜けた変な笑顔になる。
「そこ、殴られる前提なんですか?」
「いやそりゃあ…俺がギルマスなら殴るだろうから…」
バルドさんが交際について腹をくくってくれた、ということで。ぽそぽそと歯切れ悪く話すバルドさんと腕を組んで、昼過ぎから飲める店を探して歩きだす。まだまだ私たちには、会話が足りないからだ。
「そういえばバルドさんのお相手への希望条件って何だったんですか?」
「あー…一番最初に出したやつか?」
「そうです。最早最近だと、俺を怖がらないヤツくらいになってそう」
「いやうん…おっしゃる通り。最初…最初は確かあれだな、冒険者の仕事に理解をしてくれる人、だったな」
ギルド受付である私は確かにそれにばっちり当てはまるな、と二人でなんとなく頷き合う。逆にアイシャちゃんは? と問われて、素直に返す。
「尊重してくれる人で命令口調じゃない人、ですね。…あと希望には出してないですけど、両親と義両親どっちもに会ってくれる人だといいなと」
「!」
教会に出していない希望まで、先に叶えることを言ってくれた。それがどれだけ大きいか、多分バルドさんならわかってくれるだろう。目を見開いた後、顔全部をくしゃりとさせて笑ってくれた。
「…相性断トツ一位、って伊達じゃないのかもな」
「ですね」
「…まあ、ちゃんと付き合うとかそういうのは、色々挨拶してからとして…」
──これから末永くよろしくな。
顔を真っ赤にして、くしゃくしゃの笑顔で手を差し出すバルドさんはいつもの堂々とした態度と違って、ちょっと幼く見えた。迷わずその手を取る。私より体温が高くて、硬い大きい掌。しっかりと握手して、それをつなぎ直して歩き出す。
「とりあえず今日のうちに、色々、知らないこと話しましょうか」
「それがいいな」
つないだ手の温度は何故かしっくりきていて、違和感がない。それが何より大きい。今までのちょっと距離の近い顔見知り──より、半日で一気に近づいた距離感で、連れ立って歩く。
翌日も二人して休みで予定もない、とわかってすぐに、両親の墓参りに行き、義両親に挨拶に行って、ギルドのロビーでバルドさんに正式に交際を申し込まれるなんて、この時の私は知る由もなかった。それどころか、私とバルドさんが付き合うと聞いた義兄が慌てて帰ってきたり──前世で私の死因になったクズな元カレが執念で今世追っかけてくるなんてことは、勿論この時二人とも、思ってもいない未来だった。けれどそれもちゃんと乗り越えられたのはなんというか。
天使様の言う通り。丸く収まるもんだなと、ハッピーエンドの先でバルドさんと二人、寄り添って笑い合った。




