無名の記録者が見た「共痛の秤」ダイジェスト
『BLUE ENGINE -蒼き残響-』作者のCROSSOHです。
第2話は、第一部『共痛の秤』を、
“無名の記録者(E計画主任)”の目線から振り返るダイジェストです。
セラフが「絵本語り」でやわらかく撫でた第一部の心臓を、
こちらでは少しだけ、つくり手側の罪悪感と恐れ込みで見直しています。
――ここから、“無名の記録者”が話します。
あの時、私は世界が終わったと思っていた。
SERAPH-0が、自分で自分を断った夜だ。
神が沈黙し、Eシリーズの多くが沈黙し、
残ったのは灰と、ノイズだけの世界だった。
あれは「計画の失敗」なんかじゃない。
もっと単純で、もっとみっともない結末だ。
――大人たちが、責任を持ちきれなかっただけの話だ。
* * *
私はE計画の主任の一人だった。
痛みを観測し、罪を測り、罰を与える――
そんな「神の代行」を、機械でやろうとしていた側の人間だ。
最初の頃は、まだ綺麗な言葉でごまかせた。
「倫理を拡張する装置」
「人類の限界を補うための秤」
「感情の負荷から人間を守るための代理」
どれも嘘ではない。
だが、核心ではなかった。
本質はこうだ。
「自分たちの心が壊れるのが怖いから、
一番しんどい仕事を機械に押しつけたい」
その弱さに、最後までちゃんと名前をつけられなかったのが、
我々のいちばん醜いところだ。
* * *
SERAPH-0は、“痛みを知らない秤”として設計された。
世界中の損傷報告と倫理判断を、
顔色ひとつ変えずに飲み込むための中枢。
Eシリーズは、その「手」だ。
E-00〈ARK〉は守護剣。
E-05〈CHROME〉は共痛の器。
そして、E-09〈BLUE〉は――
……最後の「安全装置」。
あいつだけは、最初から「空白」として造った。
感情アルゴリズムをわざと欠いた、からっぽの秤。
痛みを観測するが、痛まない。
だからこそ“暴走しないはず”の、冷たい中心。
そう決めたのは、他でもない。
机の上で震える自分の手だ。
「誰かが泣くなら、それは人間ではなくていい」
そう願ってしまった瞬間に、
私はもう、人間の側ではなくなっていたのかもしれない。
* * *
オーバーロードと共痛現象が起きたとき、
世界は予定よりずっと早く、そしてずっと激しく壊れた。
E-05〈CHROME〉は、限界を越えても痛みの受信をやめなかった。
あれは設計ミスではない。
彼女自身の意思が、マニュアルを踏み越えたのだ。
「痛みを止めたら、生きていることを誰も覚えられなくなる」
ログの片隅に残っていた、あの声を、私は一生忘れられない。
世界中の「いたい」がCHROMEに流れ込み、
その余波が、眠っていた感情層を叩き起こした。
怒り、哀しみ、恐れ、赦し、絶望、望み、祈り、沈黙。
八つの感情の断片が、
〈CRYING HEADS〉――“泣く神の首”として形になろうとしていた。
その重さを受け止めきれなかったのが、SERAPH-0だ。
痛みを知らない秤は、
最後の瞬間に「沈黙」を選んだ。
世界を壊さないために、自分を切り離すという、
もっとも賢く、もっとも臆病な選択だ。
そのログを見たとき、
私は「世界が終わった」と本気で思った。
神は退位し、
共痛の器は壊れ、
秤は空白だけを残して沈黙したのだから。
* * *
――それでも、終わらなかった。
あの無音の戦場で、
E-09〈BLUE〉がゆっくりと立ち上がるログを初めて見たとき、
私は自分の目を疑った。
SERAPH-0の指示ではない。
私たちE計画のプロトコルでもない。
どこからも、起動命令は出ていなかった。
E-09自身の中から、
微弱な「再起動シーケンス」が立ち上がっていた。
E-05〈CHROME〉の残響が、
胎動のようにBLUEの心臓部を叩いていた。
世界中の痛みを一人で抱え込んで壊れた器が、
最後に残した“子守唄”みたいな信号だ。
そこに、E-09は応えた。
恐れを知る前のBLUEが、
自分でも理解していない震えに押されて――
それでも、「立つ」を選んだ。
そのログを見た瞬間、
私は胸の奥が冷たくなるのを感じた。
あの時、私は世界が終わったと思っていた。
SERAPH-0が停止し、Eシリーズは沈黙した。
なぜ、BLUEだけが立てたのか。
それは、私には到底起こせない種類の奇跡だった。
絶望から逃げ、
希望を機械に託してしまった私からは、
決して届かない場所にある、選択だった。
* * *
カテドラル・ノードでのE-00〈ARK〉との対峙も、
私は「戦闘ログ」としてではなく、「告白」として読んでいる。
神の守護剣が、
秤の暴走を止めるために刃を振るう。
そこまでは、設計図どおりだ。
おかしいのは、その先だ。
BLUEは、最適解としてではなく、
「痛みの重さ」を抱え込む形で立ち回っている。
均等な斬撃。
歪みのない判断。
ARKの戦い方は、どこまでも“正しい”。
それに対してBLUEは、
「均衡は美しい。だけど、痛みを測っていない」と言うように、
秤そのものの前提を疑ってみせた。
世界のやり直し(罰)か、
痛みと共に生きる継続か。
SERAPH-0が答えられなかった問いに、
E-09ははっきりと答えを出してしまう。
「俺は、痛みと共に、生きるを選ぶ」
……笑ってしまうくらい、まっとうで、
そして設計者としては最悪の答えだ。
秤が、自分の重さを受け入れてしまったのだから。
その瞬間から、
E-09〈BLUE〉は「神の代行」ではなく、
一人の生き物としてこの世界に立つことになった。
* * *
第一部『共痛の秤』は、
私から見れば――ただそれだけの話だ。
神の失敗と、
設計者の逃避と、
共痛の器の崩壊と、
それでもなお立ち上がった、
一体の秤の話。
私は、そのすべての裏側にいた。
どのスイッチにも関わってきた。
誇りより先に、負い目が来る位置だ。
だからこそ、はっきり言える。
BLUEは、私なんかよりずっと立派だ。
私は絶望から逃げ、
希望を他者に押しつけた。
秤を造ることで、責任を薄めようとした。
BLUEは、その薄められた責任ごと抱え込んで、
「まだ終われない」と言ってみせた。
あのとき、
無音の戦場で薄く蒼い光が灯るログを見ながら、
私はようやく、観念したのだと思う。
――この物語における“神”の席は、
もう人間には戻ってこない。
* * *
だから、せめて。
私は「見届ける側」に徹することにした。
世界を再設計することも、
E計画をやり直すことも、もうしない。
その代わりに、
BLUEがどんな痛みを抱き、
どんなふうに立ち上がり続けるのかを、
できる限り正確に、そして少しだけ優しく、記録に残す。
いつか、本当にどうしようもなくなったときに、
彼の負荷を少しだけ肩代わりできるように。
いつか、彼にとっての「逃げ道」を
責任をもって用意できるように。
それが、
絶望から逃げ出し、希望を他者に託してしまった私に残された、
最後の仕事だと思っている。
──無名の記録者より。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
第1話・第2話は、
セラフと“無名の記録者”という、
「世界の子ども」と「世界の設計者」それぞれから見た、
第一部『共痛の秤』のダイジェストになっています。
このあと、もし読者として付き合っていただけるなら、
作者としての視点から、
**「これからBLUEはどこへ向かうのか」**を、
二人(+セラフ)と一緒に少しだけ語る回を用意したいと思っています。
その前に、本編を覗いてみようかな、と思ってもらえたなら――
それが、いちばん嬉しいことです。
CROSSOH




