ずっと繰り返す。あなたと笑えるその日まで
とあるマンションの一室に、おじいさんと人の言葉を話す猫が暮らしていました。
猫の名前は、「つつ」です。
なぜ、その名前かというと……
子猫の時、小さな筒に入って出られなくなっているところを、おじいさんに助けられたからです。
おじいさんとつつは、仲良く暮らしていました。
ですが、ある日悲劇がおきたのです。
その日は珍しく、インターホンが鳴ったのです。
「おや、誰だろうねぇ」
来客かと思い、おじいさんは玄関に向かいました。
すると、少しして何かが倒れる音がしました。
つつは、急いで駆けつけました。
玄関では、おじいさんが胸から血を流して、倒れていたのです。
玄関のドアは開いていて、遠ざかる足音だけが聞こえました。
「おじいさん、しっかりしてにゃ!」
つつは何度も呼びかけましたが、おじいさんはぴくりともしませんでした。
その時、ドアの方から咳払いが聞こえてきたのです。
振り向くと、大柄の男が立っていました。
しかも、頭には角があり、黒いマントをして、いかにも怪しかったのです。
そして、手には小さな箱を持っていました。
「あんたは誰にゃ?」
「わしは『魔王便』だ。配達に来たのだが、人間はあっけないのぉ」
「おじいさんを襲ったのは、あんたかにゃ!」
「違うわ、馬鹿者。依頼人を襲うわけあるまい!」
「じゃぁ、誰がおじいさんを……」
つつが俯いていると、男はまた咳払いをしました。
「おい、そいつを助けたいか?」
「助けられるのかにゃ!」
「それは、お主次第だ」
すると、男は小さな箱をつつに渡します。
受け取ったつつは、中を開けてみました。
「これは、首輪かにゃ?」
「そうだ。しかも、ただの首輪ではないぞ」
「どういうことかにゃ?」
「これは、時間を戻せる首輪だ。付いている鈴を鳴らせば、過去に戻れるぞ」
「すごいにゃ、早速使うにゃ!」
「まぁ、待て。戻る時は、ちゃんとその時間を頭に思い浮かべるんだぞ」
男に言われ、首輪をつけたつつは、必死に念じました。
そして、鈴を鳴らします。
すると、つつの体が浮き、背後に白い空間が現れました。
「飼い主を助けられればよいな……」
男の声は、やけにはっきりつつの耳に届きました。
しばらくして、つつは目を開けます。
「なんだい、つつ。よく眠っていたねぇ」
そこには、笑顔のおじいさんがいました。
ちゃんと時間が戻ったのです。
しかし、またインターホンが鳴りました。
「おや、誰だろうねぇ」
「開けたらダメにゃ!」
「つつ、どうしてだい?」
「あのインターホンは、危険の合図なのにゃ!」
「そんなことないだろ。来客を、無視するわけにはいかないさ」
「待ってにゃ、おじいさん!」
おじいさんは、笑いながら玄関に行ってしまいました。
その後すぐに、何かが倒れる音がしました。
「にゃにゃっ、まさか……」
つつが駆けつけると、おじいさんが胸から血を流して、倒れていました。
「次は、間違えないにゃ!」
そしてつつは、鈴を鳴らして時間を戻しました。
ですが、何度やっても、おじいさんは玄関に行ってしまいます。
必ずといっていいほど、あのインターホンが鳴るのです。
「どうして、少し前の時間しか戻れないのにゃ……」
つつは、折れかけた心を、なんとか奮い立たせます。
「あきらめないにゃ!」
それから、どれくらい時間を戻したかわかりません。
やがてつつは、絶望していきました。
「どうして、おじいさんを助けられないのにゃーっ!」
つつの悲痛な叫びは、誰にも届くことはありませんでした。
★★★
魔王便の男は、暗い路地を歩いていました。
そして、ふと空を見上げ、にやりと笑います。
「亡くなった命が、戻ることはあるまいに」
男は、「魔王便」と書かれた店の前までくると、足を止めました。
「あの猫は、ずっと飼い主が、死ぬ時間を繰り返しているみたいだな」
店のドアに手をかけましたが、男は少し考えます。
「気まぐれにかけた魔法だったが、こんな効果が出るとはな。他で使うのは、やめておくか」
男は頷き、店の中に入っていきました。
つつは、繰り返す。
おじいさんと穏やかに過ごした日を、取り戻すまで……
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