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甘いものって、いかがでしょうか?




***Sideヴィオレッタ



「…すごい」



ピアスに触れて彼の名前を呼んだ次の瞬間、私はヘンリーの部屋のふかふかのソファの上に座っていた。落ちる感じでもなく、ふわりと風に流されるくらい優しくて自然だった。



「やあ、ヴィー」



にっこりと笑うヘンリーは、背筋を伸ばしてかたい勉強用の椅子に腰掛けている。



「何か飲む?」



彼の問いに頷くと、ヘンリーは軽く人差し指を振って部屋の隅にあるポットを動かした。ポットの横には、女の子が好みそうなかわいらしいカップが2つ並んでいる。



「ヘンリーってさ…ものすごく女の子慣れしてる?」



「どういう意味?」



「いや…」



優しくソファに座らせてくれるし、こんな素敵なカップまで用意している。このくらいの年齢の男子になかなかできることではない。



「あっ、もしかして彼女とかいる?」



そういえば、うっかりしていた。

学園にきてからすごくモテているのに、女の子と親密になる様子が全くない。つまりは既に相手がいると考えた方が自然だ。


ところがヘンリーは、あげていた口角をへの字にして「いるわけないでしょ」と。



あら、懐かしい表情だな。



昔は私が遊びに誘ったり、彼の意にそぐわないことを言うたびにこんな顔をしていた。そんな彼を思い出して思わず笑みが溢れる。



「なに」


「ううん、そういう顔久々に見たなって」


「なにが」


「再会してからはすっかり完璧な紳士になってたからさ」



なんとなく寂しいんだよね、そう言いかけて止まる。別に彼が過ごしてきた10年を否定したいわけじゃないのだ。



「ヴィーは、昔と今、どっちの僕が好き?」



「うーん…どっちでも。ヘンリーらしくいてくれるのが好きだよ」



「…あっそ」



ヘンリーは私を見ず、紅茶をとるために立ち上がった。トレーに乗せた二つのカップを机に置いて、それからどかりとソファに座る。狭いんだけど…?そう思ってちらりとヘンリーを見ると、意地悪そうに口の端を上げて笑った。



「僕、昔からヴィーのその顔が好きなんだよね」


「というと」


「いじめがいがある」



なんということだ。記憶が美化+修正されている可能性が出てきた。思い返せば、少しどころかすごく口が悪かったような気もする。



「ほら、紅茶」



テーブルに置かれていたカップが、彼の魔法で私の手に導かれる。



「あ、ありがとう。これ素敵な香りね。それにカップもすっごくかわいい」



「そう?よかった」



「前の彼女とか…?」



「…好きに想像しなよ」



呆れたように言いながら、ヘンリーは綺麗な仕草で紅茶を啜った。なんというか、王家で育ったからなのか、品がすごい。元の容姿が整っているのが品の良さにブーストをかけている。私みたいな弱小貴族では太刀打ちできる気がしない。きっとどこかの素敵な娘さんとお付き合いしたりしたのだろう。



「なに?」



あまりにじっと見つめてしまったので、彼の問いにふるふると首を振る。



「…なんか食べる?」



ヘンリーはそういうと、私が答えるより先にまた人差し指を振る。ぽん、と私の前に現れた可愛らしい箱。



彼の綺麗な指でラッピングが解かれ、目の前に現れたのは粉砂糖がかかったクッキー。



「これ、私が昔から好きなやつだわ」



小さい頃、街に行くと父によくねだったお店のクッキーだ。



「覚えててくれたのね」



ヘンリーは視線をこちらに寄越したが、返事はしなかった。こういう不器用なところは昔から変わっていないらしい。



私は、彼の心遣いを、ありがたく受け取った。



***Side ヘンリー



ピアスが熱を帯びた。待ち侘びていた、彼女と2人きりの時間だ。自分の部屋に汚いところはないか最終確認をして、指を鳴らす。それから、怪我がないように、ヴィーをゆっくりとソファの上におろした。



ヴィーの感心するような顔を堪能して、「やあ、ヴィー」となんでもないように声をかけた。



「何か飲む?」



今日のために、わざわざ新しいカップを買ったのだ。ヴィーが少しでもここに長くいたいと思うように、気に入りそうなものを選んだ。自分には似合わないデザインのカップは、この部屋では少し浮いて見える。



「ヘンリーってさ…ものすごく女の子慣れしてる?」



指先を動かして紅茶を淹れていると、ヴィーが恐る恐る聞いてきた。



「どういう意味?」


「いや…」



彼女が少し口篭る。途端、後悔する。このカップが裏目に出たらしいことに気がついた。しかしヴィーのために購入したことを伝えるには、僕たちの距離は些か遠すぎる。



ヴィーは勝手に思考を巡らせて「あっ、もしかして彼女とかいる?」と僕に尋ねてきた。



「いるわけないでしょ」



あまりに気に入らなかったので、今まで作っていた女性が好む紳士的な振る舞いが崩れてしまった。しかし、自分の失敗とは裏腹に、ヴィーはなんだか嬉しそうににんまりと笑っている。


「なに」


「ううん、そういう顔久々に見たなって」


「なにが」


「再会してからはすっかり完璧な紳士になってたからさ」



否定はしない。

ヴィーに好かれたいという目的もあったが、なにぶんこの方が生きやすい。人から嫌われないための、僕なりの処世術だ。だけどヴィーの顔を見る限り、彼女が求めている僕とは少し異なるのかもしれない。



「ヴィーは、昔と今、どっちの僕が好き?」



「うーん…どっちでも。ヘンリーらしくいてくれるのが好きだよ」



のんびりと笑うヴィーを見て、独占欲とも執着とも違う感情が湧いてくる。彼女の発言は僕を甘やかしているようでくすぐったくて、そっけなく「あっそ」答えることしかできなかった。



淹れたての紅茶をわざわざ運ばずとも指先一つで動かせるのに、彼女から背を向けるためにわざわざ歩いて取りに行った。ふと、昔みたいに困らせたいと思いたち、わざとヴィーのいるソファのスペースを陣取ってみた。狭いと言いたげにじっとりと視線を投げかけてくるヴィーは新鮮で可愛くて、口角があがる。


「僕、昔からヴィーのその顔が好きなんだよね」


「というと」


「いじめがいがある」



感情が豊かで可愛いし、裏を読む必要がないから安心する。不満そうなヴィーを必要以上な怒らせてはいけないと思い、猫舌の彼女に合わせて覚ました紅茶を魔法で強引に持たせた。


「ほら、紅茶」


「あ、ありがとう。これ素敵な香りね。それにカップもすっごくかわいい」


それはもう当然だ。カップも紅茶も、ヴィーが好みそうなものをつい最近購入したばかりだ。


「そう?よかった」


「前の彼女とか…?」


「…好きに想像しなよ」



恋人なんて作ろうと思ったこともない。王家が慎重に僕の相手を選んでいたことが功を奏して、僕はヴィー以外には触れずにすんだ。

僕を見つめるヴィーがなにを想像しているかはわからないが、なんとなく居心地が悪い。



「なに?」



ふるふると首を振る彼女は今なにを思っているのか。そういえば、と彼女が昔気に入っていたクッキーも準備していたことを思い出す。



「…なんか食べる?」



彼女と離れてからも思い出に縋るように何度も食べていた味だ。自分のために購入していたから、今回店員の「ラッピングされますか?」の問いに初めて頷いた時はヴィーが少し近づいたみたいで嬉しかった。



「これ、私が昔から好きなやつだわ、覚えててくれたのね」



ヴィーが弾んだ声で嬉しそうにはにかむ。誰かのためを思って何かをするのはあまりに久々ですぐに言葉が出てこなかった。いつもと同じ味のはずのクッキーが、今日は妙に甘く感じた。

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