転移魔法って、できるんですか?
***Sideヴィオレッタ
「ヴィー、少し時間いいかな?」
授業が終わると、ヘンリーは私を呼んだ。
女子生徒たちの注目を浴びて気まずく感じていると、ヘンリーは私の手を取って指を鳴らした。
浮遊感を感じた次の瞬間、私は豪華な部屋のソファに座っていた。
「えーと…?」
何が起きたのかときょろきょろと見渡していると、ヘンリーがにっこりと笑みを浮かべた。
「ごめんね、転移魔法を使ったんだ。ここは僕の部屋」
転移魔法…転移魔法!そんなもの、一部の上位魔法使いしか使えない。しかもすごい魔法陣とかを描いてようやく、だ。それを指だけでやってのけるなんて、私の想像以上にこの人の魔力はすごいのだろう。
「あれ?学園内では限られた教室以外魔法が使えないように制御がされているはずじゃ…」
「その制御魔法をかけているのは僕だからね。王宮とこの学園の。だから、僕はいつでも魔法が使えるんだ」
「…なるほど」
「ヴィーと2人になりたくて」
「どうしたの?何か困りごと?」
学園生活に馴染んでいるように見えるけど、転入してきたのだから何かと悩みもあるだろう。
「…困り事、といえばそうかもしれないな」
ヘンリーは先ほど転移魔法を使用する際に取った私の手を、より力を込めて握った。
「もう少し、ヴィーと2人になる時間が欲しいんだ」
こんなに憂いを帯びた顔でこんなことを言われるのは予想していなくて、うっかりときめきそうになる。しかし少し考えれば分かることだ。新しく知り合ったばかりの人が多い環境だから、学園ではなにかと気を張ってしまうということだろう。
「全然いいよ!問題は場所だよね」
2人きりになれる場所なんて、学園の中では寮の部屋くらいしかない。しかし男子寮は基本女子は入れないよう魔法の制限が…と考えて、ふと自分のおかれた状況に気付く。
「もちろん寮の男女の制限魔法も僕がかけてるからね」
つまり、いつでも出入りは自由ということみたいだ。制限魔法が協力が故に、校則にも書かれていない。つまり違反にも値しない。
「これをもらってほしいんだ」
ヘンリーはそう言ってポケットから箱を取り出す。蓋をあけると、小さな緑色の石がついたピアスが出てきた。ヘンリーの瞳のみたいな綺麗な緑色だと思ったけど、それを言うと特別な意味を持ってしまいそうだから黙っておいた。
「ヴィーがこれをつけて僕を呼ぶと、このピアスでわかるようなってる。だから、その時に僕が遠隔でヴィーをここに転移させる」
ヘンリーは自分の耳を触って、小さく煌めくピアスを見せてくれた。
「ここに転移できてもヘンリーがいなかったら意味ないじゃない」
「問題ないよ。僕もそのタイミングでここに転移するし」
「人といたら申し訳ないし、ちゃんと時間を約束してあつまろう?」
「…まあ、それでもいいけど」
なんでかヘンリーは不服そうだけど、こうして私たちは2人きりになる時間を設けることになったのであった。
***sideヘンリー
「ヴィー、少し時間いいかな?」
授業が終わって、誰よりも早くヴィーを呼び止めた。僕に話しかけようとしていた女子生徒達が見ているが、正直邪魔でしかない。
ヴィーの細く小さな手を取り、指を鳴らした。なんでもない風を装っているが、10年以上ぶりに彼女に触れるから、ひどく緊張した。ぱちん、と反対の手で指を鳴らして、彼女を攫った。
「えーと…?」
「ごめんね、転移魔法を使ったんだ。ここは僕の部屋」
何が起きたのかときょろきょろと見渡しているヴィーはとても可愛い。僕の部屋に彼女がいる。このまま閉じこめてしまいたいと思うが、それなら学園の寮なんかじゃなくて、もっと遠くの、誰もいない場所がいい。
「あれ?学園内では限られた教室以外魔法が使えないように制御がされているはずじゃ…」
僕の考えていることなんて何も知らないヴィーは、今起きた出来事を整理しているらしい。もっとも、知られたら逃げられるに決まってるので知られるつもりなどないが。
「その制御魔法をかけているのは僕だからね。王宮とこの学園の。だから、僕はいつでも魔法が使えるんだ」
「…なるほど」
裏を返せば、王宮と貴族達の子供達が通う学園。この国の核となる部分を僕は握っているのだ。だからこそ国は僕を敵に回さないように様子を伺いながら飼っているのだ。
「ヴィーと2人になりたくてね」
「どうしたの?何か困りごと?」
少しくらい僕の好意に気づいて欲しい。そう思いながら言ってみたけど、ヴィーの善良な心に無効化された。僕が学園生活に馴染んでいないと思ったらしい。
「…困り事、といえばそうかもしれないな。もう少し、ヴィーと2人になる時間が欲しいんだ」
諦め半分、再び一押し。ヴィーは何かを考えたかと思えば「全然いいよ!問題は場所だよね」と軽く返してきた。
だめだ、全く伝わっていない。
昔の出会い方が悪いし、弟か…最悪ペットのように思われている可能性があるな。しかし、彼女が了承してくれたのはありがたいことである。場所についても彼女が気にすることも分かりきっていた。
「もちろん寮の男女の制限魔法も僕がかけてるからね」
つまり、場所については問題ないということを暗に告げる。
「これをもらってほしいんだ」
いつ渡そうかと考えていますピアスを彼女に見せた。これはスフェーンという緑色の宝石から作らせたピアスだ。僕の瞳と同じ色なのはもちろんわざとだけど、今は言わない。
「ヴィーがこれをつけて僕を呼ぶと、このピアスでわかるようなってる。だから、その時に僕が遠隔でヴィーをここに転移させる」
ヴィーが僕を呼ぶと、僕のつけているピアスが熱を持つように細工した。熱を感じたら、僕はヴィーをここに転移させるのだ。
「ここに転移できてもヘンリーがいなかったら意味ないじゃない」
「問題ないよ。僕もそのタイミングでここに転移するし」
「人といたら申し訳ないし、ちゃんと時間を約束してあつまろう?」
「…まあ、それでもいいけど」
別に、君に呼ばれたら何もかも放り出してやってくるけど。だけど、約束がある方が安心できる。こうして、僕たちは2人きりの時間を約束した。