あとがき
この作品は「30分読破シリーズ」の本編を呼んでくださった方への感謝の気持ちとして執筆したものです。
物語の性質上、この『あとがき』にて作品内の裏話やネタバレを含んだテーマの核心に触れるため、本編の最終話までが未読の方は先に小説本編をお読みいただくことをおすすめします。
ネタバレを含む解説や僕自身の考察は、本文読了後にじっくり味わってもらえたら嬉しいです。
まずは最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
この物語は「お金とは何か」という問いをテーマにして書きました。
ある日突然、謎の老人から“一億円”をもらうという非現実的で不条理な設定をあえて持ち込み、その急に入っ大金に翻弄される大地の姿を描くことで、逆説的に“働くことの意味”を浮かび上がらせたかったのです。
大地は最初、「一億円さえあれば幸せになれる」と信じていました。多くの人もきっと一度はそう思うはずです。もちろん、使い方を誤らなければ十分すぎる大金でしょう。けれど、そのお金が彼にもたらしたのは虚しさと孤独でした。
家も車もブランド品も、手に入れた瞬間から色褪せていき、むしろ彼の周りから人や信頼を奪っていったのです。
そしてラストで大地は、自分の育てたトマトを手渡し「誰かに喜んでもらうこと」から、お金の本当の意味を知ります。
お金とはただの紙切れではなく、“誰かの感謝や信頼や報酬が形を変えたもの”。だからこそ、その対価を手にした瞬間に初めて、大地は心から「生きている」と感じられたのです。
また、大地を救うトリガーとして光井陽菜という存在を登場させました。彼女は作中では詳しく語られていませんが、活動を休止中のインフルエンサー。オンラインの世界で生きてきた彼女が田舎で大地と出会い、逆に“大地の輝き”から何かをもらっていく――そんな裏の物語を想像していただけたら嬉しいです。
老人の存在は、人生の先を歩んできた者の象徴として描きました。
柔らかな言葉でありながら、一億円を丸ごと突きつけて大地に快楽も没落も経験させる姿には、どこか恐ろしささえあります。最後の「人生なんて案外なんとかなる」という言葉は、全てを失い、もう一度立ち上がった大地だからこそ響いたのでしょう。
実はこの老人の正体は、未来の“大地自身”です。
冒頭から大地の口から出てくる「なんとかなるっしょ」という口癖が、最後に老人の言葉と重なることで、同じフレーズでも重みが全く異なるものになりました。空っぽのトランクケースは、世代を越えて受け渡されていく“ループ”の象徴でもあります。
●名前に込めた小さな遊び心
勝又大地:負けても負けても立ち上がる「勝つまた」と、最後に“地”に根付く姿から。
高原:たかる人間。
槇村:まきあげる人間。
光井:悪い相手に“貢いで”傷を負った人。
さらに、作中の電車は岐阜県の養老線をモデルにしています。登場する駅もすべて実在しており、現在は赤いシートではなくグレーに変わっていますが、作品中では過去の車体をイメージしました。
この物語が、日々働きながら「何のために生きているんだろう」と立ち止まる誰かの心に、少しでも寄り添えたなら嬉しいです。
他にもさまざまなテーマで30分読破シリーズを更新していますので、ぜひ、あわせて読んでみてください。きっとまた別の学びに出会えるはずです。
また、ブックマークや評価、感想を頂ければ次回作への参考や励みになりますので、良ければよろしくお願いいたします。