第1章 消えた被害者
むらさきいろの薔薇 第1章 消えた被害者
「あぶない!!」
思わず大きな声を上げて急ブレーキを踏む。一瞬の出来事で何が何だかわからないが,人をはねたことは間違えない。目の前が真っ暗になる・・・・そもそも私はスピードを出していない。時速50キロも出していない。突然の飛び出しだ。誰だって止まれるわけはない。悪いのは歩行者だ。
しかし急ブレーキをかけたこの場所は横断歩道だった。横断歩道を渡ろうとしていた歩行者を見逃していたのだ。確かに横断歩道の歩行者は見逃したかもしれない。しかし自殺するかのように飛び出してきたのだ。人通りの少ないさびしい道でだれも目撃者はいない。急な飛び出しを証言してくれる通行人も通りがかりの車もない。まあどちらにしても言い逃れのしようがない。
そうだ!現在時刻は夜の7時を過ぎあたりでうす暗い。横断歩道にたっていた歩行者に気づかなくてもこれはむりからぬはなしだ。それをさしひても・・・
ちょっと待て!私は何を考えているのだ。今はだれが悪いとか自分の非を軽くすることを考えても仕方がない。とにかくけが人を病院に運ばなくてはいけない。致死と致傷ではえらい違いだ。一刻も早く電話をすることだ。
車を降りるとすぐ目の前に公衆電話ボックスがあることを確認した。そこに入って119番をする。手はかすかにふるえている。とにかく落ち着こう・・・・
「はいこちら119番・・・救急ですか消防ですか」
「救急車お願いします。ここは〇〇町の・・・・です。私が車で人をはねました。」
「わかりました。すぐそちらに向かいます。」
受話器を取ると少し落ち着きを取り戻した。自分でも感心するくらい理路整然と今の自分の状況を伝えられた。次に警察に電話をする。
「どうしましたか?」
「人をはねました。今救急車を手配しました。」
手身近に状況を説明する。
「そちらに向かいますのでその場所に待機して救急車が来るまでけが人のそばにいてください。」
「わかりました・・・」
119番、110番の2件に電話するのに1分もかからなかった。
ところで・・・私ははねた人が男なのか女なのか、子どもかおとなか?全く確認していないことに気づく。ちょっと深呼吸をして電話ボックスを出ると・・・
「あれ?どういうこと?」
そこに倒れているはずの人がいない・・・
「どういうこと・・・・」
私はなにがなんだかさっぱりわからなくなる。ひいたはずの人がそこにいないのだ。ええっ??
何か私は大きな勘違いをしているのではないだろうか?私は人をひいたのではなくて、なにかがぶつかってきただけではないのか?それが風で飛んで来たとか?
人通りの少ない道路だがそれでも車は全く通らないわけではない。みな何事もなかったように通り過ぎる。ハザードランプをつけて駐車している私の車が邪魔だと言わんばかりに通り過ぎていく。
そのうちに救急車が駆けつける。わたしは茫然と立ちすくみ駆けつけてきた救急隊員に合図をする。救急隊員が2人おりてきた。
「どちらですか?けが人は?」
「あの・・・すみません。それがいないのです。」
「いない?」
「どういうことですか?」
どういうことですかって私だって同じ質問をしたいくらいだ。
続いてパトカーのサイレンがなり私たちに気づいて警察官2人がパトカーから降りてくる。
「先ほど通報の方ですね。けが人の救出は?」
「それが・・・けが人消えてしまいました。」
「どういうことですか?」
「私も何が何だかわからないのです。」
救急隊2人と警察官2人の4人に囲まれてたじろぐ私。それを見て年配の警察官の方が私に向かって話を始めた。
「わかりました。それでは私が質問しますから一つ一つ整理していきましょう。」
「あなたが自分の車ではねたという人・・・被害者ですが男の人ですか?女の人ですか?」
「え~と・・・女の人かなあ~いや男だったような~」
そんなこともわからないの?という目で皆さん見ている。その空気を察してか優しく年配の警察官は質問を続ける。
「緊張していると、わからなくなることありますよ。それじゃあ・・服の色とか覚えています?」
「服の色・・・え~~白っぽい色でした??確か・・・あっ!!違う!!紫色だ。紫色間違えない。」
警察官はなにか意味ありげに互いに目で確認しあっていた。
「そうですか・・・・これはあなたの車ですよね?」
「そうです・・・」
「そうですか・・・車はどれくらいのスピードを出していました?」
「50kmくらい・・・それ以下か・・・とにかくそんなスピードは出していない。そしたら人が飛び出してきたのです。」
「そこの横断歩道ですね。」
「そうです。急ブレーキをかけました。」
「なるほど、タイヤの跡が残っていますね。」
急ブレーキの後を確認して私の車のへこみや傷なども念入りに確認される。
「車に傷はないですね。」
「それから、車をおりてけが人を確認しようと思ったのですが、そこの公衆電話を先に見つけたので、まず先に救急車を呼びました。それから警察に電話しました。そしたらほんの1分ほどの間にそこで倒れていた人がいなくなってしまいました。起き上がって歩きだしたのでしょうか?」
「さて・・妙ですね。被害者がいないのですか?」
「私たちは念のため周りに倒れている人がいないか探してみます。」
「私も現場検証します。」
救急隊員の方はそう言ってまわりを捜査し始める。
また若い警官も現場検証を始めた。
私は救急隊の2人に深々と頭を下げた。
「人をはねたので様子を見ようと車から降りた。まずは真っ先にけが人に近づくと思いますが見なかったのですか?」
「はい、すごく怖かったのでみませんでした。」
「けが人の安否が気になるでしょう?だから一瞬は見るでしょう?男か女かくらいは思い出しませんか?・・・」
「そうですね・・・」
「どんな人をはねたのかも、来ていた服がどんな服なとか?」
「ええ・・・紫色だったのは間違えないです。もう少し落ち着いたら思い出せるかな・・・」
「今思えばけが人の安否が気になるはずなので、まずは被害者に近づくものですが、公衆電話を見た瞬間すぐ救急車とおもいとにかく電話ボックスに入りました。」
「それで、119番と110番に電話した。」
「その間、時間はどれくらいですか?」
「1分かかっていないと思います。」
「その間にいなくなってしまった・・・」
「はい・・・」
「免許証をみせてください。」
「はい・・・」
すると現場検証をしていたもう一人の警官が
「あの、車の下からこんなものが出てきました。」
「なにかな?それは・・・」
それは紫色の花の花びらのようだった。
「これは、花びらのようですね。」
「薔薇かな?」
すると若い警官が口を出した。
「薔薇といえば・・・あの時も薔薇でしたよね・・・」
警察官同士なにやら思い出したようにやや驚きながらなにやら秘密めいた話をしている。
「あの?紫のバラになにか心あたりあります?」
「薔薇ですか?」
急に薔薇の話が出たのだが私には何も心当たりがない。
「幽霊が出てこの薔薇を持っていたのですかね?」
若い警察官がよくわからないことを口走るとすると年配の警察官が注意をした。
「君はなにをバカなことを言っているのだね?失敬、失敬いまのは失言ですからお気になさらないように。」
警察が何かを隠していることだけはわかった。
最後に車はこのまま証拠物件として調べたいのでおいていってほしいと言われた。そのかわりパトカーで自宅まで送ってもらった。
疲れて帰ったらかわいい妻が待っていてくれた。
「食欲がないので食事はいらない。」風呂に入って缶ビールを飲んだ。
「なんか今日のあなた変よ。何かあったの?」
妻が話しかけてきた。
無言でいると・・・
「別に話さなくてもいいよ。今日もお仕事お疲れさまです。」
そう言って私にキスをした。結婚2年目、1歳の長男と3人暮らし。幸せの絶頂と言える時の出来事だった・・・