第9章「空中広告で天を掴め! 貴族の出資と炎上飛行船」
初投稿作品ですが、楽しんでいただけますと幸いです!
よろしくお願いいたします。
花火ショーを爆発オチで締めくくってから数日。
黒峰銭丸は、いつものように路地裏の片隅で目を覚ました。
焦げ跡と煤だらけの服に包帯。財布の中には、焼け残った銅貨が数枚のみ。自称「異世界の起業家」も、そろそろ無一文に近づきつつあった。
「カネは裏切らない。女はたまに裏切る。花火は……爆死!!」
そう呟きながら、彼はゆっくりと立ち上がった。
借金と賠償で首が回らなくなっている今、新たな商売を始めるにも資本が足りない。
にもかかわらず、銭丸の頭にはすでに新しいアイデアが浮かんでいた。
「見上げてみろ、空をよ。地上がダメなら、空があるだろ……!」
◇
空中広告。
それは、空に浮かぶ乗り物の船体に広告を描き、町の上空を飛ばして人々の目を引くビジネスだった。
浮かぶ看板、空飛ぶセール情報――派手で目立つうえ、広範囲に訴求できる。
「問題は資金と飛行船の調達だよな……」
頭を抱えながら、銭丸が思い浮かべたのは、貴族令嬢・ソフィア・リュミエールの顔だった。
これまで何度も巻き込んでしまっているが、彼女ほどのコネと資金力があれば、この計画を実現できるかもしれない。
◇
「……また、あなたですの?」
屋敷の応接間に案内された銭丸を前に、ソフィアはややげんなりした表情でお茶を置いた。
「ご無沙汰してます! 今回はちゃんと……いや、前よりはマシな話を持ってきました!」
「そういう前置きのときは、だいたい碌でもない案件なんですけど……で、今回は何を爆発させるつもりですの?」
「爆発はしない! たぶん!」
ソフィアがため息をつくなか、銭丸は立ち上がって声を張った。
「空です! 空に飛行船を浮かべて、その船体に広告を出すんです! 空中を漂う宣伝塔、想像してみてくださいよ!」
「……空中に……広告?」
「そう! 例えば“リュミエール雑貨店・秋のセール開催中”なんて書かれた布を掲げて飛べば、街中の人が見上げて話題にしますよ!」
銭丸の説明に、ソフィアの眉がぴくりと動いた。
「……なるほど。それは……案外、悪くないかもしれませんわね」
「でしょでしょ!? 問題は初期費用なんですけど、旧式の飛行船を安く譲ってくれるツテがあって、それを整備して――」
「要するに、またお金を貸してほしいってことですのね?」
「ぐっ……ええ。正直に言うと、はい……!」
銭丸が頭を下げると、ソフィアは腕を組んでしばらく考え込んだ。
その姿はいつも通り冷静で、気品と現実感を兼ね備えている。
「……分かりました。ですが、今回は私も計画に関わらせていただきます。出資する以上、報告・連絡・相談は必須ですわよ」
「もちろん! ソフィア様の名を広める機会でもありますから!」
「……何だか、罠に嵌まっている気がしますわ」
苦笑しつつも、ソフィアは出資を承諾してくれた。
◇
数日後、郊外の整備場にて、銭丸たちは手に入れた旧式の小型飛行船の整備を始めていた。
バルドとメルティナも作業に加わり、魔導エンジンを点検し、帆を張り直し、船体に広告幕を取り付ける。
「リュミエール雑貨店 秋の大感謝セール!」
「……もうちょっと上品な書体にはできなかったのかしら」
「親しみやすさって大事なんですよ!」
銭丸はペンキまみれになりながら、仕上げのチェックに余念がない。
魔導石の浮力調整も完了し、ようやく飛行準備が整った。
「よーし、上げるぞ!」
ロープが外され、飛行船がゆっくりと空へ浮かぶ。
町の人々が驚きの声を上げ、上空を見上げる。
「なんだあれ……飛んでるぞ!」「広告!? すげぇ!」
人目を引く効果は抜群だった。
「へへっ、見ろよソフィア! 大成功じゃねえか!」
「まだ、これで終わったわけではありませんわよ。許可の件はどうなっているのですか?」
「えっ……許可?」
「空中を航行するには、領主の許可が必要でしょう?」
「……ま、まだ取ってません……」
ソフィアが額を押さえ、深いため息をついた。
◇
その日のうちに、領主から「即時中止」の通達が届いた。
理由は“未許可の空中飛行による治安・安全上の懸念”。つまり、勝手に空を飛ぶな、という話だ。
「ちくしょう……でも、あと一回だけ飛ばせてくれ!」
銭丸は無理を押し通し、次の市の日に再度出航を強行する。
今回はさらに複数の店舗広告を張り、魔導紙のチラシを空から撒くという力技まで準備していた。
「見てろよ、空から広告攻勢だ!」
「……ほんとに大丈夫かしら……」
ソフィアの不安が的中するのに、時間はかからなかった。
◇
飛行船が市場上空に差しかかったそのとき、下から狼煙が上がり、衛兵たちが警告を叫び出す。
「上空にて航行中の飛行船に告ぐ! 直ちに着陸せよ!」
「無視だ無視! いける、まだ……!」
銭丸が強引に高度を上げたその瞬間、領主側の魔弓隊から放たれた火矢が船体を直撃。
帆に火が付き、魔導エンジンが異常反応を起こす。
「やべえ……制御不能!? おいソフィア、掴まってろ!!」
飛行船が傾き、悲鳴とともにチラシが空へ舞う。
直後、魔導石が過熱して爆ぜ、飛行船は市場の空で豪快に火を噴いた。
ドォォン!!!
白昼の空に火の玉が上がり、町中が騒然となった。
下では観客が逃げ惑い、露店のテントが吹き飛び、銭丸は空から真っ逆さまに墜落していく。
「カネは……裏切らない……女は……たまに裏切る……飛行船は……爆死っ!!」
そして、地面に激突した。
◇
その後、銭丸はなぜかまた奇跡的に生きていた。
空中広告ビジネスは一時的に注目を浴びたものの、町の規定を無視したことにより“危険人物”認定を受け、罰金・損害賠償・飛行禁止令が一気に押し寄せた。
「まったく……今度こそ本気で破産ですわね」
ソフィアはため息をつきながらも、また銭丸の寝ている病室に来ていた。
手には“次の広告構想”が描かれたメモが握られているのを見て、彼女はそっと目を伏せる。
「……ほんと、どうしようもない人……」
読んでいただきありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうか?
毎日投稿予定ですので、よろしくお願いいたします!