第3章「庶民の必需品!?異世界石鹸革命」
初投稿作品ですが、楽しんでいただけますと幸いです!
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朝日が差し込む路地裏。
黒峰銭丸は、大きなため息をつきながら、廃材まみれの荷車を押していた。
二度目の屋台《金雷亭・改》が火事事故に巻き込まれて吹き飛んでから数日――再び振り出しに戻った彼は、借金やら罰金やらの不安を抱えつつ、新たな商売のネタを探している。
だが、打ち手はなかなか浮かばない。
「屋台で大成功しかけたのに、また爆散……マジで呪われてんじゃねえか、俺」
「そんなことないよ。運が悪かっただけ。今度こそ上手くいくってば」
並んで歩く水無瀬ひかりが、書類の束を抱えながら声をかける。
彼女はギルド受付嬢を務める同じ転移者であり、銭丸のビジネスパートナーでもある。
何度爆散しても諦めない銭丸の性格に呆れつつも、彼女自身も“次の一手”を探ってワクワクしているようだった。
「今回こそ、飲食以外の方向を狙おう。食品は監察課の目が厳しいし、腐りやすいからハイリスクだ」
「うん、税金や保健面も色々大変だしね。じゃあ、何をやるの?」
銭丸はにやりと笑い、ひかりに耳打ちするようにささやく。
「実はな……“石鹸”だよ。今のこの世界、手洗いをあんまりしないし、衛生観念が薄い。そこをビシッと狙うんだ」
◇
石鹸――日本で言えば当たり前の日用品だが、この異世界ではまだ“泡立つ洗浄剤”の概念がほとんど浸透していない。
垢や汚れは適当に水や灰で落とすもの、という認識が一般的。むろん、冒険者や庶民が“手洗い大事”なんて言われてもピンとこない。
しかし、銭丸からすれば、それこそが大商機だった。
「大勢が知らない商品を当たり前にする。これが“革命”ってわけだ!」
「なるほどね……でも、石鹸ってどう作るの? 原料や製造技術は?」
「そこを頼るのがメルティナだ。あの天才薬師なら、きっと何とかしてくれるさ」
メルティナ・シスル――薬学と魔導の天才であり、少々危険な実験にも手を染める“研究バカ”。屋台で知り合った人脈を駆使すれば、ある程度のツテは使えるのだ。
二人は彼女の工房へ向かうべく、街外れの細い路地を抜ける。煤けたレンガの建物からは、いつも怪しい煙が漂っていた。
◇
扉を開けると、案の定、中から薬品と焦げくさい匂いが混ざった空気が漏れ出す。
そして「ふふん、今度こそ成功だ!」という高笑いとともに、メルティナがゴーグル姿で姿を現した。
「おや、銭丸さんにひかりちゃん! ちょうどいいところに来たね。今、新しい実験をしてたんだ」
「危険な実験じゃないだろうな? 火薬とか毒とかは勘弁してくれよ」
「残念でしたー。今回は“アルカリ性液体と油脂の反応”を見てるの。ほら、こうやって混ぜると泡立つでしょ?」
メルティナが得意気に示したフラスコの中では、灰色の液体がとろとろと濁り、泡がぷくぷく出ている。まさしく石鹸の原理そのものだ。
思わず銭丸とひかりは顔を見合わせ、声を揃えて叫んだ。
「それだよ! 石鹸だ!」
「え? 石鹸……? そういや銭丸さん、前に“日本にあった衛生用品”がどうとか言ってたね」
こうしてトントン拍子に石鹸づくりの話が進む。メルティナは半ば独学で鹸化反応を試していたので、銭丸の“現代知識”が加われば量産の道が開けるはずだ。
◇
三人はすぐさま製造プロセスの確認に入った。
まず必要なのは“油脂”と“アルカリ”――動物性や植物性の油脂に、苛性ソーダ的な物質を混ぜることで鹸化させるのが基本だが、この世界では魔石から取れる副産物が使えそうだという。
メルティナが工房の棚をあさってゴチャゴチャした試薬を取り出す。
「この“魔石酸分離液”と、屠畜場から手に入る牛や豚の脂カスがあれば……理屈上はいける!」
「やべえ、なんかワクワクしてきた。衛生観念が薄い市場に、石鹸売り込んだら爆発的に売れるかも!」
「でも、大量生産に向いた設備がないし、腐敗にも注意しないと……」
ひかりが手帳を広げ、資金繰りや設備投資のシミュレーションを始める。
屋台より安全そうだと思いきや、実は油脂の腐敗リスクや薬品管理など、別の問題も多い。そこをいかにクリアするかが鍵だ。
「でもまあ、食品より規制はゆるいだろ。法的には雑貨扱いにできるし、なんとかなりそうだ」
「うん、ちゃんとギルドに雑貨販売で申請すれば大丈夫だと思う」
工房にこもって実験を続けること数時間。
メルティナが調整したアルカリ液と脂を混ぜ合わせて加熱し、撹拌し、粘度が出てきたら型枠に流し込む。しばらく乾燥・熟成すれば、固形の石鹸が完成するという仕組みだ。
銭丸たちは、少量の試作品を作り終えると、ひかりのメモをもとに在庫管理や販売プランを検討する。
「まずは少量を作って市場反応を見るか。で、需要が見込めたら設備を増やしていく感じだな」
「わかった。私が必要なアルカリ薬品を定期的に供給するよ。要は材料費と場所さえあればいいんでしょ?」
こうして三人の石鹸革命チームが結成された。今度こそ爆発的に稼ぐ――いや、また爆散するかもしれないが、とにかく突き進むのみ。
◇
数日後、完成した“初回の試作品”が10個ほど整う。
ゴツゴツした外見だが、使い心地はそれなりに良く、ハーブの香りがほんのり漂う。銭丸はさっそくギルドに雑貨として申請を出し、販売ブースを確保することにした。
今回は“路地裏屋台”ではなく、倉庫の一角を借りて小規模に販売。石鹸のデモンストレーション用に水桶も用意し、客に試用してもらう作戦だ。
「これが……泡立つんですよ。手をこすってみてください」
「おお、なんだこれ! 汚れが落ちる!」
最初は怪しんでいた冒険者たちも、泡立ちの感触に驚き、大銅貨数枚なら安いと次々購入していく。並んでいた10個の石鹸はあっという間に完売。
「やったな、ひかり!」
「うん、すっごい売れ行き……!」
二人が大喜びしていると、バルドが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「おい銭丸、大変だぞ! お前の“油脂”が腐ったって騒ぎになってる!」
「はあっ? つい先日仕入れたばかりだぞ?」
嫌な予感に駆られ、急いで倉庫へ向かう。そこには、次回の増産用に大量の動物性脂を保管していたのだが、どうやら保存環境が悪く、一部がすでに腐敗し始めているらしい。
悪臭が立ちこめ、ギルド職員や他の商人が「何だこの強烈な匂いは」と大騒ぎ。監察課が出張ってきて「またあいつか」と渋い顔をしている。
「クソ……。とりあえず処分しなきゃだが、こんな大量どうするよ?」
「廃棄許可もいるし、手間も費用もかかるよ……」
そしてさらに悪いことに、腐った油脂が化学反応?か何かを起こし、タルの中で怪しいガスを発生させていた。
メルティナが慌てて中和剤を入れるも、泡が爆発的に増え、ドロドロの液体が溢れ出す。
「まずい……これ、下手したら引火するかもしれない……!」
「うわああ、火薬に比べりゃマシかもしれねえが、こういうの慣れてねえ!」
銭丸はかろうじてタルを押さえようとするが、突然大きく発泡し、「バシュッ!」という破裂音とともに油と泡が床一面に飛び散った。腐敗臭を伴う汚泥が辺りを埋め尽くし、人々は悲鳴を上げる。
もちろん真っ先に被害を受けたのは銭丸自身。背後から吹き飛ばされるような衝撃を食らい、鼻をつく悪臭で意識が遠のいていく。
「また……こんな展開かよ……」
爆発、というほどではないが、現実には十分破滅的な騒動だ。倉庫は滅茶苦茶に汚染され、腐敗ガスを吸いこんだ銭丸は倒れこむ。
ひかりが駆け寄って「しっかりして、銭丸さん!」と呼びかけるが、彼はわずかに口を動かすだけ。
「カネは裏切らない……女はたまに裏切る……石鹸は……爆死ッ!!」
か細い声でそう呟き、泡と油にまみれたまま意識を失う銭丸。あたりには苦々しい臭いが漂い、監察課の係員が「こりゃあギルド倉庫大騒動だぞ……」と頭を抱えている。
こうして、石鹸革命の第一歩は成功しかけたのも束の間――在庫腐敗からの大混乱で、またしても銭丸は事実上の“爆死”を遂げたのだった。
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