第2章「許可証と二度目の金雷亭」
初投稿作品ですが、楽しんでいただけますと幸いです!
よろしくお願いいたします。
「……まさか、こんな早く店を潰すハメになるとはな」
焦げくさい風が吹く路地裏で、黒峰銭丸はがっくりと肩を落とした。
昨日、彼が違法営業していた屋台《金雷亭》は、商業ギルドの監察課に踏み込まれ、一瞬にして破壊されてしまった。売上や備品も没収され、残ったのはわずかな小銭だけ。さらに重い罰金の支払いを求められている。
「無許可販売は重罪だって、言われて当然なんだけどね……」
水無瀬ひかりが、すまなそうに眉を下げる。ギルド受付嬢であり、同じ日本からの転移者でもある彼女は、経理や手続き面で銭丸を助けてくれたが、さすがに今回ばかりは防ぎきれなかった。
「ま、しゃあない。問題はここからどう再起するかだな。こんなとこで終わるわけにいかねえ」
銭丸は“金への執着”だけは捨てずにいる。せっかく屋台で大当たりを引いた経験を、たった一度の取り締まりで諦めるつもりはないのだ。
◇
翌朝、ギルド本部に足を運んだ二人が聞かされた条件は厳しかった。
「今回の罰金は銀貨60枚相当。それを一括で納めるか、担保か保証人を立てて分割払いが必要」とのことだ。
もちろん、銭丸にそんな資金も不動産もあるわけがない。困り果てたひかりが小声で言う。
「どうやって保証人を探すの? 転移者である私が名乗り出ても、実はギルド内の地位は低いし……」
「うーん……誰か大物にコネがあればいいんだけどな。こんな新参に力貸してくれる奇特なやつがいるのかって話だ」
二人はとりあえず安宿に泊まり、翌日から“保証人になってくれそうな人”を片っ端から探し始める。
それこそ商家の旦那や貴族の下位ランクなどにも頭を下げて回るが、相手にされない。違法屋台で前科者扱いの銭丸に融資するメリットは薄い、とみなされてしまうわけだ。
ひかりが経理ノートを片手にため息をつく横で、銭丸が何度も舌打ちする。
「くそっ、そんなに俺たち信用ないかね。いけそうな奴ら全員に断られた」
「まあ、普通に考えたらハイリスクよね……」
「俺はまだ諦めねえぞ。明日も商店街を全部回る!」
◇
その翌日、二人はまたしても街のあちこちを奔走。だが成果はゼロに等しい。
うなだれて路地裏に座り込んでいると、そこへ現れたのは筋骨隆々の大男・バルド・グランツだ。
もともと元山賊のごろつきで、銭丸の屋台営業初期に何度か衝突した相手だったが、なんだかんだで店を手伝ってくれたりもした不思議な縁がある。
「よう、銭丸。儲かってるか……って顔じゃねえな」
「ぶっちゃけ潰されたんだよ、ギルドに」
「ははっ、そりゃま、お前らしいな。で、どうするんだ?」
事情を説明すると、意外にもバルドは「保証人ならちょっとだけ心当たりがある」と言い出した。どうやら護衛仕事で貴族や大商人とも繋がりがあるらしい。
銭丸が飛びつくように頼みこむと、バルドは腕を組んでうなる。
「まあ、俺自身が保証するのは無理だが、紹介くらいはできるかもしれん。明日付いて来い」
「マジか! ありがてえ!」
こうして、バルドの意外な人脈を頼りに、再起のチャンスが見え始めた。
◇
翌日、バルドに連れられてやってきたのは街の上流住宅地。高級レンガ造りの屋敷が並び、石畳には馬車がすれ違う。
彼らが訪問したのは白銀の長い髪が印象的な女性――ソフィア・リュミエールが所有する邸宅だった。
彼女は没落貴族の出身と聞くが、ギルドにも一定の影響力を持ち、多少のコネが利くらしい。
「あなたが、黒峰銭丸? 屋台ビジネスで成功しかけたと聞きましたが、違法営業で自爆とは……呆れますわね」
「へへっ、全くその通り。でも、合法ならもっと稼げるって確信してる。だから保証人になってくんねえか?」
ソフィアは冷めた目で銭丸とひかりを見下ろす。バルドが「悪い奴じゃねえんだ。そいつには才覚がある」と口添えするが、彼女はなかなか乗り気にならない。
そこで銭丸が“屋台の売上実績”を熱弁し、ひかりが“経理管理の改善策”を提案すると、ソフィアはクスリと笑う。
「ふふ……つまり私がギルドへの口利きをし、罰金分割払いの保証人になる代わりに、あなたたちは私に利益の何割かを渡す。そして失敗したら、全ての資産を売却して私への返済にあてる。そんな条件なら悪くないですわ」
「上等だ。どんと来い!」
「……いい心構えですわね。今度こそ失敗しないでちょうだい?」
こうして、ソフィア・リュミエールが正式に“信用保証人”になってくれる運びとなった。
バルドは「やったな、銭丸!」と嬉しそうに笑い、ひかりはほっと胸を撫でおろす。
すぐに商業ギルドの窓口で手続きを済ませると、何事もなかったように仮営業許可が下りた。
◇
「やった! 今度は違法じゃなくて堂々と店を出せる!」
ひかりが仮許可証を手に、目を輝かせる。
もっとも、分割罰金の支払い期限や監視期間は続く。既に別枠で多額の借金(ソフィアへの配当など)も抱えている。
しかし、その程度で折れる銭丸ではない。
「合法なら監察課も文句はねえだろ。しかも、すでに客の需要がある。これは勝ったも同然!」
「でも、ちゃんと手順踏んで税金も払わなきゃ、すぐにお取り潰しだよ」
「わかってるって。今度こそ“ホワイトな店”を作ろうぜ!」
二人はすぐに動き出す。まず、新しい屋台《金雷亭・改》を制作し、材料や装備を揃える。バルドは「大工仕事なら任せろ」と腕まくりをして、見事な棚やカウンターを組み上げる。
かくして、合法仕様の“二度目の金雷亭”が完成。やはりメイン商品は冷たい酒(レモンサワー風)だが、つまみも少しグレードを上げ、夜の客単価を引き上げる狙いだ。
◇
新天地として選んだのは、ギルド公認の“フリーマーケット広場”。週に数回出店料を払えば、治安の良いスペースを使える。監察課の巡回もあるが、許可証があるなら問題ない。
設営当日の朝、出店者たちが雑貨や魔導具などを並べる中、銭丸たちも屋台を設置して看板を掲げる。いよいよ二度目の挑戦だ。
「オラ、火床の炭入れろ! 仕込みは万全か?」
「うん、仕込み済みよ。氷精霊の行商人にも声かけておいたから、冷却用の魔氷もあるし」
開始早々、通りがかりの冒険者や旅人が「おっ、こんなところに酒屋台?」と足を止める。そして「……冷たい!?」「あ、この味知ってるぞ」「金雷亭って店か!」という声があちこちで上がり、またたく間に列が形成された。
やはり初期の評判が生きているようで、正午を前にしてすでに“忙しいモード”に突入。ひかりが必死に会計をこなし、バルドは混雑の整理や提供を引き受ける。
「ははっ、やっぱりイケるじゃねえか!」
銭丸は勢いづく串焼きを次々と焼き、氷を浮かべた酒を注いで客に提供する。
完全な合法営業に加え、フリーマーケットの集客効果も相まって、あっという間に今日の目標売上を超えてしまうほど。二人の顔には笑みが絶えない。
◇
ところが、夕方になって店じまいが近づいた頃、突如「ドォン!」という轟音が耳をつんざいた。
見ると、すぐ近くの倉庫街で火の手が上がっている。巨大な煙が空を覆い、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。どうやら何かの魔導具や燃料が爆発したようだ。
騎士団員や冒険者が消火や救護に駆けつける中、バルドは「放っとけねえ!」と突撃。銭丸とひかりも後を追うが、現場は炎と爆煙で大混乱だ。
「こりゃやべえ……! バルド、無理すんな!」
「ぐああっ……まだ中に人がいるんだ!」
バルドが燃え盛る倉庫へ飛び込み、負傷者を助け出そうとするが、二次爆発が起きたのか「ゴオオッ!」という火炎が天井を突き破る。衝撃波が広場まで届き、近くに停めてあった屋台を巻き込み、吹き飛ばした。
「おいおい……まじかよ……」
銭丸が叫ぶ間もなく、二度目の金雷亭が瓦礫と火の粉に巻かれて大破する。あまりに一瞬で、どうすることもできない。
爆風に煽られた銭丸自身も地面に投げ出され、あちこち擦りむいてヒリヒリ痛む。周囲で騎士団員がバタバタ走り回り、もうどうにもならない大惨事だ。
◇
夜になるころにようやく火事は沈静化。けれど倉庫街の一部は丸焼けになり、そこで商売していた露店や屋台も壊滅。もちろん金雷亭も、看板や屋台ごと消失してしまった。
銭丸とひかり、そしてバルドは辛うじて無事ではあるが、疲労と悲しみがのしかかる。騎士団員に事情を聞かれても、ただ首を振るしかない。今回の火事に直接の非はないが、結果的にまた“店が吹っ飛んだ”事実は変わらないのだ。
「せっかく合法で店を出して、大成功しかけたのに……また振り出しだね」
「ははっ、爆発事故ってのは想定外すぎる。俺は何か呪われてんのか?」
焦げた地面を見つめながら、銭丸は自嘲気味に笑う。ひかりは「そんなんじゃないよ……運が悪かっただけ」と呟きながら、悔しそうに唇を噛む。
バルドは「すまねえ、俺が火事現場に飛び込んだから……」と肩を落とすが、責めるわけにもいかない。人命救助は尊い行為だし、これは単なる不運だ。
それでも、借金や罰金はまだ残っている。店がまた吹き飛んだ以上、新しい策を考えない限り稼ぎようがない。
「けどまあ、まだ死んでねえし、また何かやればいいだけだろ」
「本当に懲りない人だ……でも、それが銭丸さんなんだよね」
夜空を見上げると、二つの月が静かに照らしている。火の名残の煙がうっすら漂うが、星もちらほら見える。
「爆死体質」とでも言うべき運命に、銭丸は苦笑しつつ拳を握った。
カネは裏切らない。女はたまに裏切る。店は何度でも吹き飛ぶ。それでも諦める気はさらさらない。
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