第17章「精霊エネルギー革命! 新発電所が一瞬で吹き飛ぶ理由」
初投稿作品ですが、楽しんでいただけますと幸いです!
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「火力や水力でガタガタやるより、精霊の力を使ったほうが圧倒的に効率がいいって話を聞いたんだ」
黒峰銭丸は町外れの小さな魔導工房で、図面を広げながらそう言った。紙に描かれているのは、水や風などの自然精霊の力を集める“精霊炉”と呼ばれる装置の概念図らしい。
彼の隣にはメルティナが立っており、何冊もの魔導書を小脇に抱えている。バルドは入り口付近で警戒しつつ様子を見守り、水無瀬ひかりは経理用のノートを取り出し、立ったままメモを取っていた。
「火力も水力も、結局は燃料や大規模設備が必要です。でも精霊炉なら、魔力変換効率が高いんですよね?」
メルティナが目を輝かせて言う。彼女が抱える魔導書には、“精霊との契約をエネルギー源に転化する”技術理論が書かれている。
「そうだ。精霊炉を上手く作動させれば、都市規模の電力みたいなものが確保できる。冷蔵庫や魔導照明なんかも一気に普及するはずだ」
銭丸は指をトントンと図面に当てる。効率は大きいが、代わりに暴走リスクもかなり高いというのが精霊炉の難点だと聞いていた。
「でも精霊と契約するには、それなりの対価が要るんですよね? エネルギーが大きいほど、制御が難しくなると……」
ひかりが落ち着いた声で問いかける。銭丸は肯定するように頷いた。
「対価は魔力でも宝石でも何でもいいらしいが、力の大きさに見合ったモノを要求される。でもな、そこさえクリアすれば、短期間で莫大なエネルギーを得られるんだ。これを使わない手はない」
周辺にある小都市の工場や作業場は燃料不足や動力不足に悩んでいる。そこへ最新の精霊発電を導入し、一挙にシェアを独占しようというのが銭丸の狙いだった。
◇
その日のうちに銭丸は各所の商人やギルドを回り、新たな出資を集める。
「火力や水力の数十倍の効率」「新エネルギー革命」と煽ることで、それなりに金が集まった。メルティナが設計サポートし、バルドは設置工事の安全管理を担当。ひかりは契約やスケジュールの調整、経費管理を任される。
「準備する予算はけっこう大きいですね。もし失敗したらどうなるんですか?」
「いつもどおり、そりゃ痛手を負うが……いや、今回は安全策を万全にしてる。俺が直接精霊と交渉するわけじゃない。魔導ギルドの研究員にやらせるんだよ」
「本当に大丈夫でしょうか」
ひかりは低く呟くが、銭丸は聞こえなかったふうに図面をチェックしていた。
◇
工事予定地は、山脈近くの高地にある魔力の流れが濃いエリア。人里から少し離れた場所に作業拠点を設け、大型の精霊炉を組み立てる。
魔導ギルドとメルティナが協力し、基礎となる魔導回路を地面に描きながら、炉の中央に高純度の魔石を据えつけた。そこに契約した精霊を招き、安定的にエネルギーを取り出す仕組みになるという。
「炉の周囲に護符や封印陣を幾重にも敷いています。これで暴走を防げるはずです。精霊も大暴れできません」
「なるほど。なら安心だな」
銭丸は頷いた。設置されつつある巨大な容器や配管が、あちこちに並んでいる。そこから都市部へ供給ラインを伸ばし、各施設が恩恵を受けるという計画だ。
「これが完成すれば、町の工場は燃料を買い込まずに済む。冷却や暖房、全部精霊エネルギーでまかなえるんだ。革命的だろ?」
彼は満足げな表情を浮かべる。メルティナも研究者として楽しそうだが、ひかりはやや警戒気味に周囲を見回していた。
「封印陣が万全ならいいですけど、精霊側がどう出るか分かりませんよ」
「まあ、ギルドの研究員が交渉してるらしいし。経験豊富だろう。焦らず待とう」
銭丸は立ち上がり、監督用の仮設テントへ向かった。
◇
数日後、精霊炉の主要部分が組み上がり、契約の儀式が行われる。魔導ギルドの研究員たちは儀式用の道具を並べ、詠唱しながら霊気の漂う装置に魔力を注いでいく。
ひかりと銭丸は少し離れて様子を見守る。バルドは工事責任者のように警戒していた。メルティナは補助役として術式を手伝っている。
「……来ますよ。上位クラスの精霊が応じてくれればいいんですが」
メルティナが低い声で言う。儀式陣から淡い光が溢れ、空気がざわめき始める。突然、風が吹き荒れ、周囲の木々が大きく揺れた。
「うおっ、何だこれ。風の精霊か?」
銭丸が身を屈める。視界の中心に、半透明の光の塊のような人影がゆらりと現れた。風の精霊なのか、青白い光をまとって宙を舞っている。
「……我に対価を払うのであれば、そなたらの求める力を与えよう」
精霊らしき存在が淡々と言う。ギルド研究員は規定の宝石や魔石を炉に納め、念入りに契約書面のような魔術符にサインを刻んだ。
「よし、契約成立だな」
銭丸はほっとしたように呟く。精霊が力を注げば、炉が本格的に稼働し、莫大なエネルギーを生み出すはずだ。
◇
翌日、試験運転が始まる。炉の周囲に設けられた封印陣と制御装置が作動し、青白い光を放ちながら内部で精霊の力が魔力へと変換される。
魔石メーターの指針がぐんぐん上昇し、施設の技術者は歓声を上げた。
「すごい……理論値を超える出力が出てる! これなら町全体を賄うのも夢じゃないぞ!」
銭丸は興奮した面持ちで、ひかりとバルドに目を向ける。
「見ろよ、言ったとおりだ。こんなの誰も真似できないビジネスだ。出資者は大喜びだろう」
「本当に制御できれば、画期的かもしれませんね」
ひかりが応じる。だが、その瞬間、制御装置に取り付けられた警告灯が赤く点滅を始めた。
「……あれ? 負荷が高すぎる。予定より精霊側の出力が大きい?」
研究員たちが慌てて計器を確認する。どうやら精霊が想定以上の力を放出しているらしい。
封印陣にも亀裂のようなものが走り、魔力の流れが乱れ始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 暴走しかけているのでは……」
「制御回路を落とせ! 緊急停止だ!」
叫び声が飛び交うが、炉の内部で膨大な魔力が渦を巻いている。メルティナがケーブルを引き抜こうとするが、激しい衝撃波で弾き飛ばされてしまった。
「うわっ……!」
バルドが駆け寄るが、今度は強烈な風圧が炉を取り囲み、足元を吹き飛ばす。銭丸も声を上げて地面に倒れ込む。
「くそっ、こうなるのかよ……!」
精霊の輪郭が先ほどよりも膨らみ、制御を逸脱した力を吐き出している。封印陣の破損が広がり、炉の外壁がきしむ音を立てていた。
◇
風が渦を巻くように吹き荒れ、周囲の岩や木々をなぎ倒す。施設の一角に積み上げられた予備の魔石が飛散し、それらがぶつかり合って小さな爆発を引き起こした。
技術者が避難する隙もなく、次々と設備が粉砕されていく。
「止められないのか?」
銭丸が叫んでも、研究員たちは制御パネルが全く反応しないと叫ぶばかり。メルティナは呆然と立ち尽くし、バルドとひかりは崩れ落ちた足場を必死にどかしている。
最後の手段として、研究員が封印の中核を物理的に壊そうと試みるが、逆に精霊側の魔力が逆流して一気に炉が閃光を放った。
「危ない!」
銭丸はとっさに反射的に身をかがめるが、巨大な爆風が広範囲を飲み込み、施設をひとたまりもなく破壊する。
凄まじい騒音と衝撃が収まり、空に舞う砂埃が落ち始めた頃には、そこに残っていたのは瓦礫と炎の残骸だけだった。
◇
煙が立ちこめる現場に、わずかに生き残った人々がうめき声を上げている。施設の中心付近は大穴が空き、精霊の姿もすでにない。
黒焦げになった建材の下に、焦げた服を着た銭丸らしき人影が倒れていた。周囲にいた者たちが「無理だ、死んじまったか」と呟くが、彼がまたしぶとく生きているかどうかは定かではない。
「…………」
薄煙の中で、何かが微かに動いた。半壊した鉄骨の陰から、息も絶え絶えに声が上がる。
「カ、カネは……裏切らない……女は……たまに……裏切る……。精霊エネルギーは……爆死ッ……!!」
それが最後の呻き声となり、銭丸は再び意識を手放す。封印陣や研究設備はすべて崩壊し、急成長を遂げるはずだった新エネルギー事業は大爆発とともに消え去った。
大きすぎる力を制御できずに破滅するという典型的な結末を迎え、出資者たちも大損害を被る。けれども、人々はもう一つだけ確信していた。この男が死んだとは限らない――どこかでまた新しい利権を探して、何事もなかったかのように復活してくるだろう、と。
次世代のエネルギー革命は起こらず、莫大な資金は灰になった。だが、燃え盛る火の気配の奥では、いつまでも銭丸の不思議な存在感だけが消えきらなかった。
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