第16章「王国財政を変えろ! 税制改革で利権が燃え上がる」
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「こんなに穴だらけの税制、どうして誰も手をつけないんだろうな」
黒峰銭丸は王都の酒場に設置された木製テーブルの上に書類を並べ、苦笑を浮かべている。広げられた紙には、王国政府の財政状況や税収の内訳がざっくりとまとめられていた。
「王国の歳入は、それなりにあるはずなのに、どこかで大幅に消えてる……こんなの、改革すれば大儲けできるぞ」
彼が今回目をつけたのは「税制コンサルティング」だ。領主や貴族が長年放置している複雑な税体系を洗い直し、効率的かつ公正な仕組みに変える。方法がうまくいけば、王国の財政を回復させ、銭丸自身にも莫大な報酬が入る――という算段だった。
◇
数日前、銭丸は王都の官吏と接触を図り、税制コンサルの案を売り込んでいた。ちょうど王国も赤字に悩まされているらしく、保守派の反対を押しのければ採用される見込みがあるという。
「きちんとデータを示せば、官吏どもも動く。俺がやるのは、不要な免税特権とか、中途半端な関税とか、そういうのを大胆に取り払って、合理的な税制に作り変えるんだ」
銭丸は酒場の隅で地図と表を眺めながら頷く。一緒にいるひかりは、契約関連の書類を点検しているが、特に感想は口にしない。
そこへ、革装束をまとったバルドが戻ってきた。彼は王宮周辺で護衛の仕事をしていたのだが、銭丸の呼びかけで合流した。
「なあ、バルド。官僚の一部は俺の案に賛成らしいが、既得権益側が反発してるとか聞くか?」
「うむ。貴族の連中が『税制をいじられると儲けが減る』と嫌がってるそうだ。しかも、それなりに根が深いみたいだぞ」
「まあ予想どおりだ。けど、改革が成功すれば王国の財務は大幅に好転する。その暁には、俺のコンサル料として莫大な報酬が手に入るんだ」
バルドは腕を組んで難しい顔をする。いつものように「うまくいかない予感がする」と言いたげだったが、もはや止めてもどうにもならないことも知っていた。
◇
数日後、銭丸は王都の政務室へ呼ばれた。そこには財務官をはじめとする政府関係者、そして貴族や大商人などの代表も集まっている。テーブルに分厚い書類が積まれていたが、すでに場の空気は張り詰めていた。
「そなたが黒峰銭丸という者か。王国の財政改革プランとやらを持ち込んできたそうだが、詳しく聞かせてもらおう」
壮年の官僚が開口一番にそう言う。銭丸は深く礼をし、手元の資料を開く。
「俺の案は単純です。いくつも重複している税目を整理し、必要なものだけ残す。さらに、身分や特権に関係なく一律で課税する範囲を拡大することで、徴税漏れを大幅に減らすんです。結果として、王国の歳入は増え、庶民への負担も分散される。貴族や大商人だけが甘い汁をすする構造を改めれば、長期的には経済が活性化します」
部屋の一角で、毛皮のマントを羽織った貴族の男が小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「ふん。庶民にとってはいいかもしれぬが、我らのような大領地を持つ者にはデメリットが大きすぎる。特に免税特権が取り消されたら、商売に支障をきたすだろう」
「そこを我慢すれば、国全体の税収が増え、最終的には行政サービスが向上して、貴族も恩恵を受けられるはずです。新しい流通インフラの整備や治安維持にも予算を回せますからね」
「口では何とでも言える」
別の保守派の貴族が言い放ち、テーブルを軽く叩く。明らかに反対気味だったが、その際に王国財務官が調停に入る。
「まあ、よろしい。とりあえず試験的に一部の税制改革を導入し、結果を見るのはどうか。さほど大きい領地ではない地域から始めてみるという案だ」
「構いません。まずはモデル地区で成果を出してみせます。うまくいけば全国展開できるでしょう」
銭丸は頷き、周囲を見回す。貴族たちの多くは渋い表情だが、財務官は“今の王国財政が危うい”と分かっている様子。思ったより話が前進する手応えを感じた。
◇
こうして、銭丸は“税制コンサルタント”として正式に契約を取り付ける。まずはモデル地区に派遣され、現地の役所や住民との調整に乗り出すことになった。
現地は郊外の農村地帯だ。古くからの領主がいたが、近年は王国直轄に近い形に移行している。銭丸はひかりやバルドを連れ、役所の書庫にこもって既存の土地台帳や戸籍台帳を読み込んだ。
「なるほど……ここの領地には、昔のままの特権が残っていて、免税されてる農民もいれば、逆に二重徴税されてる地域もある。何だこのデタラメっぷりは……」
資料を見て、銭丸は苦笑いする。長年放置されてきた制度が複雑に絡み合い、破綻寸前なのだ。
「いっそいろんな項目をまとめて、一律課税にすればいいんですが、そうすると今まで免税だった人から猛反発を食らうかもしれませんね」
ひかりが指摘する。銭丸は書類の端を指しながら言った。
「そこは補助金や収穫量に応じた軽減措置なんかを組み合わせればいい。むしろ今まで重い負担を強いられた農民が助かるだろう。よし、やってみる価値はある」
◇
改革案をまとめると、現地の役人は戸惑いながらも了承の姿勢を見せた。上からの命令に逆らえないのもあるが、銭丸が示す“合理性”を理解した面もあるらしい。
だが、周辺の領主や貴族が黙っているはずもなく、ほどなくして領主派の兵士たちが村を訪れてきた。銭丸が滞在中の役所に乗り込み、威圧的な声を上げる。
「勝手に税制を変えるとは何事だ。おかげでわしの領地にも影響が出る。今すぐ中止しろ!」
「こちらは王国直轄地区の改革だ。あんたの領地は直接関係ないはずだが?」
「隣接地域で新税制が導入されれば、うちの住民がそっちに逃げるかもしれん。そんなこと、許さんぞ!」
兵士たちが剣や槍を持って取り囲む。バルドが思わず身構え、ひかりは少し後ずさる。
「怒鳴られても困るな……。これは王国の許可が下りてるんだ。領主同士の抗争を持ち込むなよ」
銭丸は冷静を装ったが、兵士たちの殺気は消えない。すると、奥から姿を現したのは財務官の補佐役と思しき男。彼は淡々と言った。
「この地区は正式に改革の対象だ。納得できないなら、王都のほうに苦情を入れるがいい。ここで暴力を振るえば、そっちのほうが問題になるぞ」
兵士たちは引き下がりかけるが、ある人物が背後で糸を引いているようで、簡単には帰らない気配だった。
◇
改革そのものは順調に進み始めたが、その夜、村の倉庫が放火に遭う。倉庫には新しい台帳や徴税記録が保管されており、一部が灰になってしまった。
「くっ、妨害工作か……。ここまで露骨にやりやがる」
銭丸は焼け残った書類を拾い集めるが、重要な資料の一部が失われている。それでも何とかバックアップを使って復元しようと試みるが、焦りは拭えない。
「こんなことをする奴がいるなら、改革が完了する前に、もっと大きな妨害があるかもしれませんね」
ひかりが言うと、バルドも険しい面差しで周囲を警戒する。
「敵は領主派だけとも限らねえ。既得権益を守りたい貴族や大商人が裏でつながってるかもしれん。いつ襲われてもおかしくない」
「まあ仕方ない。これは大きな利権が絡むからな」
銭丸は淡々と書類を整理しながら、やけに落ち着いた様子だった。むしろ、多少の抵抗は想定内だと思っているのかもしれない。
◇
いよいよ改革案がまとまり、新しい税率や徴税方式が実施されようとした矢先、村を取り囲むように騎馬隊が現れた。先日姿を見せた領主派の兵士がさらに数を増やしている。総指揮を執るのは豪奢な鎧を纏った男――このあたりの有力貴族だ。
「我が領地に手出しする輩め……ここで改革とかいう戯言をやめてもらう!」
「ちょっと待てよ。そっちは王国の決定を無視するってのか?」
銭丸が声を張り上げるが、兵士たちは構わず周囲の家々を取り壊そうと動き始める。村人たちが悲鳴を上げ、騒然となる。
「こんなむちゃくちゃなやり方、誰が許すか!」
バルドが抜刀し、一触即発の雰囲気。役所の前に集まっていた民衆が、「改革をやめるのか」と銭丸を見つめる。
そこへ、王国財務官の補佐役が急ぎの馬で駆けつけた。何やら王都からの正式通達を携えているらしい。
「貴族殿、これは王命だ。ここでの改革は王の意志による。もし妨害すれば逆賊とみなされるぞ」
「く……王の命令とはいえ、納得できるものか! お前ら、下がれ!」
貴族が兵を止めかけたその時、何者かの失策か意図か、倉庫に保管していた火薬が吹き飛ぶ。連続爆発が村の一角を揺らし、大量の瓦礫と火の手が立ち上がった。
「うおっ! なんだ!? 爆発?」
「火薬なんかあったか? いつの間に……」
人々が混乱に陥る。貴族の兵士も思わず逃げまどうが、一部はパニックを起こして民家に火を放つ。連鎖的に火の粉が飛び散り、どんどん燃え広がっていく。
「おいおい、やばいぞ!」
銭丸は慌てて後退するが、次の瞬間、立てかけられていた資材に火花が飛んで誘爆。激しい火柱が彼を巻き込んだ。
「ぐあああっ!」
吹き飛ばされて壁に叩きつけられた衝撃で意識が遠のく。視界に燃え盛る村の光景が映り、一瞬の静寂に包まれ――次に耳をつんざくような轟音が再び鳴り響いた。
◇
瓦礫の山と化した役所跡で、煤だらけの人々が呆然と立ち尽くしている。貴族の兵も撤退し、残るは火の粉が舞う混乱だけだ。
あちこちから人を呼ぶ声が聞こえるが、その中心に、黒焦げになった書類の束と、もぬけの殻のように倒れた男の姿があった。誰かが「銭丸」と呼ぶが、返事はない。
「……なんてこと。税制改革どころか、村がこんなに……」
ひかりは崩れ落ちた建材をかき分けながら呟くが、炎と煙が濃くて前が見えない。
周囲には崩壊した倉庫や役所の壁が積み重なり、その下敷きになっているらしき黒い塊が見える。かすかに聞こえる声があった気がするが、耳を澄ますうちに火の音が大きくなる。
燃え上がる炎の中で、銭丸がかすれ声を上げる。
「カ、カネは……裏切らない……女は……たまに……裏切る……。税制改革は……爆死ッ……!!」
そして再び力尽きるように倒れ込む。周りにいた村人や財務官は混乱と恐怖のなか、どうすることもできなかった。
◇
最終的に、村の火は丸一日かけて鎮火。改革は中断され、負傷者や被災者が大勢出る事態となった。貴族が正式に処罰されたかどうかは曖昧で、改革プランは頓挫。銭丸に支払われるはずだったコンサル報酬も、当然宙に浮いたままである。
それでも彼はまた“なぜか生き延びた”という噂が絶えない。あれほどの爆発と火災に巻き込まれながら、数日後には別の町で次の儲け話を探しているという。
カネを得るためには何度でも破滅し、何度でも起き上がる。そうした不可解な執念だけが、この男の周囲を呆れと混乱へ導き続けていた。
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