第14章「巡礼ブーム到来? 聖地に踏み入れたら神罰だった件」
初投稿作品ですが、楽しんでいただけますと幸いです!
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「おい銭丸、いい加減にしろ! まだ爆死の後遺症が抜けきっちゃいないだろうが」
レオンハルト王国の王都から少し離れた宿舎の一室で、バルドが珍しく声を荒らげている。天井近くまで届きそうな大柄な身体を目一杯使い、目の前の黒峰銭丸を威圧するように睨みつけた。
一方の銭丸はというと、いつもの調子で大ケガも完治しないままベッドを飛び降り、旅行鞄に荷物を詰め込んでいる。顔と腕には包帯が残っているが、そんなことお構いなしだ。
「何言ってんだ、バルド。俺がじっとしてるわけないだろ。こないだの飛行船キャリアで大成功しかけて一瞬で爆死したが、またすぐに稼ぐ手立ては見つかったんだ。ほら、今回のテーマは“宗教観光”さ!」
バルドは呆れた顔を隠そうともせず、無造作に髪をかき上げる。そもそも銭丸が“爆死”から生還しただけでも信じがたいのに、その上、また新たなビジネスに突撃する姿勢が意味不明だ。
「まだ借金が少し残ってるんだぞ? やっと飛行船事業で返済しきったと思ったら、結局設備ごと吹き飛んで、また赤字スレスレって……」
「そりゃあ、もうちょっとでプラスに転じてたけどな。世の中そんなに甘くないってことさ。でも、俺にはまだカネを掴むチャンスがある! なあ、ひかり?」
話を振られた水無瀬ひかりが、部屋の端で経理帳簿を確認しながら顔をしかめる。
「まあ、どちらにせよ、また宗教ビジネスに踏み込むんですよね。ガルドさんの“銭丸教”が妙に盛り上がってるのは知ってますけど……本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫。ガルドのヤツが“我らが銭丸様を布教するため、聖地を巡りたい”とか言い出してさ。最初は狂信者めいた発言に引いたんだが、よく聞いてみると、別に俺を崇めるんじゃなくて“広く世界の神々を参拝しながら寄付を募りたい”らしい。要は“聖地巡礼ツアー”で一儲けできるってわけだ!」
ひかりは深いため息をつき、帳簿を閉じた。銭丸の発想は毎度突飛で、しかも宗教界隈と絡むと面倒が増えるに決まっている。前にも多少トラブルを起こしたことがあったはずだ。
「……で、その巡礼ツアーってどこを回るんです? 普通に神殿とか有名聖域を案内するだけなら、既存の神殿ギルドもやってますよ?」
「そこを俺流にアレンジするんだよ。ただの巡礼じゃなくて“観光+信仰+講話+お土産販売”をセットにするんだ。名前は――“極楽聖地巡礼スペシャルツアー”!」
「うわあ……企画名からして胡散臭いですね」
ひかりの冷めた眼差しをまったく気にせず、銭丸は指を鳴らして続ける。
「宗教観光はどこの世界でも一定の需要がある。地元では信仰を深めるきっかけになるし、外国人には珍しい神殿や霊峰を見せれば観光として楽しめる。奉納や寄付を集めつつ、飲食や宿泊、土産の売上も稼ぐ――商業ギルドが絡んでくれれば、もっとデカく展開できるぞ」
「そう聞くと、かなり怪しいツアーに思えますけど……まあ、ビジネスとしてはありかもしれませんね」
◇
翌日、銭丸一行は“ソリス神聖帝国”へと旅立った。この国は宗教勢力が極めて強く、大小さまざまな神殿や聖域が点在している。巡礼文化が根付いており、聖都と呼ばれる都心には大聖堂がそびえ立つ。ここを拠点に、各地の霊峰や秘跡を巡るツアーを展開しようと考えたのだ。
「神殿の協力を得られれば大成功間違いなしだが……たぶん、反対する神官もいるだろうな。金儲けを嫌う人たちも少なくない」
銭丸は移動馬車の中で地図を広げながら、そんな不安を口にする。
隣ではガルドが「銭丸様のご加護で大丈夫だ!」と妙に盛り上がっているが、彼はもともと銭丸を“救世主”扱いしている狂信者なので、当てにならない。
「そのあたりはソフィアが交渉してくれるんですよね? なんだかんだ言って貴族のコネは強いですし」
「そうそう。ソフィアも呆れ顔だったが、どうせなら出資して儲けようって腹だ。あの人は常に合理的だからな」
ひかりが小さくうなずく。さらにバルドが荷台から顔を出し、「大事な聖域とやらも警備が必要だろうから、俺が護衛を受注すれば二重に儲かるかもしれんな」と独り言のように言っていた。
◇
ソリス神聖帝国の玄関口となる都市は、どこを見渡しても神殿建築だらけだった。石畳の道の両脇に、厳かな神像が並ぶ参道。神職の衣を纏った人々が路上を清めたり、祈りを捧げたりしている。
商業ギルドの支部もあるにはあるが、神職や巡礼客への対応に追われており、忙しそうだ。
「へえ、巡礼者がこんなに多いのか。これはビジネスチャンスだな」
銭丸は商業ギルドで許可申請をするために手続きを始める。
ギルド受付として顔馴染みになった“エレナ”もここまで出張しており、苦笑いを浮かべながら書類を受け取った。
「またあなたですか……。聖地巡礼のツアーを企画って、なかなか大胆ですね。神殿側の許可が下りればいいですけど」
「まあ、ソフィアも来てるし大丈夫だろ。こっちも神殿ギルドに恭順する形でやるからさ。あくまで“巡礼をサポート”する立場だ。うちは宿や馬車を手配するだけですよ~、と建前を見せとけば文句は出まい」
「本当にそれで収まればいいですけど」
エレナは「また爆死するんじゃないか……」という顔をしているが、表向きは何も言わなかった。彼女自身は銭丸のビジネスにわずかながら出資しており、内心では少しだけ期待しているのだ。
◇
一方、神殿ギルドの会合ではやはり抵抗勢力が強かった。金儲けを前面に出す銭丸の話を聞いて、老齢の神官たちは眉をひそめる。
「巡礼は信仰のために行うものであって、観光や商業目的に堕してはならぬ……」
「だいたい何だね、巡礼グッズだの寄付金システムだの。俗世の穢れを持ち込むとは言語道断だ」
厳しい声が飛ぶが、そこへ貴族服を纏ったソフィアが一歩前に出て、清涼な声で切り返す。
「しかしながら、聖地を知るきっかけが増えることは、結果的に神殿の信徒拡大にも繋がります。私どもが設ける“巡礼パス”や“体験講話”のシステムを通じて、新たな寄付や支援者が得られるのではありませんか?」
それでも神官たちは渋い顔をしていたが、最終的にはトップの枢機卿と呼ばれる高位神官が折れた。歴史ある神殿の維持にも莫大な費用がかかる以上、無視できないメリットだと判断したのだろう。
「……よろしい、では期間限定で試験的に許可を出そう。ただし、あまり聖域を荒らすような行為があれば、即刻中止とする。よいな」
「ありがたき幸せ! いや、ありがとうございます!」
銭丸が深々と頭を下げる。こうして“聖地巡礼ツアー”が正式にスタートした。
◇
初回ツアーの募集をかけると、驚くほどの応募が殺到した。地元の信者のみならず、海外から珍しい霊峰や神殿を見てみたいという好奇心いっぱいの人々、または純粋に観光感覚で回りたいという旅人など、あっという間に定員が埋まる。
「一行には神殿ギルドから派遣された案内役の神官が付き、さらにバルドが護衛。メルティナが薬師として同行し、巡礼者の体調管理を担当。ひかりが会計や宿の手配を仕切る……と完璧じゃないか!」
銭丸は手応えを感じて、ガルドにも寄付活動を任せる。彼は“銭丸教”の名のもとに、妙に怪しい講話をやりつつも「真の神々を讃えましょう」と巡礼客に呼びかけ、ほどほどに浄財を集めてくる。
「な? やっぱり宗教ビジネスってすごいだろ。誰でも神様に感謝したいし、聖なる場所を見たいと思うからな」
「でも、あまり欲を出しすぎると、保守的な神官からクレームが来そうですし……ほどほどにしてくださいね」
「わかってるって。今はうまく波に乗る時期なんだから」
◇
実際、最初の数回の巡礼ツアーは大好評だった。霊峰の麓にある美しい神殿を参拝し、その後は宿泊地で講話や儀式体験を行う。帰りにはお守りグッズや聖水をお土産に買って帰る。ビジネスとしては大当たりで、銭丸の取り分もかなりの額になっていた。
「ほら、ひかり! 一回の巡礼でこんなに利益が出るんだぞ。宿泊代や馬車代はもちろん、お守りや聖水の販売がバカにならん!」
「確かに……すごい売上です。神殿ギルドや神官たちにもちゃんと分配してるから、文句は出てませんし。これはもしかして、“爆死”とは無縁かも……」
ひかりがぽつりと呟くが、同時に「ここで油断すると銭丸が拡大路線に走ってしまう」という予感も拭えない。案の定、銭丸はさっそく次の一手を打ち始めた。
「もうちょっと欲張ろうぜ。せっかくなら“禁域”と呼ばれる超レアな聖域にも足を伸ばしてみたい。そうすればさらに高額ツアーを組める!」
「ちょ、禁域って……。それ、神殿の偉い人が立ち入り禁止にしてる場所じゃないですか? 何か危険な理由があるんでしょうし、そもそも許可なんて下りるんですか?」
「そこをなんとかするのが俺の腕の見せどころさ。とりあえず裏から交渉するから、ひかりは“特別巡礼ツアー”のプランを練っておいてくれ。高めの料金設定で構わないぞ」
「また強引なことを……」
ひかりは目を伏せて呟く。過去の経験上、こうやって銭丸が無茶を言い出すとロクな結果にならないが、既に大きな利益を目の当たりにすると、反対しにくい雰囲気もある。
◇
一時的な方法で枢機卿から仮許可を得た銭丸は、「極秘・禁域巡礼ツアー!」なるものを企画した。神殿ギルドの一部重役には「すでに協議済み」と話を通し、半ば強引に受付を始める。もちろん許可範囲は極めて狭く、本来なら立ち入り禁止の深奥には踏み込まないルールだ。
「ここまできたら、新規性で勝負だよ。禁域って言葉だけで人は飛びつく。実際に入れる場所はごく一部だけど、その神秘的な雰囲気を味わわせるだけで満足度が違う。超高額ツアーにしても絶対売れるさ!」
銭丸は売上予測を弾き出し、めちゃくちゃな金額を提示してはニヤニヤしている。ひかりやバルド、メルティナも「本当に大丈夫なのか……?」と不安げだが、巡礼者の申し込みは瞬く間に埋まった。平穏な旅では物足りない、という好奇心旺盛な貴族や大金持ちが集まったのだ。
◇
そして、ついに“禁域巡礼ツアー”が始まる。特別仕様の馬車に乗り込み、案内役の神官を引き連れて、岩山の霧深い道を進む。そこは古くから「神の試練が潜む場所」と言い伝えられており、魔力の揺らぎが強い。
道中の崖っぷちや急斜面を超えるたび、何やら不穏な空気が漂う。
「すげえ景色だが……マジでヤバそうだな」
バルドが険しい顔で馬車の外を見張る。獣道の先には巨大な門の跡のようなものが立っており、そこから先は重い霧が立ちこめていた。神官すら「ここから先は本来踏み込んではならぬ聖域だ」と怯えるように呟く。
「いや、枢機卿の特別許可を得たし、入口周辺を覗くだけだ。奥には入らないから安心しろ。見学だけしてすぐ帰るんだよ」
銭丸は巡礼客に笑顔でそう伝えるが、目は金勘定でギラついている。特に貴族客が喜んで高いツアー代を払ってくれたので、ここで一行が神秘的な光景を拝めばリピート確実と見込んでいた。
「……なんだかピリピリした魔力を感じます。私の計器でも数値が異常に高い。下手に薬を使うと危険かも……」
メルティナが低い声で警告するが、銭丸は「大丈夫大丈夫」と鼻で笑う。過去に何度も爆死してきたが、今回は神殿が絡んでいるし、怪しい魔物でも出ない限り大丈夫だろう――そんな安易な考えで進んでしまった。
◇
一行が霧の中へ進むと、確かに荘厳な祭壇跡らしきものが見え、巡礼客たちは感嘆の声を漏らす。
「すごい……これが禁域の聖域……」
「やはり普通の神殿とは空気が違うな。なにか崇高な力を感じる!」
皆が興奮し、カメラやスケッチで記念を残そうと右往左往している。銭丸は心の中でほくそ笑む。案の定、客は大満足だ。さっさと満喫して帰れば何の問題もない――そう思った矢先、何かが揺れ動くような音が辺りに響いた。
「……今の音は……?」
バルドが警戒を強める。馬が落ち着きを失い、ひかりは嫌な予感に襲われる。神官が青い顔で地面の模様を指さした。
「こ、ここはやはり危険です。過去に“神罰”として地割れや落雷が起きたという伝説が残っていて……しかもさっきから魔力が異常に活性化しています」
「え、嘘だろ……? 禁域だからって本当に罰なんか……」
銭丸が後ずさる。次の瞬間、地面がズズズッと鳴動し、岩肌が突然割れ始めた。激しい魔力の渦が立ち上がり、霧の向こうから光の柱が噴き出すように出現する。まさに伝説の“神怒”を思わせる天変地異だ。
「わあああっ! やばい、逃げろ!」
巡礼客がパニックに陥る。神官ですら声にならない悲鳴を上げるなか、岩が崩落して祭壇跡が一気に崩れ落ちる。地割れから吹き出す魔力の奔流に巻き込まれ、馬車も横転。銭丸は衝撃で宙へ投げ出される。
「うぎゃあああっ!」
大音響とともに発生した光の爆裂。まるで稲妻や雷火が炸裂するかのように、禁域の霊場一帯を焼き払っていく。あちこちで土砂と岩が崩れ、暴風のような閃光が木々をなぎ倒した。
◇
数分後、霧と埃が混ざり合った中、バルドやひかり、メルティナたちは必死に巡礼客の救助をしていた。皆、服を泥や血で汚しながらも、なんとか生き延びようと足掻いている。しかし肝心の銭丸が見当たらない。
「まさか、あいつ……あっちの崩れた崖下に落ちたのか?」
バルドが目を凝らす。すると、くぼみの奥からズルリと何かが出てきた。全身ボロボロで煤だらけの男……まぎれもない銭丸だ。彼は這うようにして崖の段差へしがみつき、虫の息で声を搾り出した。
「か……カネは……裏切らない……女は……たまに……裏切る……。聖地巡礼は……爆死ッ……!!」
そううめくと、銭丸の身体は崩れるように崖下へ落ちていく。神殿ギルドの案内役や客が絶叫し、ひかりは顔を覆った。もはや助からないと思わせるほどの惨状だ。岩と瓦礫に飲み込まれた銭丸がどうなったかは、誰にもわからない。
◇
結局、禁域の崩壊で深刻な被害を出した巡礼ツアーは即刻中止。神殿ギルドも激怒し、枢機卿は「二度と俗物どもをあの地に近づけるな!」と通達を出した。銭丸の名前は“破滅をもたらす異端者”として神殿記録に刻まれるかもしれない。
巡礼客はもちろん、投資していたソフィアや商業ギルドも大打撃を受ける。絶好調だった宗教観光ビジネスは、あっという間に幻と消えてしまった。
問題は、あの男――黒峰銭丸の行方だ。大爆死したのに、なぜか生き延びているのがいつものパターンだが、今回はさすがに……
「……またどこかで姿を現すのかしらね。もう……どうなってるの、あの人は」
ひかりは避難先でそう呟き、疲れ果てて項垂れる。周囲の仲間も同様に唇を噛むしかない。ガルドに至っては「ああ、銭丸様……これは試練なのだ」とか意味不明な言葉で祈っていたが、本当の神がどんな裁きを下すのかは誰にもわからない。
ただ一つ確かなのは、どれほど大量の借金を返しかけようが、銭丸がいかに勢いづいた商売を始めようが、最後には必ず壮大な爆死を迎える――それがこの世界の絶対法則のように思えてならないのだ。
そして、今のところ彼は死んでいない(はず)――再び奇跡か悪運か、どこかの町角で“次の金儲け”を企んでいる姿が目撃されるのも、時間の問題だろう。
女神も呆れるほどの無謀さと執念を携えて、黒峰銭丸はきっと帰ってくる。何度でも。カネは裏切らない――そう信じている限り、例え聖地ですら踏み荒らしながら、彼の爆死劇は続いていくのだから。
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