第13章「飛行船で空を掴め! 夢の空輸が墜落する日」
初投稿作品ですが、楽しんでいただけますと幸いです!
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「また新事業ですか、銭丸さん。今度こそ本当に返済の見込みはあるんですか?」
水無瀬ひかりは精算書類を片手に、じとっとした視線を黒峰銭丸へと向ける。先日までの“クリスタルネット騒動”で見事に大爆死を遂げた銭丸は、相変わらず生き延びたものの、借金は天井知らずに増えている。周囲はもう誰も呆れなかった――すでに呆れる気力すら尽きていたのだ。
「まあ、信用がないのは承知してる。でも、だからこそ狙うんだ。今こそ“飛行船”を使った空輸ビジネスで、一気に巻き返してみせる!」
銭丸が力説する先には、詳細な設計図らしきものが広げられている。“安全性を強化した新型飛行船”“輸送用キャリアサービス”など、賑やかに書き込まれた文字が躍る。
「今度は飛行船……確か、過去に空中広告ビジネスもやって失敗してましたよね?」
「いや、あれはただの旧型船を無許可飛行したから墜落しただけだ。今回は違う。もっと大型で、合法的に認可を取ったキャリア飛行船を使って“安全輸送”を目指すんだよ!」
「はあ……どこからその資金を?」
ひかりが驚き混じりに尋ねると、銭丸は悪びれず笑った。
「ソフィアの出資、それにガルドの“銭丸教”の寄付。加えて裏ギルドからも少し借りたが、まあこれで十分初期費用は賄える。むろん金利は高いが、大成功すれば一気に返せるだろ」
「また闇金のドランさんに借りてるんですか……。相変わらず怖いもの知らずですね」
「大丈夫、大丈夫。飛行船キャリア事業はきっと需要がある。荷物も人も一気に遠くまで運べるからな。高速移動は今のところ、飛行船以外にまともな手段がない。ここで俺が参入すれば、稼げるに決まってる!」
ひかりは深々とため息をつくが、何を言っても無駄だと悟っている。最終的には、また大爆死が待っているかもしれない。しかし、今回こそは彼がそれ以上の儲けを掴む可能性もゼロではない――そう思わせる何かが、銭丸にはあった。
◇
建造予定地は、レオンハルト王国の一角にある大きな飛行船ドック。港湾のように地上へ滑り込むのではなく、巨大な浮き桟橋を魔導で支えるタイプだ。そこに中型~大型の飛行船を複数隻そろえ、“飛空便”として運用しようという計画である。
まずは王国内の数都市を結び、次に他国への航路を開設。それを軌道に乗せられれば、輸送業界のトップになれる。少なくとも銭丸はそう豪語する。
「聞いてくれ、ひかり。すでに商業ギルドからはある程度の許可を得ている。飛空船ギルドの許可証もちゃんと取り付けた。あのときみたいに無許可じゃないから大丈夫だ」
「それは前進ですね。でも一体どんな船を準備したんです? 整備や燃料の費用もばかにならないはずでしょう」
「そこはバルドが調べてくれてな。旧型の飛行船だけど、今は改良技術が進んだらしく、新型の魔導エンジンに載せ替えられるって話だ。安く買い叩いて、一気にリニューアルするんだ」
「へえ……あのバルドさんが意外にそういう交渉もしてくれるんですね」
「よせ、あいつは元山賊だけど、意外と人脈が広いんだよ。腕っぷしも強いし、整備士連中と意外に馬が合うらしい。やっぱり頼れるよな」
銭丸はドヤ顔をしながら資金計画書をひかりに渡す。ざっと目を通す限り、大博打には違いないが、確かに成立すれば莫大なリターンが期待できそうだ。魔導研究所やクリスタルネット計画で痛い目を見た商人たちも、「空輸にはまだ未来がある」とそこそこ乗り気らしい。
◇
数週間後、港近くのドックに“キャリア飛行船”の一号船が完成した。元はボロボロだった船体が、バルドたちの手で見違えるほど綺麗に補修されている。甲板に大きくペイントされた「銭丸商会」の文字がいかにも怪しいが、本人は大満足。
「どうだひかり? カッコいいだろう。この飛行船が空輸の礎になるんだ」
「見た目は悪くないですね。でも本当に飛んでくれるんですか?」
「実はさ、メルティナが魔導エンジンに最新の調整をしてくれたんだ。あいつ、以前から飛行関連の魔導具を研究してたらしくて、エネルギー効率が格段にアップしたらしいぞ」
「その分、爆発の可能性も上がってたりしません?」
「まあ、何事もリスクはあるさ」
何の説得力もない開き直りに、ひかりは肩を落とした。しかし、周囲の整備士やギルドスタッフは「これなら思った以上にイケる」「燃費が従来の半分で済む」と口々に誉めている。
「よし、じゃあ早速試験飛行をしてみよう。安全が確認できれば、いよいよ定期便を運航するんだ」
「ちょっと、いきなり大人数を乗せるんじゃないですよね? 最初は最小限で……」
「わかってるって。バルドやメルティナ、あと何人かの乗員だけでテストフライトするさ」
◇
そしてテストフライトは驚くほど順調に行われた。空中での安定感が高く、旧型とは思えぬ滑らかな操縦性を実現している。メルティナの改造が功を奏したのか、飛んでいる最中の魔導石の暴走もなかった。
「おお、すげえじゃないか。大きな揺れもなく、最高だな!」
航行中の甲板でバルドが声を張り上げる。風を切って進む感覚に、かつて山賊として地上で暴れていた彼も興奮を隠せない。メルティナは船底のエンジンルームで計器を見ながら満足そうに頷いている。
「予想よりも安定してますよ。これなら観光客でも酔いにくいはずです。魔力消費も計画より少ないですね」
「よーし、これなら計画通り空輸に参入できるな。商人向けの高速貨物便とか、貴族旅行向けの快適便もいけるぞ!」
銭丸が指を鳴らす。飛行船ビジネスは大ブレイクの兆しを見せ始めていた。
◇
数日後、満を持して「飛行船キャリアサービス」が正式に始動。大々的に広告を打ったところ、あちこちの都市から荷物や人の輸送依頼が相次いだ。地上の馬車なら数日かかる距離を半日程度で移動できるとなれば、商人たちはこぞって利用したがるのも無理はない。
「どうだ、ひかり。この予約リストの量、見てみろ。まだ初日だってのに、ものすごい量の貨物を受注してるんだ!」
「本当にすごいですね……ちゃんと価格設定もしてありますし、何より安全性が認められれば大化けします。確かに今までのビジネスと比べて破綻のリスクは少なそうです」
しかし同時に、ひかりは「短時間に急激な拡大」を狙う銭丸の手法にも一抹の不安を覚える。過去の失敗では、大抵それが爆死を誘発したからだ。だが、今回の銭丸は珍しく慎重にギルドと連携し、運航スケジュールや安全対策をきっちり固めている。まさか本当に成功してしまうのかもしれない――そう思わせるほど順調だった。
◇
さらにそこへソフィアが資金を追加投入。貴族サロンでのコネクションを活かし、「観光飛行船」「貴族向け豪華フライト」も仕掛けて、見事に成功に漕ぎつける。城下町から観光客が集まり、高額チケットでも売れ行きは上々だった。
「これ……黒字がすごい勢いで積み上がってますよ。借金返済が見えてきました」
「で、でしょ? だから言ったろ、今回は絶対儲かるって」
ひかりが嬉しそうに笑みをこぼす。これまで散々、爆死オチに巻き込まれてきたが、借金の山をようやく返せるかもしれないのだ。銭丸自身も胸を張り、あちこちの投資家へ返済スケジュールを送信し始める。
「よし……とりあえず闇金ドランからの分は、今週中に返せそうだ。ソフィアへの出資金も、もうすぐ返済どころか配当金をちゃんと出せる!」
「やっと……やっとここまで来たんですね……」
ひかりは目頭を押さえている。こんな日が訪れるなんて夢にも思わなかった。バルドも「やっと貧乏生活から解放されるか」と冗談めかしに笑う。メルティナは黙々と飛行船の定期点検を続けながらも、どこか嬉しそうだ。
◇
そして運命の日。ついに借金をすべて清算する見通しが立ち、銭丸はドランやソフィア、その他の投資家たちを飛行船ドックに集めて記念セレモニーを行うことにした。
会場にはギルド関係者や報道(魔導新聞)の記者も多数駆けつけ、あの破滅的な男がついに成功して全額返済! という衝撃の話題で持ち切りだった。
「皆さん、本日はお越しいただきありがとうございます! わたくし黒峰銭丸、ここに借金完済を宣言させていただきます!」
銭丸が壇上で堂々と宣言すると、拍手喝采が巻き起こる。ソフィアは呆れたように笑みをこぼし、ドランは「こんな日が来るとはな……」と半笑いで腕を組んでいる。
「いや~長い道のりだったが、これでようやくプラスに転じたよ。これからはこの飛行船キャリアをもっと拡大して、俺たちの商会は王国随一の空輸カンパニーになるんだ!」
「もし今回も失敗してたら、あんたの命はなかったがな。ま、金を返してくれたんなら文句はねえよ」
ドランが短剣の鞘を軽く叩きながら、満足そうにうなずく。ソフィアも「どうせまた軽はずみな事業を打ち出すのかしら」と呆れながら、いつもより穏やかな表情だった。
ひかりやバルド、メルティナも壇上に並び、これまでの苦労を振り返って感慨深くなっている。誰もが「まさか銭丸が本当にやり遂げるとは」と驚きつつ、祝賀ムードに包まれるのだった。
◇
「それでは最後に、新型の大型飛行船をお披露目します! 皆さま、ご覧ください!」
銭丸がドヤ顔で手を広げると、背後のドックに据え付けられた巨大飛行船がライトアップされる。優雅な船体に、魔導エンジンの複数装備。甲板には豪華な内装が施され、観光から貨物まで幅広く運用可能な万能モデルだ。
大喝采が沸き起こり、魔導新聞の記者は一斉にカメラ(魔導具)を向けてシャッターを切る。まさに成功の象徴ともいえる光景に、銭丸の胸は高鳴った。
「うへへ……これでもう借金もなく、黒字生活が始まるんだ。な、ひかり、俺と一緒にこの船でどこまでも飛んでいこうぜ!」
「からかうのはやめてください。けど、まあ確かに、まさかこんな綺麗な船を持つまでになれるとは……」
ひかりは少し照れたように微笑む。バルドやメルティナも甲板を見上げて感慨に浸っている。だが、そのとき――。
「おや? あれは……やばいんじゃないか?」
誰かの小さな声が聞こえた。上空を見やると、急に黒雲が広がり、怪しい稲妻が走り始めている。天気予報(精霊予報)では晴れのはずが、魔力を帯びた雷雲が突如として出現したかのようだ。
「なんだよ、この空模様……まさか魔力嵐か?」
バルドが身構える。飛行船と雷雲の相性は最悪と言われており、下手をすると空中で感電爆破を起こす危険がある。
「いや、まさかこんな突然……。でももし雷が直撃したら……エンジンが暴走するかも……」
メルティナが青ざめた表情で、上空を見つめる。その瞬間、一本の雷光がギラッと光り、まっすぐドック上空へ落ちてくるのが見えた。狙いすましたかのように、巨大飛行船めがけて。
「えっ、うそ……!」
「避雷針は!? 間に合わないぞ!」
人々が悲鳴を上げる暇もなく、ドックの鉄骨を突き破る激しい稲妻が甲板を直撃した。バリバリバリッという凄まじい音とともに、魔導エンジンがショートし、制御不能の魔力火花を四散させる。
「うわあああっ!」
次の瞬間――ブオオオッという爆炎とともに飛行船の大半が爆発を起こした。燃料に使っていた魔石に過負荷がかかり、一気に誘爆を連鎖させてしまったのだ。煌びやかだった船体は跡形もなく吹き飛び、ドックの設備ごと炎に包まれる。
「逃げろ! 船が……」
銭丸はがく然と立ち尽くす。ついさっきまで借金完済を祝っていたのに、一瞬で黒煙と火の海だ。爆炎が激しさを増し、破片が銭丸たちのいる壇上へと降ってくる。
「ひぃいいっ! ああああっ……!」
「銭丸さま、走って避難を……」
ひかりやバルドが必死に呼びかけるが、二度目、三度目の爆発がとどめを刺す。崩れ落ちた支柱の直下にいた銭丸は、激しい衝撃波に巻き込まれ、宙へ放り出されたまま火の粉を浴びて吹き飛ばされる。
「ぐはっ……」
ぐしゃりとどこかに叩きつけられ、黒煙の中へ姿が消えていく。周囲には炎と悲鳴が渦巻き、点火された魔導エンジンや燃料庫が次々に破裂する連鎖爆発へと繋がっている。
「な、なんでこんなタイミングで……!」
「せ、せっかく借金を返したばかりなのに……」
ソフィアやドランたちも半泣きで安全地帯に退避するが、そこから見えるのは一面の地獄絵図。船もドックもすべて火砕に呑まれ、借金返済直後にさらなる惨劇が起こるとは、だれが予想できただろう。
◇
やがて火の手がようやく鎮まったころには、ドック周辺は半壊状態だった。大金をかけて完成したばかりの大型飛行船は、見る影もない。呆然と立ち尽くすソフィアやひかりに対して、ギルド関係者は肩を落としつつ手助けをする。救助が終わったあと、誰かがこう呟いた。
「……銭丸は、あそこに巻き込まれたんだろ?」
「きっと跡形もなく……。せっかく借金完済できたのに……アイツらしくない最期だな」
闇金ドランも暗い目をしてヘラヘラ笑う。いつもなら「まあアイツなら生きてるだろう」などと言うが、今回ばかりは規模が違いすぎる。全焼した飛行船の爆発に巻き込まれて、しかも高所からの落下なのだ。
「……まさか本当に死んじゃったの?」
ひかりがすすり泣くように声を漏らす。長かった借金生活と爆死オチがようやく終わったと思った矢先、こんな形で結局は……
「カ、カネは……裏切らない……女は……たまに……裏切る……。飛行船は……爆死ッ……!!」
突然、真っ黒にすすけた残骸の陰から、かすれ声が聞こえた。見ると、炭と化したかのような男が力なく転がっている。どうにか原形を保ってはいるが、見るも無残な姿だ。
「う、嘘……また生きてるの? あり得ない……」
ひかりが唖然とする。男は最後の力を振り絞るようにひきつった笑みを浮かべ、再び倒れ込む。その姿は、周りにいた人々を呆然とさせた。
◇
こうして、ついに借金をすべて返し“念願の黒字経営”へと踏み出そうとした瞬間、壮大な爆発事故で飛行船もろとも自爆した黒峰銭丸。再び大炎上で灰燼に帰したものの、なぜか“なかったこと”にはならず、噂によれば数日後にはまたこっそり姿を見せているらしい。
人々は噂する――「あの男は金を掴む寸前で爆発し、なぜかどこからともなく蘇る不死身の商売人だ」と。しかし、今度ばかりは新しい大型船も壊滅してしまい、今後の資金繰りはどうなるのか。
例によってまったく先の見えない結末に、ひかりやバルド、メルティナは混乱の色を隠せないが、いずれにせよ“借金完済”すら踏みつぶすほどの爆死劇で、再び新たな借金地獄に逆戻りする可能性も高そうだ。
結局、黒峰銭丸がどれだけ大成功しようが、最後には必ず爆死――そういう運命からは永遠に逃れられないのかもしれない。いや、彼自身は二度とめげることなく、また次の奇抜なビジネスを探し始めるに違いない。女を呆れさせ、ギルドに怒られながらも、金儲けの情熱だけは決してくすぶらずに――。
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