第12章「魔導ネットワークを制覇せよ! クリスタル通信の大暴走」
初投稿作品ですが、楽しんでいただけますと幸いです!
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「ああもう、また新しい借金を積み上げて……今度は何をやらかすつもりですか、銭丸さん」
水無瀬ひかりが、ため息とともに帳簿を机に投げ出した。黒峰銭丸はその向かいで、まったく悪びれない顔で新企画書を広げている。いつも通りと言えばそれまでだが、あまりにも同じ失敗が続きすぎて、周りの誰もが呆れ果てるしかなかった。
「いやいや、今回こそは絶対に儲かる。すでに魔導研究所とか、行商サーカスとか、いろんなビジネスで“痛い目”に遭ってきただろ? だからこそ気づいたんだ。情報の価値ってのは、どんな商売よりも上にくるんだよ」
「情報? また胡散臭いことを……」
「胡散臭くないって。今はどの国でも、遠く離れた都市とやりとりするのに『伝書鳥』とか『使い魔』とか、そういうアナログ手段を使ってるだろ。そこを俺が、最新の魔導通信網で一気に革命してやるんだよ」
銭丸が自信たっぷりに示したスケッチには、透明な水晶球をいくつも繋いだような塔のイメージが描かれている。メルティナから借りた魔導技術の資料を参考にしたらしく、やたらと専門用語が書き連ねられていた。
「クリスタルネット? それって要するに、大規模な水晶を介した魔法通信ってことですか?」
ひかりが資料をめくりながら眉根を寄せる。絵や数式らしきものがずらりと並んでいるが、どうも難解だ。
「そう。水晶塔を設置して、特殊な魔法陣で相互接続すれば、都市同士がほぼ同時に情報をやり取りできるって仕組みさ。手紙や飛行船より圧倒的に早い。これを使えば、王国全土から国境を越えて別の国まで、リアルタイムで情報交換ができる!」
「理屈はわかりましたけど、大規模すぎじゃないですか。そもそも、そんな高価な水晶を何個も用意できるんですか?」
「資金は大丈夫、大丈夫……たぶん」
銭丸が曖昧に笑う。その背後では、大柄な用心棒バルドが渋い表情で腕を組んでいる。そして扉の近くでは、闇金の取立て屋ドランが悪そうなニヤケ顔を浮かべていた。
「おい、銭丸。俺たち裏ギルドのほうも、もう何度も貸し込んでるんだ。今回は本当に回収できるんだろうな?」
「だ、だいじょうぶだ。今回はソフィアも出資してくれるし、さらにガルドの“銭丸教”信者が『新しい奇跡を広めるため』とか言って寄付金を集めてくれたんだ。だから立ち上げ資金くらいは十分確保できそうなんだよ」
借金男の発言とは思えない楽天ぶりだが、彼の奇妙な運の良さも手伝ってか、なぜか周囲は毎回それにつき合わされてしまう。不満を抱えたままのドランとバルドは顔を見合わせ、ため息をついた。
◇
場所はレオンハルト王国の中心都市。巨大な時計台を有する広場に、銭丸は早速“クリスタルネット計画”の拠点を建設し始めた。各地に通信塔を立てるため、その第一号となる塔の基礎を作るのだという。
「いらっしゃい、いらっしゃい! ただいま新ビジネス『クリスタルネット』の出資者を大募集中! 画期的な魔導通信システムで世界が変わる!」
商業ギルドが用意した一角を大きな看板で飾り、銭丸は堂々と客寄せをしていた。人だかりの中には、偶然通りかかった小口投資家や、物好きな冒険者、さらに噂を聞きつけた貴族や役人らが混じっている。
「なんだかんだ言いながら、けっこう興味を持ってくれる人が多いんですね」
ひかりが受付台で見守りながら、驚いたように言う。
銭丸が配ったチラシには“遠方の取引も瞬時に決定できる” “魔導研究所や軍関係者にも需要大”など、商売へのメリットが詳しく書かれている。通信という概念自体は、人々にとって魅力的なのだ。
「そりゃそうさ。いちいち使い魔や飛行船で連絡を取るより、直接クリスタル越しに意思疎通できるなら、時間とコストの削減は莫大だろう?」
「その仕組みがちゃんと動けば、ですけど。大丈夫ですか? 魔力の制御とか、電波みたいに乱れるとか、考えられるトラブルは多そうですよ」
「そこはメルティナが研究してくれたから。魔導水晶を魔力伝達の導線にするんだとさ。多少の干渉はあるかもしれないけど、実用範囲だろう。さあ、俺たちの新時代が来たってわけだ!」
毎度ながら銭丸の根拠なき自信に、ひかりは頭をかかえる。確かに魅力的な話だが、こういう事業に限って最後にはドカーンと爆発――が、この男の常なのだ。
それでも今回ばかりは、なんとかうまくいってほしいという気持ちが、ひかりにも少しだけある。借金苦から解放されれば、自分自身の異世界生活もだいぶ楽になるはずだ。
◇
そこへ、美しい貴族衣装を纏ったソフィア・リュミエールが現れた。没落貴族ながら、資金力とコネをかき集めて何度も銭丸に出資してきた出資者だ。しかし、直近のサーカス猛獣ビジネスでも派手に痛手を被ったばかり。
「銭丸、今回こそ大丈夫でしょうね? 先日なんてテントが丸ごと炎上して、出資金が煙になったばかりだというのに……」
「そ、それは申し訳ない。だが、今度こそビッグビジネスなんだ。世界規模の通信システムを押さえたら、利権はほぼ独占! 莫大な利益が見込めるぜ?」
「はぁ……結局あなた、そうやって毎回大風呂敷を広げるんだから。私も学習しない女よね」
ソフィアは呆れ顔をしながら、ツンと顎を逸らす。とはいえ、彼女も銭丸の“異常なまでの商才”に一抹の期待を寄せているからこそ、なんだかんだ言いながら出資を続けているのだ。
「工期はどれくらいですか?」
「とりあえず第一号塔を二週間程度で組み上げて、通信実験がうまくいけば近隣都市にも順次拡大する。あちこちに魔導水晶の受信塔を立てるには、だいぶコストがかかるが……皆の出資で何とかするよ」
そう言って銭丸が笑うのを見て、ソフィアはさらに深い溜息をつく。まったく学習しないのは自分か、それともこの男か――そう思いながら、彼女は高そうな靴音を立てて去っていった。
◇
研究所から技術協力を得たメルティナが現場を取り仕切り、魔導技術の設計を監修する。バルドは警備と資材運搬、闇金ドランは“融資分の使途チェック”と称してちょくちょく現場を見に来る。
そんな体制で、クリスタルネット事業は順調に進み始めた。
「よし、第一号塔“ノード・ゼロ”が完成したぞ。メルティナ、早速試験運用してみようぜ」
「ええ、思ったより早く仕上がりましたね。あまり無理をさせないでくださいよ。水晶塔が壊れたら修理費が大変ですから」
「わかってるって。まずは近隣のギルド支部と接続テストをするんだろ?」
「はい。……よし、魔力量安定。通信魔法陣、起動します」
水晶塔の基部に組み込まれた魔導装置がぼんやりと白い光を灯す。その光が伸びて塔の先端を包み込み、空気がピリピリと震えるような感触が広がった。
ひかりが隣で呑み込むように息をする。数秒の沈黙の後、メルティナは耳元の小さな水晶板に意識を向ける。
「――こちらレオンハルト王国、ノード・ゼロ。そちらは聞こえますか?」
すると、高周波のようなかすれたノイズののち、微かな声がかすれて聞こえてきた。
「……こちら、商業ギルド支部……微妙に聞こえるが、まだ雑音が大きい……どうなってる?」
「わあ、本当に繋がったんですね!」
ひかりが目を見張る。確かに雑音はあるが、こんなに簡単に遠隔会話ができるとは驚きだ。周囲の作業員も興奮を隠せず、拍手や歓声が湧き上がる。
「すげえ、マジで通信できるじゃないか! これなら使い魔なんか目じゃねえぞ」
「この瞬間さえ押さえれば、投資家だって喜んで資金を出したくなるわね」
その場にいた出資者やギルド員も大きく頷いている。銭丸の目は早くも金貨の山を想像してきらきら輝いていた。
◇
こうして成功への手応えを得た銭丸は、さらに通信塔の拡張を急ぐ。まずは同じ王都内に複数の中継塔を立て、研究所や商業ギルドの支部を繋ぎ、街の各区画でも“端末(小型水晶板)”を使って情報を送受信できるようにした。
魔導研究員の協力もあり、各所で“リアルタイム通信”の恩恵を実感する声が増えていく。貴族や商人もこぞって端末を求め、「そちらに商品を納品する日程をすぐに調整してほしい」「緊急連絡を伝えられるのはありがたい」など、大絶賛だ。
「ほら見ろ、ひかり。俺の目論見通りだろ? 通信事業で儲けるってのはこういうことだ!」
「確かに、これは大化けしそうな気配ですね……。ただ、情報が一瞬で広まるってことは、良くない噂やデマも広まるんじゃないですか?」
ひかりの言葉に、銭丸は口を閉ざす。現代でもSNS炎上などのトラブルは珍しくなかった。いくら通信が便利でも、扱いを誤れば大混乱が起こるかもしれない――彼女の言う通りだ。
「ま、そこは俺がうまく管理するさ。モラルのない噂とかは流れないように、ギルドと一緒に取り締まればいいだろ」
「そ、そうですね……いつもの強引さで言うなら、それしかないですけど」
ひかりは納得しきれないまま、帳簿に向かう。通信契約の料金体系や端末のレンタル料など、新しい収益モデルの算定は大変だが、ここでシステムが軌道に乗れば確かに莫大な利益が見込める。
◇
しかし、事態は急転していく。大規模な通信網が稼働するということは、従来なかった規模の“情報渋滞”や“デマ拡散”、さらには“不正アクセス”といった問題を誘発するのだと、誰もが予想しきれなかったのだ。
「な、なんだこれ……?」
ある日の朝、メルティナが通信塔の管理装置をチェックしていたところ、異様な量の魔力消費が記録されていることに気づいた。誰かが端末を乱用しているせいで、通信塔に負荷がかかりすぎているようだ。
「メルティナ、どうした? 顔が真っ青だぞ」
「通信量が、想定の何十倍にもなってるんです。何か大量のデータ――いえ、ものすごい魔法的負荷が走っていて、制御装置が悲鳴を上げています。故障の危険が……!」
「え、まじで?」
駆けつけたひかりも制御パネルを覗き込んで驚愕する。画面(魔法陣の発光パターン)がめちゃくちゃに乱れ、数字が激しく変動し続けていた。
「誰かが悪意を持って、あるいは興味本位で無茶な使い方をしてるってことかも。これ、通信妨害が入ってる可能性もあるんじゃ……」
「くそっ、そんなの想定してなかった!」
銭丸は頭を抱え、制御パネルを操作しようとする。しかしボタンやレバーをいじっても、ほとんど反応がない。システムがすでに暴走モードに入っているのか、光のノイズがひっきりなしに塔の外壁を走っている。
「このまま負荷がかかり続ければ、魔導水晶が割れたり、内部で爆発が起きるかもしれません!」
「とにかく緊急停止だ! 一度通信を全部シャットダウンしろ!」
「わ、わかりました。でも制御陣がロックされてて、何重ものセキュリティを解除しないと……」
メルティナとひかりが必死に操作する一方、バルドが外の様子を確認しに走る。闇金ドランは「ああ、やっぱりかよ」と呟いて匙を投げそうになっている。
◇
街中でも不穏な動きが起こり始めていた。通信端末を通じて、怪しげなデマや疑わしい噂が一瞬で広まる。貴族が云々、国がどうとか、商人同士の裏取引だとか、真偽不明の情報が大衆を煽るかたちで拡散し、市場やギルドが混乱する。
「なんなんだこの魔導通信網ってのは! 勝手に嘘が飛び交って、みんな振り回されてんじゃねえか!」
「もうやってられねえ、端末なんか捨ててやる!」
怒号や悲鳴が飛び交う中、クリスタルネットへのバッシングが急激に高まっていった。さらには塔が魔力を暴走させているという話もすぐに広まり、人々はこぞって「爆発するんじゃないか」と怯えて逃げ出す。
◇
「メルティナ、止められないのか!」
「くっ……暴走量が桁違いで、緊急停止の解除コードが弾かれてます。下手にケーブルを引き抜けば、逆流で大爆発を起こす危険が……」
「んだよそれ、詰んでるじゃねえか……!」
銭丸が絶望的な叫び声を上げる。そのとき、唐突に警告ランプが真紅に点滅し、塔全体が唸り声のような振動を放ち始めた。アンテナにあたる先端の巨大水晶がガリガリと不気味な音を立てる。
「逃げろ、マジでやばいぞ! 通信塔が崩壊する!」
バルドが戻ってきて、メルティナやひかりを必死に引っ張る。瓦礫が落ちてくる気配を感じながら、彼らは大慌てで建物の外へ逃げた。
そして、稲妻のような魔力の閃光が塔を包み込み、一瞬の沈黙の後――。
◇
ドカアァァァァンッ!!
どこまで響くかわからない轟音が、王都の中心を揺るがした。通信塔の外壁や魔導装置の基盤が次々と粉砕され、飛び散る水晶の破片が周囲に降り注ぐ。街角の建物も衝撃波に巻き込まれ、破れたケーブルからは迸る魔力の火花が何重にも連鎖爆発を誘発した。
「ひ、ひいいっ!」
「逃げろ! 爆発だあああっ!」
人々の絶叫が四方に響き、銭丸はその光の渦の真っ只中に飲み込まれていく。反射的に手を突き出したが、圧倒的な爆風は彼の身体を軽々と宙へ放り投げた。
「ぐあああっ……!」
燃え上がる通信装置、砕けた水晶片、噴き上がる魔力の残滓。視界が白い煙と閃光で埋め尽くされ、何も見えなくなる。最後に銭丸の耳に届いたのは、自分自身の悲鳴だったかもしれない。
◇
爆炎が収まった頃には、中央広場には大きなクレーターができていた。周囲の建物は壁が崩れ落ち、水晶の破片が荒れ地のごとく散らばっている。生き残った人々がかすかに呻き声を上げるが、誰もが呆然としている。
「まさか、本当に通信塔ごと吹き飛ぶなんて……」
「町の復旧にどれほど時間がかかるか……」
ソフィアは遠巻きに現場を見つめ、蒼白になっていた。彼女の出資金もまた灰燼に帰した。ドランは「やれやれ、またか」と苦笑しながら、吹き飛んだ施設の破片を蹴飛ばしている。もう取り返しのつかない大損害だ。
焦げ跡の中心には、一人の男の形をした物体が横たわっていた。息があるのかどうかもわからない。黒焦げの衣服と煤まみれの髪。にもかかわらず、その口がかすかに動いたように見えた。
「カ……カネは……裏切らない……女は……たまに……裏切る……。クリスタルネットは……爆死ッ……!!」
か細い断末魔とともに、銭丸の身体が再び崩れ落ちる。周囲には散々な光景が広がり、あちこちで悲鳴と嘆きがこだまするが、どうしようもない。結局、大成功の寸前で大失敗をやらかし、通信ビジネスは大破局に陥ったのだ。
◇
数日後、王都の人々は復興作業に追われつつも、あの男がまた生きて街をうろついているという噂を囁き合う。いくら爆発に巻き込まれても、なぜか死なない奇妙な商売人がいる――もはや都市伝説に近い。
しかし、全財産をつぎこんだ出資者たちは死活問題。銭丸の名前を呼んで責め立てる者も絶えず、闇金はさらに利息を上乗せして取り立てに動くだろう。
それでも彼はきっと、また新たな儲け話を見つけては災厄を呼び込むのだ。女に呆れられようが、ギルドに警戒されようが、一度火がついた金儲けの欲望は止まらない。カネは裏切らない――少なくとも、銭丸はそう信じている。
次の企画は、何をやらかすのか。空輸に戻るのか、国家改革か、それとも……。
爆炎の中で消えたクリスタルネットが遺した教訓は大きいが、果たして彼は学ぶのか学ばないのか。傍らで再びため息をつく仲間たちをよそに、また別のビジネスの種を探し始める男の姿が、王都の裏路地で目撃されたという。
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