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第11章「猛獣と共に行商キャラバン!? サーカスショーで爆死!」

初投稿作品ですが、楽しんでいただけますと幸いです!

よろしくお願いいたします。

 「どうして、こうも懲りないんですかね……」


 水無瀬ひかりは呆れ果てた顔で、書類を机に叩きつけるように置いた。彼女の向かいには、同じく現代から転移してきた商売人――黒峰銭丸が座っている。

 爆死を繰り返しながら何度も事業に失敗してきた銭丸だが、その度にどこからか奇跡的に生還し、借金だけを増やしては新たな商売を思いつく。今回も、まったく反省などしていないらしい。


「いや、聞いてくれ。絶対に需要があるビジネスなんだ。行商キャラバンは知ってるだろ? 物資や商品を馬車に積んで各地を巡り売り歩くヤツだ。あれを派手に拡張すれば、大儲けのチャンスになるって思わないか?」


 銭丸は口角をぐいっと釣り上げ、膝の上に置いた企画書を堂々と叩いた。用紙には「行商キャラバン大作戦!」と大きく書かれ、その下には装飾的な文字で「サーカス団と提携し、大規模な巡業ショーを同時開催!」とある。


「行商キャラバン自体はまあ理解できます。でも、なんでサーカスまで絡めるんです? 猛獣ショーって……絶対危ないですよ」


 ひかりが目を細める。サーカス団の猛獣ショーといえば、噛まれたり暴れたりと何かとリスクの高い催しだ。ましてやこの異世界の“猛獣”には魔力を帯びたモンスター級の存在も混ざっているという。イベントとしては派手だが、一歩間違えれば大惨事に発展しかねない。


「そこをうまくコントロールするのが、俺の腕の見せどころさ。だって見てみろよ、この世界にサーカス団ってあまりいないだろ? だからこそ珍しいんだ。しかも、各街を回れば新鮮な興奮を提供できる。話題性は抜群、つまり集客力が高い!」


「話題性があるのはわかるんですけど……。また何か大爆発を起こしそうな嫌な予感がします」


 ひかりは深々とため息をついた。先日の魔導研究所ツアー企画でも盛大に失敗し、研究所を吹き飛ばしてしまった銭丸。結局、借金は雪だるま式に増えている。それなのに、またもや大掛かりなイベントを計画するとは、正気の沙汰ではない。


「まあ、今回の資金はちゃんと調達してあるんだ。ガルドから“献金”がちょっと入り、あとは例によって投資ファンド方式で商人たちから小口を集めた。ソフィアからは嫌味を言われながらも少額の追加出資を引き出してな。これで何とかキャラバンの馬車を増やし、サーカス団と組む費用もまかなえる」


 銭丸が鼻歌まじりに言うと、ひかりは頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。


「もう……ガルドさんたち“銭丸教”とか言い出してますけど、本当にいいんですか? 狂信者が変な期待を寄せていて、こっちが否定しても聞かないですし」


「まあ、その辺は放っておけ。俺が神様扱いなんておこがましいが、資金が集まるのはありがたい。とにかく今回の商売は上手くやるぞ。スケールを大きくしてこそリターンもデカいからな!」


 いつも通り、銭丸のやる気だけは満々だった。



 そこへ部屋の扉が控えめにノックされる。現れたのは、鍛え上げられた腕とポニーテールの髪型が印象的な大男、バルドだった。彼は元山賊団の頭目で、今は銭丸の用心棒兼ツッコミ役である。


「おう、バルド。どうだった?」


 銭丸が顔を上げると、バルドは胸元で腕を組み、低い声で報告を始めた。


「サーカス団の連中とは話がまとまった。昔、俺が旅芸人を助けたことがあって、その伝手で団長とすぐに連絡がついたんだ。猛獣使いのやつらも乗り気だ。近くの国境付近で合流する形になった」


「お、いい調子じゃねえか! あとは行商キャラバン用に改造した馬車を準備して、サーカス団と一緒に巡業を始めるだけだな」


「本当に大丈夫なんですかね。猛獣がいるってことは、管理を誤ればすぐ暴れだす可能性が……」


 ひかりが再度確認するが、銭丸はニヤリと笑みをこぼした。


「そこはメルティナの魔導薬がある。猛獣を鎮静化できる薬とか、軽く興奮させる演出用の薬とか、いろいろ開発してくれたんだ。まあ、たとえ事故が起きても、バルドがいれば抑えてくれるだろ」


「おいおい、俺ひとりじゃ不安だぞ?」


「まあまあ。しっかりやろうぜ。成功すりゃ大金持ちだ」


 銭丸は自信満々に言うが、ひかりとバルドの胸中には漠然とした不安が渦巻いていた。



 数日後、銭丸たちは複数台の馬車とテントを引き連れ、合流地点へと向かった。薄曇りの空の下、荒涼とした原野に色とりどりのサーカステントが並び、獣の唸り声や道化師の笑い声が混じり合っている。

 巨大ライオン、トラ、そして小型のグリフォンまで……猛獣を飼い慣らした猛獣使いが誇らしげに見世物のリハーサルをしていた。


「これぞ華やかな巡業団! 行商キャラバンを組み合わせて、どの街でも大ヒット間違いなしだ」


 銭丸はテントを見渡しながら笑みを浮かべる。一方、ひかりはすでに頭痛が再発しかけていた。つい先ほどもテントの陰で猛獣が縄を引きちぎろうとしていたのを目撃し、危うく係員が噛まれそうになった場面を目にしている。


「大丈夫なんでしょうか……。こういうのって、専用の訓練場や檻がないと無理がある気がするんですけど」


「そこをあえて移動しながらやるのがミソさ。普通ならあり得ない見世物を各地に届ければ、料金も高く設定できる。客は絶対興味を持つって」


「興味を持つのはわかりますが……」


 ひかりが言いかけたところへ、グリフォンの甲高い鳴き声が響き渡った。どうやら調整に失敗したらしく、鳥と獣が混ざった体躯がばさばさと羽ばたいている。猛獣使いが必死で綱を引いて制御しているようだが、滑空していく姿はかなり危なっかしい。


「おい、そこのグリフォン! 飛ぶなら演出の時だけにしろ!」


 団長が怒鳴り声を上げるが、怪鳥はテントの上空を旋回してようやく静かになった。ビジュアル的には迫力満点なものの、やはり不安感が否めない。



 こうしてサーカス団+行商キャラバンの“大所帯”は旅立った。まず最初の公演は、レオンハルト王国と隣国の境にある小さな町だ。野外に設営された大テントで昼と夜の公演を計画し、同時に銭丸率いる行商チームが会場周辺で物販をする。


「見世物の合間に、日用品や珍しい雑貨、土産物を売りまくる。街に固定の店舗を持たない分、維持費もかからない。絶対儲けるぞ」


 馬車の奥で、銭丸は色とりどりの品々を並べながら意気揚々だ。ひかりが売上を管理し、バルドは警備を兼ねて舞台裏を巡回。メルティナは猛獣用の薬品を必要に応じて調合する役割を負っていた。


 初公演は順調だった。猛獣ショーや空中ブランコ、曲芸師たちがステージを彩り、満員の観客が大歓声を上げる。行商ブースも大盛況で、チケット代や物販の収入はかなりの額にのぼった。


「見ろよ、ひかり。こんなに儲かるとは思わなかっただろ? しばらく続ければ借金なんてすぐ返せるぜ」


 興行を終えた夜、大テントの裏で銭丸は満足げに計算書を眺める。ひかりも数字を見て目を丸くする。


「確かに……ここまで客が入るとは思いませんでしたね。猛獣ショーは怖いもの見たさもあるのか、すごく評判いいですよ。でも、調子に乗りすぎて危険なことをしないでくださいね」


「ああ、わかってるって。今は堅実第一で――」


 銭丸が言いかけたとき、隣の荷車から大きな衝撃音が響いた。慌てて様子を見に行くと、獅子の檻を移動中に猛獣使いがバランスを崩し、檻をドンと落としてしまったらしい。


「くそっ、獅子が荒れてる! 大丈夫か!?」


「鎮静剤を……メルティナさーん、早く来てくれー!」


 夜闇の中で獣が雄たけびを上げ、檻の鉄格子をガンガンと打ちつける。一歩間違えれば逃げ出す可能性もある。猛獣使いたちは手際よくメルティナの薬を打ち込んで何とか落ち着かせるが、ひかりは肝を冷やした。


「もう……危ないですね。今回はギリギリでしたけど、こんなハプニングが公演中に起きたら……」


「ま、まあ、今は大丈夫だから。お、落ち着けって」


 銭丸は冷や汗をかきながらも強がった。だが、ここで終わらなければいいが――と、ひかりは小さくつぶやく。



 その後も数日間は大きな事故もなく、キャラバン隊は次の町へ移動した。公演の仕組みや誘導にも慣れた結果、いよいよ客入りは最高潮に達する。行商の売上も好調で、投資ファンド参加者から早くも喜びの声が上がっていた。


「へへ、これで俺もついに大金持ちへの道が開けるぞ。バルド、サーカス団の猛獣たちも安定してるみたいだし、もっと迫力を演出できないかな?」


 夜の打ち合わせで、銭丸がにやつきながら提案する。バルドは険しい顔をしたが、銭丸の期待するまなざしを前に、困惑したようにうなる。


「迫力を上げるって、いったいどうするんだ? ただでさえ猛獣は十分凶暴だぞ」


「そこに少し“興奮剤”を混ぜてやれば、さらに客を沸かせられるんじゃないか。メルティナが鎮静剤だけでなく、刺激を与える薬も作ったって言ってたろ? ショーの演出にちょっとだけ使えば、圧倒的インパクトが出る!」


「……やめておいたほうがいいんじゃないか。猛獣が制御不能になったらどうする」


「大丈夫、大丈夫。いざとなったら鎮静剤を投入すればいい。バルドが暴れる猛獣をバシッと押さえ込めば、観客も大喜びだ」


 なんとも安易な発想。バルドは唸ったまま言葉に詰まるが、銭丸は「試しにやってみよう」と強行を決めてしまう。



 数日後、別の都市で迎えた夜公演。テントには今まで以上の観客が押し寄せ、開場前から熱気に包まれていた。客入りを確認した銭丸は、猛獣使いに小さな瓶を手渡す。


「これが例の……本当に大丈夫なのか?」


「ちょっとだけだぞ。ほんの数滴でいい。これがショーのクライマックスを最高潮にしてくれるはずだ!」


 猛獣使いは半信半疑だが、「主人の依頼なら仕方ない」と呟き、獅子とトラに薬を与えるタイミングを計る。幕が上がり、客席から歓声が巻き起こる中、ショーは華々しくスタートした。


 空中ブランコが舞い、曲芸師が見事なバランス芸を披露。照明役の魔導灯がステージを照らす中、いよいよ猛獣たちが中央に引き出される。腹をすかせた獅子とトラが唸り声を上げ、客席からはわっと悲鳴と興奮が入り混じった声が響いた。


「いいぞ、ちょうど盛り上がってきた。このタイミングなら……」


 猛獣使いが獣の鼻先に薬を垂らす。わずかに煙るような匂いに誘われ、獅子とトラの目がぎらりと光った。通常より興奮状態に突入し、咆哮がひときわ大きくなる。


「うおお……すごい迫力だ!」


「客の反応は上々ですね」


 舞台袖で見守る銭丸とバルド、そしてひかりがざわめく。だが、その興奮はやがて常軌を逸したものへと変化し始めた。獅子が檻の柵をガンガンと体当たりで揺さぶり、トラは猛獣使いの合図を無視して凶暴化。客席の悲鳴が一気に大きくなる。


「おい、ちょっとやりすぎじゃ……」


 ひかりが青ざめた声を漏らす。猛獣使いは慌てて鎮静剤を投与しようとするが、興奮しきった獅子が制止を振りほどいて、檻の扉を蹴破ってしまったのだ。


「うわああっ! 檻が開いた! みんな逃げろー!」


 猛獣使いが絶叫し、観客席も一斉にパニックに陥る。走り出す獅子に驚いたトラまでが暴走し、会場のテント内をかけ回る混乱の図。空中ブランコの芸人がぶら下がったまま悲鳴を上げ、客たちは通路を奪い合いながら避難しようとする。


「おい、鎮静剤は!? 早く撃て!」


「だめだ、近寄れない! 檻が邪魔をして……うわあっ!」


 猛獣使いが薬を持って駆け寄ろうとするが、勢い余ったトラに体当たりされ、吹き飛ばされてしまう。バルドが「くそっ!」と叫び、ロープを手に立ち向かうが、獅子は並大抵の力では抑えきれない凶暴さをむき出しにしている。



 舞台裏で怒声が飛び交う中、銭丸は一縷の望みをかけてメルティナを探す。彼女なら鎮静剤を使いこなせるかもしれない。だが、メルティナも楽屋側で物資を運んでいたところを何かに巻き込まれ、今は姿が見えない。


「やばい……完全に想定外だ!」


 テントの支柱を壊しかねない勢いで走り回る猛獣たち。ついに金具を外していた火薬箱まで倒れてしまい、火薬が床に散乱する。あちこちで騒動が広がる中、別の団員が誤ってランタンを落とし、そこから布に火が燃え移る最悪の事態が発生した。


「火事だ! 火がテントに――うわっ!」


 火の手が瞬く間に広がり、大勢の観客が押し寄せて出口に殺到。大混雑のなか獅子とトラは檻から完全に飛び出し、グリフォンまで興奮状態で低空飛行を始める。誰も彼もが逃げ惑い、制御不能となった猛獣ショーは、地獄絵図に変わっていた。


 とどめのように、床に散らばった火薬が連鎖爆発を起こす。轟音と衝撃波がテントの天幕を吹き飛ばし、支柱もへし折れて会場全体が崩落し始めた。


「うわあああっ……!」


 銭丸は激しい爆風に巻き込まれ、宙を舞う。耳をつんざく炸裂音、木材や金具が砕け散る衝撃、燃え盛る炎の熱気がぐちゃぐちゃに入り混じり、彼の意識を容赦なく奪っていく。



 やがて火が弱まった頃には、巨大なテントは崩壊し、あちこちで煙がくすぶっていた。倒壊した荷車や崩れた檻が散乱し、猛獣や団員、観客までもが呻きながら必死に動ける者を探している。

 奇跡的に大怪我を免れた人々は、すすだらけの顔で呆然と燃え跡を見つめていた。


「銭丸……銭丸はどこだ?」


 バルドが瓦礫をどかしながら叫ぶ。ひかりも半泣きで辺りを探すが、まったく見当たらない。火薬の爆発があまりに激しく、もしや粉々になってしまったのではないか――そんな嫌な予感さえ頭をよぎる。


「まさか本当に……今回こそ死んで……」


 ひかりが途方に暮れかけたとき、焼け焦げたテントの切れ端の下からかすかに動く人影が見えた。まるでボロ人形のようになった男が、かすれた声でうめいている。

 その男こそ、黒峰銭丸だった。


「カ、カネは……裏切らない……女は……たまに……裏切る……。サ、サーカス猛獣は……爆死ッ……!!」


 最後の力を振り絞るように呻くと、銭丸の身体は再びぐったりと倒れ込む。もはや虫の息という有り様だ。失神する彼の周りは火の手こそ収まったものの、騒乱は一向に静まらない。負傷者は多数、猛獣たちも何頭かが逃亡してしまった可能性すらある。



 この大惨事により、サーカス団は壊滅状態。行商キャラバンの荷車は炎上して売り物も灰になり、観客や団員への賠償問題が山積みに。あれほど有望だった企画は大失敗に終わり、銭丸の借金は増える一方である。

 資金を提供していたソフィアや投資ファンドの商人たちも頭を抱え、さらにガルドたち“銭丸教”信者は「銭丸様に奇跡を……」と祈り続けているが、今回ばかりは本当に死んだかもしれないという噂が流れ始めた。


 しかし数日後、どこからともなく「街で銭丸らしき人物を見かけた」という噂が飛び交うようになる。詳しく見た人は口を揃えて「あいつは不死身なのか?」と首を傾げる。

 真相は定かではないが、どれだけ爆死してもなぜか普通に生き延びているのが黒峰銭丸という男なのかもしれない。



 こうして猛獣ショーを組み込んだ行商キャラバンは、華々しいスタートからわずか数週間で幕を下ろした。サーカスを盛り上げるどころかテントも荷車も吹き飛ばした銭丸がこの先どうなるのか――誰にもわからない。

 しかし確かなことは、彼がどんなに破滅的な結果を招こうとも、「もっと儲かる手段があるはずだ」と再び立ち上がろうとすること。女に呆れられようが、周囲に白い目で見られようが、カネへの執着だけは絶対に揺るがない。

 大火災、猛獣の暴走、連鎖爆発。どれだけ惨憺たる結末を迎えても、いつの間にか次のビジネスを目論む。それが黒峰銭丸という男のさが――いつか大金持ちになれる日など本当に来るのか、それともまた爆死するのか。未来は誰にも予測できない。


 だが彼は言い続けるだろう。

 “カネは裏切らない。女はたまに裏切る。サーカス猛獣は……爆死ッ!!”


 そう叫び、炎上の只中で昇天しかけたとしても、なぜか生き返る。その不可解な不死身さが彼の最大の武器なのかもしれない。

 この世界で、彼ほど“死なない”商売人はほかにいない――それだけは誰の目にも明らかな事実だった。

読んでいただきありがとうございます。


楽しんでいただけましたでしょうか?

毎日投稿予定ですので、よろしくお願いいたします!

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