第10章「あの研究所は大丈夫か? 魔導見学ツアーで爆死!」
初投稿作品ですが、楽しんでいただけますと幸いです!
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「ひ、ひかり。なあ、なんかうまい話はないか? すぐに儲かって、しかも安全に稼げるビジネスってやつだ」
黒峰銭丸は椅子にもたれかかり、頭を抱えたままうめき声を上げていた。
異世界で数々のビジネスに手を出しては毎度大失敗――というより爆死を繰り返し、今では借金が膨らむ一方。屋台を吹き飛ばし、石鹸倉庫をガス爆発させ、空中広告の飛行船まで墜落させてしまった結果、手元に残ったのはしぶとい生命力(?)と莫大な債務だけである。
「安全に儲かるって……無理じゃないですか、銭丸さんの性格だと」
同じく現代から転移してきた水無瀬ひかりが、淡々とした声で応じた。彼女は事務机の向かいで精算書類をめくりながら、ため息交じりに目を細める。
「そもそも、闇金からまで借りちゃってるんですよ。そんな状態でまた新事業なんて、どういう神経してるんですか?」
「そ、それは俺だって好きで借りたわけじゃ……」
銭丸が口ごもった瞬間、後ろの扉が乱暴に開いた。
「おい、銭丸。いるか? あんまりのんきにしてる時間はないだろうが」
威圧的な声とともに入ってきたのは、大柄な男。レザーベストに肩当て、腰には複数の短剣をぶら下げている。元山賊のような荒々しさを感じさせるが、目は妙に冷静だ。
「……ドランさん」
ひかりがうんざりしたように名前を呼ぶ。男の名はドラン。裏ギルド系列の高利貸し、いわゆる闇金の取り立て屋だ。バルド(銭丸の用心棒)と旧知の仲らしく、それをきっかけに銭丸も彼から融資を受けている。
何度も店や施設を吹き飛ばしながら、妙に生き延びる銭丸にドラン自身も興味を抱いているらしいが、当然、取り立ては容赦しない。
「お前さんも知っての通り、うちはどんな危ない案件でも金を貸す代わりに利息が高い。そのかわり儲けがデカいなら一気に返済も期待できる。いい取引相手だと思ってるが、さすがに連続爆死は度が過ぎるな」
「ま、まあ、そう言わずに。実は今回こそ堅実に稼げるネタを見つけたんだよ。だからもう少し待ってくれ……!」
「またかよ。いいぜ、聞くだけは聞いてやる」
ドランは薄く笑い、見下ろすように銭丸を見つめる。ため息をつくひかりを横目に、銭丸はこの場を乗り切ろうと早口で話を始めた。
◇
「――で、だ。王立魔導研究所が資金難で特別公開を考えてるって噂を聞いた。そこに俺たちがうまく入り込んで、見学ツアーを企画するんだよ」
銭丸は資料を広げながら、ドランとひかりに力説する。
魔導研究所は高度な魔導具を開発・保管する国の研究施設。普段は門外不出の研究が行われるが、寄付金を募るため、一部の設備を公開するという話があるらしい。
「見学ツアーにすれば、チケット売上やグッズ販売で大儲けできる。研究所も寄付金を集められるし、ウィンウィンってわけさ」
「寄付金が欲しくて公開を検討してるって、どこ情報なんですか?」
ひかりが怪訝そうに尋ねると、銭丸は鼻を鳴らした。
「メルティナが『師匠筋が昔、その研究所にいたかもしれない』とか言ってたんだ。そこから情報をたどったら、研究所の関係者が“資金不足で悩んでる”と漏らしてたみたいだ」
「ふうん。で、お前は何の許可を取ってるんだ? いきなり研究所がOK出すとは思えねえが」
ドランがつまらなそうに指摘する。
しかし銭丸はしたり顔で、胸を張った。
「すでに商業ギルドの受付が根回ししてくれてる。研究所側と正式に交渉すれば、たぶん問題なく話が進むはずだ。メルティナも行けば向こうに顔が利くだろ」
「また巻き込まれる予感しかしませんが……。でも、何かしら儲かるなら悪くはないか」
ひかりは渋々納得し、ドランも肩をすくめた。
「まあ、貸した金がちゃんと返ってくるなら文句はねえ。痛い目に遭うのはお前さんだしな」
ドランはそれだけ言うと踵を返した。どこか呆れたような、しかし微かな期待の光も帯びた瞳をしている。彼としては、高利の分だけ回収額も大きくなるビジネスは歓迎だ。
◇
翌日、銭丸・ひかり・メルティナ・バルドの一行は研究所へ向かった。
そこは王都郊外の丘に建てられた巨大施設。薄青いドーム屋根や突き出した魔導塔が、いかにも“最先端の研究機関”という印象を与える。入口には厳重な警備が敷かれていたが、商業ギルドから事前連絡が入っているということで、通してもらえた。
「やっぱり……広いですね。ちゃんと隅々まで案内できるのかな」
ひかりが門をくぐりつつ、ため息をつく。その隣でメルティナは目を輝かせている。
「ふふ、すごい。魔導塔はもちろん、素材研究棟や元素実験棟まであるみたいですね。これは見応えありそうです」
「まさに観光名所だろ? 普通は立ち入れない施設がいっぱいだ。俺の読みどおり、絶対に客が集まるさ」
銭丸は自信満々だ。
出迎えに現れたのは、研究所の所長を名乗るリュネスという中年男性。痩せ型の体躯に長い白衣を纏い、片方の瞳をゴーグルで覆っている。
「ご丁寧にどうも。私はリュネス・フォルト。こちらとしても、資金面の苦しさは否めませんからね。公開イベントによる収益を得られるのなら、ありがたい話です。ですが――危険区域の扱いなど、問題は多いですよ?」
「そこはちゃんとツアーコースを絞って、一般客の安全を確保する仕組みを作ります。僕らも事故を起こしたくはありませんから」
銭丸が言うと、ひかりが小声で「あなたが一番事故を起こしてるんじゃ……」と突っ込みを入れる。所長には聞こえていないらしく、リュネスは深くうなずいた。
「できる限りの協力はしましょう。なにぶん、研究にお金がかかるのでね。どこかで寄付金を募る必要があるんです。研究員たちの説得は私がしておきます」
こうして、見学ツアーは正式に計画が進められることになった。
◇
広告チラシを街中にばらまくと、思いのほか多くの人々が「研究所を見学したい!」と申し込みをしてきた。貴族層はもちろん、冒険者ギルドなどの勉強熱心な若者にも需要があるらしい。
銭丸はチケット販売とグッズの先行予約を行い、みるみる現金を回収。観光ギルドの後押しも受け、「今回は絶対に大丈夫だ」「安全管理も万全だ」とアピールしつつ、いよいよ当日を迎える。
「おお……すごい列だ! ひかり、やったな。これはかなり儲かるぞ!」
「浮かれないでください。最後まで無事故で終わったらの話ですからね」
正門前には長蛇の列ができ、銭丸とひかりは受付に立ってチケットをもぎり、パンフレットを配る。メルティナとバルドは研究施設の誘導係を手伝っていた。
見学者が多いとはいえ、案内ルートをきちんと決めているので、事故が起こるはず――起こらないはず、なのだが。
◇
館内の大ホールに集まったVIP客に向け、所長リュネスは試作魔導具の説明を始める。
そこに鎮座するのは、青白い球体を中心とした巨大装置。周囲に不思議な光の筋が走り、見ているだけで空間がねじれるような感覚に襲われる。
「これは空間属性の魔力を増幅させる装置です。理論上、遠隔転移や大型物資の一括収納などに応用できるかもしれない。まだ完全に安定しておらず、一般公開するのは初めてですね」
リュネスがそう語ると、銭丸が目を輝かせた。
「おおっ……これが完成したら、物流革命じゃないですか? 飛行船すら要らなくなる未来が来るかも!」
「ただし、実験段階なので絶対に装置を触れないようにしてください。制御レバー類にはお手を触れぬよう、くれぐれも――」
リュネスが念を押す間もなく、客の一人が好奇心からレバーに手をかけてしまった。
「あ、ちょっと! それは触っちゃいけ――」
思わず引いてしまった手元で、レバーがカチリと音を立てる。球体の光が急速に強まり、不吉な振動が床を走る。館内の空気がビリビリと震え始めた。
「……やばい。制御が解除されました! 非常停止コードを入れて――!」
周囲の研究員たちが慌てるが、パネルの操作は反応せず、球体内部の魔力が暴走を始めている。
メルティナが装置のケーブルを引き抜こうとするが、逆流する魔力の衝撃波で宙を舞い、壁際に投げ飛ばされてしまう。バルドも客を守ろうと走り回るが、床が大きく揺れて思うように動けない。
「くそ、なんなんだこの震動は……!」
銭丸はよろけながら装置の横手に倒れ込み、誤って別のスイッチを押してしまう。
悪いことは重なるもので、さらに連鎖的な暴走が加速。光がぎらぎらと激しく明滅し、建物全体に深刻な歪みをもたらす。
「逃げろ、銭丸! 間に合わなくなるぞ!」
どこかでドランの叫ぶ声が聞こえるが、銭丸は既に逃げ道を塞がれていた。大きな爆発音が響き、天井から鉄骨が崩れ落ちる。怒涛の閃光と轟音がほぼ同時に襲来する――。
◇
閃光が収まったとき、研究所はほぼ瓦礫の山と化していた。
空間暴走による大爆発は施設の主要棟を根こそぎ吹き飛ばし、立ち込める煙の中でかろうじて生き残った人々がうろたえている。
「はぁ、はぁ……最悪だ。まさかここまで派手に壊れるとは……」
ドランはコケた姿勢のまま苦い顔をし、あたりを見回す。銭丸やバルド、メルティナらの姿を探し出すのに手間取るほど、そこらじゅうが破片と煙だ。
しかし、彼の目に何かが映り、言葉を呑んだ。
「おい……銭丸、まさかくたばったんじゃねえだろうな。元はといえばあんたのせいだろうが……!」
ドランの声がむなしく響く。返事はない。
突如、瓦礫の隙間からボロ雑巾のような男がずるりと崩れ出た。見るも無残な姿だが、どこかで聞き覚えのあるうめき声を上げている。
「カ、カネは……裏切らない……女は……たまに……裏切る……。魔導研究所は……爆死ッ……!!」
それが銭丸の最後の叫びだった。完全に力尽き、彼の身体は動かなくなる。
辺りでは研究員たちが大混乱に陥り、所長リュネスも施設の破壊を嘆いているが、どうしようもない。これほどの被害に対して、ツアー会社や商業ギルドが責任を負えるはずもなかった。
◇
その後、廃墟と化した研究所は長期の復旧工事が必要になり、公開イベントによる資金集めどころか、さらなる大損害を被る結果となった。
当然、借金の返済などできるわけもなく、ドランやソフィアを含む出資者たちは頭を抱えるばかり。しかも後日には「死んだはずの銭丸が街角を歩いていた」という噂が流れ、人々の首を傾げさせるのだった。
いずれにせよ、今回も商売は大失敗。大成功の寸前で、またしても大爆発。
ただし銭丸が健在であるなら、彼はまた新たな儲け話を見つけるに違いない。女に呆れられようが、闇金に追われようが、彼が諦めるとは到底思えなかった。
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